第2話「ドロップアイテム」

 迷宮16階──岩窟層。


「ガッ……!」


 不意打ちは失敗に終わった。


 迷宮中層──迷宮の11階層から20階層を差して呼ばれるその層には、数多の強力な魔物がひしめく。

 そしてその中には、数種類の異質な魔物が存在した。


 その見た目は時に絢爛な宝箱であり、時に薄汚れた皮袋である。

 迷宮からの恵みとばかりに無警戒で宝箱を開ければ、そのまま上半身ごと噛み砕かれる。

 単なる冒険者の落とし物とスルーしようものなら、背後から襲い掛かられる。


 擬態袋ミミック──上層、中層問わずその【擬態】スキルによって冒険者を待ち構える魔物の存在を見抜いた僕は、先制攻撃を敢行した。

 基本的に相手の油断を待ち続ける擬態袋ミミックであれば、唯一荷物持ちポーターの僕でも勝機がある。

 そう見込んでの短剣による不意打ちだった──が、



「ねえねえシエラ。あいつ死ぬんじゃない?」


 不意打ちに失敗した僕は、床に叩きつけられる。

 【鍛冶クラン】所属──数少ない親友から受け取った短剣が吹き飛ばされた。


「はあ……はあ……」


 こうなってはもう防戦一方だった。

 既に体中が血だらけで満身創痍の僕を見て、狩人アーチャーのルワンはそう呟いた。


「ここでアレンさんが死んでしまえば、アレンさんが【収納】している戦利品アイテムをロストしてしまうかも知れませんね」

「……どうする? 助太刀する?」

「ルワンさんがそうしたいならそうすれば良いかと」

「ちぇー。あいつの事助けたく無いけど、何だかんだ擬態袋ミミックも弱ってるし、経験値狙いのラストアタック頂くかぁ」


 ルワンはそう言い終わるか否かの所で大弓に矢をつがえると、狙いを付ける素振りもなく放った。


「……!」


 皮袋の口から獰猛な牙を剥き出しにして僕に襲い掛からんとしていた擬態袋ミミックは、その胴体に風穴を開け消滅した。


【Lv.18→19に上昇しました。《技点:114》を獲得しました。現在の《保有技点》は247です】


 脳内にLv.upのインフォメーションが流れる。

 《保有技点:247》──これならば【スキル:収納】の〔重量〕levelを上げる事が出来る。

 満身創痍の身でありながらもその事実に安堵する僕の背後で、シエラがポツリと声を漏らした。


「おや? 擬態袋ミミックが何やら戦利品アイテムを落としましたね」



 胴体を撃ち抜かれ、虹色に輝く生命の残滓が岩壁へと吸い込まれる中、運良く一つの戦利品アイテムが消えずに残っていた。


「これは、擬態では無い本物の皮袋……?」


 戦利品アイテムを手に不思議そうな顔を浮かべるシエラ。

 遠くから成り行きを見ていた《副軍長》のクラウンが口を挟んだ。


擬態袋ミミック戦利品アイテムを落とす例はあまり聞いたことが無いね。取り敢えず迷宮から帰還次第鑑定に出すとしよう」


 クラウンは未知の戦利品アイテムを傷だらけの僕に押し付けると、「厳重に保管するんだ」と一言上層方向へと長槍を向ける。


「無駄な戦闘が挟まったせいであまり時間に余裕がない。今回の【朱雀】全軍遠征の集合期限は今から30時間後だ。《主軍》が時間通りに帰還出来ないなんて事が有ってはならない」


 クラウンは同意を求めるように《軍長》のガレウスへと向き直る。


「馬鹿な荷物持ちポーターのせいで時間を食ったが、今日中に10階層で《副軍第一軍》と合流。そのまま地層──俺たちの拠点ホームまで帰還する」

「りょーかい」

「承知しました」


 狩人のルワン、回復術師ヒーラーのシエラが返事を返す中、何とか吹き飛ばされた短剣を回収した僕は、息も絶え絶えに訴える。


「すみません……傷が酷くて動けそうにありません……回復を頼みます」


 すがるような僕のその視線に対し、回復術師ヒーラーのシエラは酷薄なまでの笑顔を浮かべる。


「ルワンさんの言葉を借りる訳ではなく無いですが、残念ながら嫌ですとしか言えません」

「ど、どうして……」

「申し訳ございません。魔力自体はまだ残っているのでアレンさんの回復自体は可能なのですが、不測の事態に備えて残さなくてはなりません」


 荷物持ちポーターを回復する優先度は低い──シエラは言外にそう匂わしていた。

 僕は絶望的な気持ちになりながらも、一縷の希望を込めて《軍長》のガレウスへと相対する。


「《軍長》……高回復薬ハイポーションの使用許可を頂けますか……?」

「その程度の傷で【クラン】の貴重な高回復薬ポーションを使わせる訳がないだろうが。テメェが買った回復薬でも使ってろ。帰還するぞ、さっさと準備しろ」


 その言葉に《主軍》のメンバー各々が手早く支度を揃える。


「ねえねえアレン。帰るからさっさと地図役マッパーやってよ。キミしかここまでの道覚えてないんだもん」


 狩人のルワンの言葉に、僕は仕方なく過去に自費で購入した粗悪な回復薬をあおり簡易的な止血をする。

 ふらつく頭で迷宮内での現在地から10階層までの道順をすると、ルワンに責付せっつかれながらも何とか足を前に進めた。

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