《魔法袋》を手に入れたからと追放された荷物持ち、《伝説の剣》を持ち上げ最強に

生き馬

第1話「《荷物持ち》アレン」

【アイテムを収納しますか? ▷はい いいえ】


【《警告》──規定重量を超過しました。これ以上収納する事は出来ません】


 メッセージと共に脳内に鳴り響く警告音に、僕は眉をひそめる。


「すみませんクラウンさん。これ以上は収納出来ないみたいです」


 迷宮中層──ずしりと重い魔石を両手にそう嘆く僕を尻目に、《副軍長サブマスター》のクラウンは呆れたように額に手を当てた。


「おいおい、アレン。君は荷物持ちポーターだろ。荷物持ちポーターが荷物を持てないとは一体どういう事だい?」

「……すみません」

「安い謝罪なんて要らないよ。【スキル】で持ちきれない分は、君の背嚢バックパックに詰めて持ち帰るんだ」

「それが……」


 僕は既にパンパンに膨らんでいる背嚢バックパックに目をやる。

 背嚢バックパックの中には、既に回復薬ポーションや食糧、蛍光石に敵寄せの匂い玉等が雑多に詰め込まれている。

 万が一荷物持ちポーターの僕が倒れる様な事が有れば優先して持ち運ぶ必要がある必需品であり、その価値は僕の命なんかよりも重い......らしい。


「なんだい、それにも入らないって言いたいのかい?」

「……はい」


 クラウンは心底面倒くさいと言った様子で金髪をかき上げると、小脇に抱えていた長槍を僕の鼻先に突き付ける。


「アレン、君は荷物持ちポーターだ。パーティーが迷宮内で取得した戦利品アイテムは全て持ち運ぶ義務がある」

「は、はい」

「迷宮中層まで来て魔物を討伐したというのに、魔石を回収出来ずに捨て置くなんて事は当然許されない」

「では、どうすれば……」


 クラウンは怯え切った僕を見ると、口の端を歪ませてこう言った。


「残念だが持ち帰れなかった分は、君の報酬から引かせてもらうしかない」

「そんな……!」

「当然だろう? アイテムを回収出来ないのは君のせいなんだから。まさか、アイテムを取りすぎた僕らのせいとでも言うのかい?」


 クラウンは、心外だと言うようにおどけた仕草で《軍長マスター》のガレウスへと視線を向ける。


「おいアレン、テメェは荷物運びしか出来ねぇ役立たずなんだから、少しは【クラン】に貢献する意志を見せろ。さもないと……分かるな?」

「……!」


 感情に呼応する様に逆立つ赤髪に、燃え上がる瞳。

【クラン】の紋章が刻み込まれた大剣を構える《軍長》の姿に、僕は思わず息を呑んだ。


【クラン:朱雀すざく】──設立15年、構成人数は100名を越え、近年その勢いを大きく増す迷宮都市を代表する【クラン】の一つ。

【朱雀】は迷宮都市の中心部に拠点ホームを構え、拠点ホームの管理、炊事、清掃、その他雑事を任せられている非戦闘員40余名。迷宮内を探索し戦利品アイテムを持ち帰る戦闘員80余名で構成されている。

 戦闘員はそれぞれ得意武器や【スキル】の特性によって5人1組のパーティーに振り分けられ、パーティー自体も総合的な戦力によって上から《主軍》《副軍》《予備軍》と区別される。


 《主軍》──【朱雀】の中でも選りすぐりの強者によって組まれた【クラン】の骨格とも言えるパーティー。

 そのパーティーで僕はどう言う訳か《荷物持ちポーター》をやっている。


「この魔石を持ち帰れないと……僕は《副軍》落ちですか……?」

「何を馬鹿な事を言ってるんだ? 荷物持ちもこなせない金食い虫が《副軍》に居られる訳がないだろうが。無報酬で《予備軍》、いやソロからやり直せ、それが嫌なら【クラン】から出て行け」


 顔から血の気が引いた。


「で、では、予備の食糧等を捨ててそのスペースに入れると言うのは……」

「駄目に決まってるだろうが。万一に備えて全て保持しろ」

「ならどうすれば……」

「それくらい自分で考えろ」


 《軍長》からの怒号に身をすくませながらも、僕は必死になって思考を巡らせる。

 荷物持ちポーターの僕が無理難題を押し付けられるのはこれが初めてではない。


 僕は脳内に自身の《ステータス》を浮かび上がらせる。



=================


【名前:アレン・フォージャー】Lv.18


 武術:E (6/70)

 魔法:F− (0/51)

 防御:F (23/56)

 敏捷:F+(12/65)

 器用:G+(0/30)

 反応:F+ (0/60)

 幸運:G+(0/36)

 経験値:1053/1109

 保有技点:133


《所有技》

【収納】

 ┃

 ┣〔体積〕level.8(0/160)

 ┃

 ┣〔重量〕level.8(0/160)

 ┃

 ┗〔時間〕level.5(0/250)


《効果》

 能動効果アクティブスキル

 魔力を対価に触れた物を即座に出し入れ可能な空間内に収納する。

 levelに応じて空間内の重量制限緩和。

 levelに応じて空間内の体積制限緩和。

 levelに応じて収納物の時間経過減速。


=================



「……もう少しで僕のLvが上がります。その際に取得した《技点スキルポイント》を【スキル:収納】──その〔重量〕に振ります。これで持ち運べる様になるはずです」


 《技点スキルポイント》──Lv上昇に応じて得られる、ステータスや【スキル】の効果を上昇させる為に必要なポイント。

 冒険者はLv.upで得られた《技点》を自分が理想とする冒険者像ビルドを目指して振り分け、強くなる。


 必死の思いでそう告げた僕に対して、


「あはははははは!」


 一見すると子供にしか見えない小柄な体躯、その身に合わない大弓を引っ提げた狩人アーチャー──ルワンは目に涙を浮かべる程に笑った。


「あのさぁアレン。ここ中層だよ? 上層でも深部の敵に全く歯が立たない君が倒せる敵ってどこにいるのさ?」

「そ、それは……」


 僕は屈辱に身を震わせながらも言葉を続ける。


「いつもの様に、皆さんが弱らせた魔物にトドメを刺して……」

「嫌だね」


 嘲笑を浮かべていたルワンは、僕のその提案を言下に切り捨てた。


「そもそもさぁ、戦闘能力なんてカス以下だけど荷物持ちだけは得意なキミに、わざわざ経験値を分けるなんて嫌なんだよね」

「……そんな」

「現状みんなはキミの【スキル】、荷物持ちとしての有用性を買って経験値を分けてあげてる状況だけど、その荷物持ちすら満足にこなせないキミの言う事を聞く理由っててさ、何?」


 ルワンからのその言葉に、僕はちっぽけなプライドが折れた音を聞いた。

 僕の口から、せきを切った様に本音が零れ落ちる。


「僕だって、振りたくて【収納】に《技点スキルポイント》を振っている訳じゃない! 本当は武術にも、防御にも敏捷にも振りたかった!」

「へぇ……」


 僕が反論するのは予想外だったのか、ルワンは猫の様に目を細めると笑顔を引っ込めて僕を見据える。


荷物持ちポーターにだってなりたい訳じゃない!本当は剣士に──冒険譚に記される様な英雄になりたい!【スキル】に適正はないけど、その為に毎日剣を振ってきた!」

「テメェ中々言うじゃねえか」


 いつもは良い様に扱われていた僕が、声を震わせながらも反論する姿にガレウスは強圧的な声で応じる。

 それでも僕はおくさなかった。


「ガレウスさん……僕は【スキル】を持ってないにもかかわらず一級冒険者として活躍している貴方みたいになりたかった!」


 ガレウスは、一瞬虚を突かれたように動きを止める。


 ガレウス・ロッゾ──【スキル】を一つも持たないながら、迷宮都市で名を馳せる【朱雀】のクランマスター。そして、数少ない単独で迷宮下層進出を許可された第一級冒険者。

 どんなに【スキル】に戦闘の適性がなくても強くなれる事を証明した、僕達駆け出しの冒険者にとっては紛れもない英雄──だった。


「テメェみたいな荷物持ちと一緒にするな。テメェが俺みたいになれる筈がないだろうが。俺は──」


 ガレウスは不快感を隠そうともせず僕を睨み付ける。

 一触即発の空気が迷宮を漂っていたその時。


「──そこまでにしましょう」


 迷宮に似つかわない、りんとした声が剣呑とした空気を沈めた。

 回復術師ヒーラーのシエラは、ニコリと笑みを浮かべると僕達を見回して告げる。


「アレンさんの言う事はもっともですよ。剣士としての大成を期待させて私達の【クラン】に招待しておきながら、荷物持ちポーターとして使い潰されているアレンさんは、余りに哀れです」

「まだ【クラン】に入って三年目のガキがテメェの意思で《技点》を振れるなんざ、あり得ねぇ話だ」

「それでも──」


 シエラは僕に憐憫の視線を向ける。


「アレンさんは《技点》の大半を【収納】の効果上昇に使ってしまった。アレンさんのLvは18。一般的な冒険者に比べて高いかもしれませんが、ステータスはただの町民と変わりません」


 荷物を持つ役割だけを与えられた駒──シエラは僕をそう呼称し、続ける。


「仮に今から荷物持ちポーターを辞め、剣士として一級冒険者を目指しても、Lvを上げる大変さは駆け出しの比ではありません。《技点》を集めるのも人一倍大変でしょう」


 愚かな事に、僕は話の途中までシエラを信じようとしていた。

 今まで何度も馬鹿にされてきた事を忘れ、彼女だけが僕の味方であり、今も僕を助けてくれていると。


「アレンさん、もう既に貴方はなんですよ。冒険者としてやっていくには荷物持ちポーターしか道がない」


 僕を憐れんでくれていると思った表情は、徐々に嘲りの表情へと変わっていく。


「一級冒険者になる? 英雄になる? 荷物持ちポーターとして大成したいというならまだしも、そんな事不可能に決まっているじゃないですか。貴方が夢見る理想の冒険者像は、既に虚像なんですよ」

「そんな……」


 目の前が黒く染まっていく。

 心の奥底で薄々気付いていた、しかし気付かないフリを続けていた事実を喉元へと突き立てられていた。

 僕は涙をこらえて言葉を絞り出す。


「約束が……約束が違うじゃないですか……冒険者は最初の数年は【クラン】の為に《技点》を振るって……それが【クラン】に所属する者の礼儀だし、その方が最終的には強くなれるって……」


「はぁ」と、溜め息一つ《副軍長》のクラウンが答える。


「馬鹿だねアレンは。Lv上昇に必要な《経験値》はLvを上げる毎に加速度的に増えていく。それに比べてLv上昇で得られる《技点》は、ブレは有っても常に一定。一級冒険者に──英雄になるには、無駄な所に貴重な《技点》を振ってる余裕なんてないのさ」


 と言っても──クラウンは子供を諭す様な口調で続ける。


「【スキル:収納】──いかにも荷物持ちポーターになる為のこの【スキル】で英雄になるなんて元から無理な話だったのさ」




─────────────────

【後書き】

本作は、パーティー内で虐げられ、夢を断たれた一人の冒険者の逆転譚です。


ヘイト、胸糞描写が少しばかり長く続きますが、その分だけ爽快な「ざまぁ」、最強に至るまでの過程に期待して読み続けて下さればとても嬉しいです!

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