第7話 私、リアスで幸せに暮らします
リアスでは各地で作物の収穫時期を迎え、毎日忙しい日々を過ごしておりました。
全ては難しいため、アルベルト様が厳選したいくつかの商談もうまく話が進んでいる模様です。何より嬉しかったのは、その際にアルベルト様が私の意見も聞きたいとおっしゃってくださったことです。私は出張らない程度に数点気になる点をお伝えしたところ、「なるほど!その視点はなかった。ありがとうクリス。君は本当に頼りになる」と褒めてくださいましたの。
私を認め、側に置いてくださるアルベルト様。この方のために私の
リアスの地もすっかり草木が茂り、道端には美しい花々も咲き乱れるようになりました。空気もとても美味しくて、領民の方の健康状態まで向上したのだとか。
そうそう、アルベルト様のお父様も今ではすっかりお元気になられて、お母様と軽い散策が楽しめるほどにまで回復されたんですよ。お母様もリアスの農作物をたっぷり召し上がって、以前より肌艶も良く美しさに磨きがかかっているようです。
そんなある日、アルベルト様が私にこう言ったのです。
「そういえばクリス。落ち着いたら実家に連絡を入れると言っていたが、ちゃんと手紙は書いたのか?これだけ手伝ってもらっておいて今更なんだが…ご両親が心配しているんじゃないか?
「あら、いけません。すっかり忘れておりましたわ」
あっ、と口元を抑える私を見て頬を引き攣らせるアルベルト様。彼は私の両親がいかに過保護かを知っていらっしゃるので、色々と想像を巡らせていらっしゃるのでしょう。
「はぁ、そんなことだと思った。実はな、君の実家からクリスを知らないかと手紙が届いたんだ」
「あら、そうだったんですの」
アルベルト様が背広から取り出したのは見慣れた家紋が押された淡いクリーム色の手紙でした。これは確かにロレーヌ家が使う手紙に間違いありません。
恐る恐る中を改めると、そこには、私の行方が分からなくなっていること、私がフィリップ様に婚約破棄をされたこと、そのことに怒り狂っているということ、そしてフィリップ様の現在の状況が殴り書きで記されておりました。
フィリップ様は私が去ってからというもの、不運な出来事が続き、とうとう負債を抱えきれずにお家取りつぶしになることが決まったのですって。あらあらまぁまぁ、お気の毒に。ざまあないですわね。あのような
「ふぅ、流石にこれ以上心配をかけられませんわね。実家に戻るとしましょう」
「…そうだな。その方がいい」
私が息をついて零した言葉に、アルベルト様は首肯しつつもひどく寂しそうな顔をしていらっしゃいました。
「その、クリスティーナ?」
「はい、なんでしょう?」
「あー、いや。早い方がいいだろう。馬車を手配するから必要な荷物をまとめておいで」
「え?」
「ん?」
荷物をまとめろと言われた私は、思わずキョトンとして聞き返してしまいましたわ。それに対してアルベルト様も首を傾げていらっしゃいます。
「私、実家への説明が終わりましたら、またここに戻ってくるつもりなのですが…」
「えっ!?」
私の言葉に驚きを隠せないご様子のアルベルト様。すっかりリアスでの生活が気に入ってしまった私は、これからもこの地で暮らしたいと考えていたのですが…言うならば私は居候の身。これ以上私の我儘でご迷惑をおかけする訳には行かない…ですわね。
「…すみません、ご迷惑ですわよね…?」
「いやっ!!そんなことない!クリスが望むのならばいつまでだってリアスに居るといい!」
肩を落として尋ねると、首がちぎれてしまうのではと心配するほどアルベルト様は首を横に振って否定してくださいました。
「…それに、俺はずっと…その、クリスと一緒にいたいと思っている」
そして顔を赤らめて、視線を逸らせながらそんなことをおっしゃっいました。
「アルベルト様…嬉しいですわ」
アルベルト様に拒絶されなかったことに心から安堵している自分がおります。あ、ほらまた胸がむずむずいたします。リアスに来てから私を悩ませているこの感情、この機にアルベルト様に相談してみましょうか。
「アルベルト様、実は私悩みがございまして、相談してもよろしいでしょうか?」
「えっ、なんだ?なんでも言ってくれ」
悩みと聞いて心配そうな表情をされるアルベルト様。私は素直な気持ちを話し始めました。
「…私、アルベルト様と居ると胸がむずむずするのです」
「え、あ、ああ。そう、なのか?」
「はい。最初は病気かも…と心配したのですが、アルベルト様が触れた箇所が熱を持って、熱くて苦しくて、でも全く嫌ではなくて、むしろ心地よいとさえ思えるのです」
「…」
「少しでも長くアルベルト様のお側に居たい。別れてからも早くアルベルト様に会ってお話がしたい。最近ではそう思うようになっておりまして」
「そ、そうか」
「ええ。特段二人きりの時など、不躾ながらアルベルト様に触れたい衝動に駆られることもしばしば…今だってあなたに触れたくて仕方が…」
「〜〜〜〜っ!クリス、ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
思うがままを言葉にしていたら、次第にアルベルト様の顔が赤く染まっていき、遂には湯気が出るほどに真っ赤っかになってしまいました。
「え?どうなさいました?顔が真っ赤ですわよ!?ご病気では!?」
「いや!病気じゃない!至って健康だ!」
私が慌ててアルベルト様の額に手を添えると、びくりと身体を揺らしたアルベルト様。そのままアルベルト様の大きな手が私の手を絡め取り、胸の高さでぎゅっと握り締められてしまいました。
「さっきから、その…俺のことが、好きで好きで仕方がないと言っているようにしか聞こえなくてだな…すまん、勝手に解釈して自惚れているだけかもしれないんだが…」
「えっ…」
アルベルト様にそう言われて、一息遅れて私の顔も湯気が出るほど真っ赤に染まってしまいました。私、恋愛経験というものがございませんので、自分のこの感情がなんなのかずっと分からずモヤモヤしていたのですが…なんということでしょう。これが人を好きになるということ…ということは、私はアルベルト様をお慕いしているということ…ですの?
「えっと、その…恐らくですが、アルベルト様の解釈で間違っていないかと…」
私は急に恥ずかしくなり、遠回しな言い方をしてしまいましたわ。ですが、その言葉を聞いたアルベルト様は次第に目を見開き、潤んだ瞳を柔らかく細められました。
「あー…その、クリス。やっぱり俺もロレーヌ家へ同行してもいいだろうか?」
「えっ、ですが、お仕事は?」
「なんとかする」
「はぁ…」
アルベルト様らしくない強引なお考えです。本意が読めずに同意致しかねていると、瞳を揺らして逡巡していたアルベルト様が、意を決したように私の肩を掴んで言いました。
「俺は、クリスが好きだ…クリスにずっと側で支えてほしい。クリスと、正式に婚約がしたい。クリスさえよければ、その…ご両親に挨拶に行きたいんだが、ダメだろうか?」
「っ!アルベルト様っ…私、とっても嬉しいです。是非ともよろしくお願いいたしますわ」
アルベルト様の言葉に笑顔で頷くと、そのまま強く強く、息が止まってしまうかと思うほど強く、逞しい腕で抱きしめられました。
ああ、想いが通い合うとはこうも幸せなものなのですね…
私はアルベルト様の広い背中に腕を回し、精一杯抱きしめ返しました。
ーーーさて、遠い異国の地では、私のような物事の巡り合わせや運気を上昇させるを女性を“あげまん”と呼称されるようですが、私の場合はそう単純なものではございませんの。
実はここだけの話、私は“女神の加護”を受けているのです。この国では一代に一人だけ、女神の加護を受ける令嬢がいるのです。それはその当人と家族、そして王族しかしらないことで、国家機密とされております。なぜなら、このことが公になると女神の加護を受けた令嬢を手に入れようと強引な手を用いる方が現れるかもしれませんから。
このことについては、正式に婚姻関係を結んだら、アルベルト様に打ち明けようと思っております。私の秘密を知っても、きっとアルベルト様なら今までと変わらず接してくださると信じておりますわ。
それから瞬く間に出立の準備を整えたアルベルト様と私は共に馬車へと乗り込みました。馬車の規則正しい揺れに身を委ねながら、私は小さな声で尋ねました。
「…アルベルト様は、婚約破棄なんてなさらないですよね?」
「当たり前だろう。どこぞの馬の骨と一緒にすると言うのなら、クリスといえど怒るぞ」
「…すみません」
「………それに、俺は小さい頃からずっと、その…クリスのことを想っていたんだ」
「えっ!」
「〜〜〜っ!皆まで言わせるな」
真っ赤になった顔を見られないようにでしょうか、アルベルト様は半ば強引に私を腕の中にすっぽりと閉じ込めてしまいました。
「あっ…」
「好きだよ、クリス。昔も今も、ずっと変わらず愛している」
「…アルベルト様。私も…ずっとずっと愛しております」
こうして女神の加護を受けたクリスティーナは、彼女を愛し、敬う田舎町の領主様と幸せな結婚をしました。クリスティーナは知らないが、女神の加護が最大限の効果を発揮するのは、”愛し愛され、その身を愛でいっぱいにした時”なのです。
愛に溢れたクリスティーナとアルベルトにより、リアスの地がこの先この国に不可欠なほど豊かになり、富を産むことになるのは…まだ先のお話。
役立たずのお飾り令嬢だと婚約破棄されましたが、田舎で幼馴染領主様を支えて幸せに暮らします 水都ミナト@【解体嬢】書籍化進行中 @min_min05
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