第5話 やりました、大豊作です
私がリアスに来てちょうどひと月が経とうとしています。
朝の支度を整えて食堂に行くと、いつも先に着いているはずのアルベルト様の姿が見えません。あ、毎朝部屋まで迎えに来るわけではございませんのよ。誤解なさらずに。
「アルベルト様はまだお休みなのでしょうか?」
いつも私の給仕をしてくれる侍女のエリスに尋ねると、どこか嬉しそうに答えてくれました。
「領主様はもう農地へ向かわれてます。よろしければクリスティーナ様もお食事の後に向かわれてはいかがでしょうか」
「あら、そうなのね…」
いつもだったら視察に行く時は必ず私に声をかけてくださるのに…
少々不貞腐れつつも朝食を美味しくいただき、私も屋敷を出て農地へと向かいました。
このひと月の間、定期的に雨も降るようになり、土地はすっかり青々しく、今では新緑の季節に見合うほど一面鮮やかな緑色に覆われております。気温もちょうど過ごしやすいほどで、長袖だと汗ばむほどの陽気です。
私は農地に着いてすぐにアルベルト様を見つけました。リアスの農地は非常に広大です。そんな中で一目でアルベルト様を見つけることが出来たのは、彼が大量の作物の前で忙しそうに動き回っていらしたからです。
「まぁっ!これが全部収穫物ですの?」
「あっ、クリス。おはよう。先に出てすまない。起きてすぐに大豊作の報せが届いてな。収穫の手伝いをしようと慌ててやって来たんだ」
アルベルト様は爽やかな汗を流しながら満面の笑みで答えてくださいました。領民の方々も忙しそうに作物を収穫しながらも、本当に嬉しそうにしていらっしゃいます。
「近年稀に見る大豊作だ。これだけあれば領地の食糧だけでなく、王都への出荷することも、野菜や果実で加工品を作る余裕も十二分にある」
領民の皆様もてんやわんやとしつつも、あちこちで嬉しい悲鳴を上げておられます。
「いやぁ、これほど収穫しがいのある年はそうないぞ!」
「しかも見てくれ!この大きくて艶やかな果実!味も絶品だ!量も質も今までで最高だよ!」
「急げ!採れたてのうちに出荷分と加工分を分けて担当の部門に持って行くんだ!」
皆様、収穫と選別に大忙しのご様子です。私もできることからお手伝いをいたしました。
その日は1日かけての大収穫祭となったのです。
さらに数日後ーーーー
「リアスの果物で加工品を?」
「ええ!ジャムやドライフルーツ、ケーキなどなどリアスの果物は他の農地のものよりも糖度が高く、そうした製品にうってつけなのです!最近都市部では空前のアフタヌーンティーブームなんですよ!そこで私たち加工品の事業者も手を替え品を替え製品を売り出しているところなのです」
「…なるほど」
場所はアルベルト様の公務室。アルベルト様の眼前には、鼻息荒く前のめりに話す商人の男性がいらっしゃいます。私はいつもの特等席に座らせていただき、傍に控えさせていただいております。
先日出荷した果実や野菜の評判がよく、商人の方々がリアスまで商談に駆けつけられたのです。入れ替わり立ち替わり、商人の方々がアルベルト様を訪ねていらっしゃいます。
「リアスのハーブがとても美味い茶葉になることが分かったんです!」
「リアスの野菜から摂れる成分が美容にとても良く…」
提案される商品は、どれもこれも魅力的な商品ばかりで、聞いているこちらもワクワクしてしまいました。
「ああ、目が回りそうだ」
一通り商談が落ち着くと、アルベルト様はご自身の椅子に深く腰掛けて天を仰がれました。
「ふふっ、嬉しい悲鳴ですわね」
「ふっ。ああ、そうだな」
私は、侍女のエリスが部屋まで運んでくれた茶菓子をテーブルに並べ、ポットからカップへ熱々の紅茶を注ぎました。
「ありがとう」
アルベルト様に差し出すと、優しく微笑んでカップを受け取ってくださいました。そんな些細なことが本当に嬉しく思えます。
紅茶を飲み干し、ふぅーと深い息を吐いたアルベルト様は、茶請けのクッキーを口に放り込みながら、私へこう尋ねました。
「知っているか?今リアスの領民達がクリスのことを何と言っているか」
「えっ、何でしょう…気になりますわね」
私が首を傾げて考え込むと、アルベルト様はすぐにその答えを教えてくださいました。
「“豊穣の女神”だよ。あちこちでクリスが来てからリアスが明るくなった、リアスが豊かになったと噂になっているよ」
“豊穣の女神”ですか。ふふっ、当たらずも遠からずですわね。
私はにっこりと微笑んで返答いたしました。
「まあ…恐れ多いですわ。ですが、歓迎されているようで安心しました」
「リアスでクリスを嫌うやつなんて一人もいないさ。みんな君のことが大好きなんだよ。その、俺も含めて…」
「?何かおっしゃいましたか?」
「あ、いや、なんでもない。聞こえなかったのなら気にしないでくれ」
口籠もっていらしたので、最後はうまく聞き取れませんでしたが、聞き返すと顔を赤らめながら必死で手を振るものですから、それ以上聞くことはできませんでした。
まだまだアルベルト様への謁見の申し出はたくさんございますが、私たちはしばしの談笑を楽しみました。
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