第4話 馬で視察に参ります
「クリス、起きているか?」
それから数日後、朝目覚めて身支度を整えていると、部屋をノックする音が聞こえました。アルベルト様です。
「はい、ちょうど支度が整ったところですわ」
私はブロンドの髪を高い位置で束ね、アルベルト様が待つ部屋の外へと向かいました。
「おはよう、クリス」
「お、おはようございます。アルベルト様」
うう、何でしょう。先日の抱擁の一件から、アルベルト様の笑顔が眩しく思えます。
「今日は馬に乗って少し遠出をしようと思うんだが、一緒にどうかと思ってな」
「馬ですか!?ええ!是非ご一緒させてください!」
馬と聞いて私の目はきらりと輝いたことでしょう。私は動物が大好きで、特に馬のお世話は幼少期から行っておりまして、こう見えて乗馬の腕は随一と自負しておりますのよ。
馬に乗れるのが嬉しくて、ふんふんと鼻歌を口ずさみながらアルベルト様の横を歩いていると、ふっと笑みを漏らす音が聞こえました。どうかしたのかと思い、アルベルト様を見上げると、どきりとするような優しい笑みを浮かべていらっしゃいました。
「……クリスは、今日もかわいいな」
「へっ!?な、何ですか急に…」
「急になものか。照れ臭くて口に出さないだけで毎日思っている」
「な、ななっ…かっ、からかうのも程々になさってください!怒りますわよ!」
「ははっ、すまない」
ぷくりと頬を膨らませて抗議しましたが、アルベルト様はちっとも悪びれていないようです。
私たちはそのまま食堂で朝食を済ませると、アルベルト様の愛馬がいる馬小屋へと向かいました。
「まあっ!!とても美しいですわね」
「そうだろう。自慢の愛馬だ。名前はロベルトと言う」
私が目を輝かせるのも致し方ないかと思います。だって、アルベルト様の愛馬は艶やかな銀色の立髪を靡かせるとても美しい子でしたもの。水晶玉のような透き通った瞳は、アルベルト様と同じく綺麗なターコイズ色で感嘆の声が漏れてしまうほど美しいのです。アルベルト様の許可を取り、撫でさせていただきましたが、毛並みも良く、大切に育てられていることが伺えました。
「さ、クリス。乗って」
「はいっ!えっ、ひゃあっ」
アルベルト様が乗馬の準備を整えてくださると、私は鞍に手をかけてロベルトに跨ろうと致しました。が、アルベルト様に両脇をひょいと抱えられて軽々と持ち上げられてしまったのです。思わず変な声を発してしまいました。はしたないですわ…
そのままロベルトに乗せられ戸惑う私の後ろに、アルベルト様は颯爽と飛び乗られました。そして、私を包み込むように手綱を握ると、緩やかにロベルトが駆け出しました。
こ、この体勢…後ろから抱きしめられているようで落ち着きませんわ!
◇◇◇
「気持ちいい…」
風を切るように軽やかに駆けるロベルト。柔らかな春の風が戯れるように私達の肌を撫でては流れていき、とても心地よいです。背中から感じる熱も幾分か和らぐような気がします。
「ほら、見てごらんクリス。クリスが来る前は土しかなかった道の脇にも若草が生えてきている。恵みの雨でこのリアスの地も息を吹き返したようにあちこちで草花が芽吹き始めているんだ」
「あら、本当ですわ。このまま緑豊かなリアスに戻るといいですわね」
アルベルト様のおっしゃる通り、少し前までは乾いた土しかなかった歩道も、枯れ草が目立っていた小高い丘も、新緑が薄い絨毯のように広がり始めているようです。アルベルト様の表情は見えませんが、声音から嬉しそうなご様子が感じられ、私もとても温かな気持ちになりました。
それからしばらく馬を走らせて、私達はリアスと隣の領土の境界付近までやって来ました。アルベルト様が手綱を引くと、ロベルトはゆっくりと歩を緩めてコツコツと蹄の音を鳴らしながら歩き始めました。そのままの速度で周囲を視察していると、農作業に励む領民の方々から声をかけられました。
「若様!ほら見てくれよ、この間の雨が降って以来どの作物も生き生きとしてらぁ。何なら例年より育ちが早いぐらいだ。あとひと月もしないうちに収穫ができそうだ」
「なんだと、それは随分と早いな。楽しみにしている」
「領主様ーっ!こっちも順調に育ってるよ。これで食糧不足も無事解消されそうだ。これだけあったら今年は久々に果実酒も作れそうだよ」
「そうか、ありがとう。引き続き励んでくれ」
「領主様!その子はどうしたんだい?もしかして領主様の“いい人”かい?」
「ばっ、馬鹿なこと言ってないで手を動かすんだ」
「うふふふ」
皆さんの会話から、アルベルト様は本当に領民の皆さんから慕われているのだと感じ、嬉しくてつい笑みを溢してしまいました。すると、私の後ろに座るアルベルト様が、グイッと上半身を傾けて横から私の顔を覗き込んできたではありませんか。
「何を笑っているんだい?」
「あああアルベルト様っ!?危ないですので元に戻ってくださいな!」
「多少は平気だよ。こうしてしっかりと手綱を握っていればね」
「〜〜〜っ!」
ロベルトの負担にならない程度に手綱を引き寄せるアルベルト様ですが、そうすると、アルベルト様と私の密着度が上がり、ダイレクトにアルベルト様の体温を背中で感じた私は声にならない声をあげてしまいました。そんな私の反応を可笑しそうに喉を鳴らして笑うアルベルト様。
「…アルベルト様は意地悪ですわね」
「すまん、つい楽しくてな」
「ほら!楽しんでいらっしゃいます!」
そんな他愛のないやり取りをしながら、無事に視察は終わり、再びロベルトに揺られて私たちは屋敷へと戻りました。全く、アルベルト様といると心臓が持ちませんわ。でも、不思議とそれが嫌じゃないことに…今はまだ、気づかないフリをすることにいたします。
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