恋人の浮気動画が送信されてきたがもはやどうでもいい

スエコウ

恋人の浮気動画が送信されてきたがもはやどうでもいい



 震えがとまらない。最愛の恋人が、汗まみれで見知らぬ男と激しく下半身をぶつけ合いながら、矯声を上げている。あの清楚で内気なユカが……これが彼女の本性なのだろうか。だとしたら、おれは一体彼女の何を見ていたのだろう。


 スマホを握る手がぶるぶると震えているにもかかわらず、おれは動画から目が離せなかった。動画に映った行為はいよいよ佳境に入ろうとしていた。男の腰の動きが加速し、男が何をしようとしているのかおれには分かった。「もうだめ! もうだめえええ」ユカが切羽詰まった淫らな声を上げた。


 もう耐えられない。おれは無駄と分かっていながらスマホに向かって絶叫した。


「にげろにげろ! なんかいる、なんかいるから!」


 ユカと男がむさぼるように激しく接吻をしている。その奥に映るクローゼットの隙間からぬるりと女が這い出していた。長い黒髪の隙間に見える青白い顔立ちは整ってはいたが、吊り上がった血走った眼は明らかに正常ではなかった。口が、まるであごの骨がないかのように大きく大きく開かれる。口の中は歯も舌もない真っ黒な空洞だった。女が二人に飛び掛かった瞬間突然画像が激しく乱れ、すぐにブラックアウトした。男と女の、ノイズ交じりの恐ろしい絶叫だけが真っ黒な画面から鳴り響いて、動画は終了した。


「……」


 おれはしばらくの間放心状態だった。ユカに何度も電話したが出なかった。


 後日、サヤカという女がおれのところにきて、二人が死んだと言った。サヤカは寝取り男の彼女だったそうだ。ユカと男がそれぞれ浮気している事を知って、なんとか復讐したくてひそかにユカの恋人であるおれと連絡を取ろうとしていたらしい。


 浮気に気付いていないふりをするために男の部屋に定期的に通っていたそうだが、ある日部屋でユカと男が「つながったまま」死んでいるのを発見したという。二人とも狂ったような表情をしていて、おれが何か関わっているんじゃないかと思ったらしい。おれは何もしていない。証拠に動画を見せて説明しようとしたが、データがなぜか消えていた。結局警察も来なかった。


 ショックを受けて落ち込んでいる彼女を慰めているうちにおれたちは互いに惹かれ合うようになった。サヤカに交際を申し込んだ日は、おれたちの止まった時間が再び動き出した記念日になった。それから1年後、おれたちは結婚した。今ではサヤカは一児の母である。子供が生まれてからもおれたちは周りの連中がうらやむほど仲良しだし、もちろんおれは浮気なんてしない。


 ある日ソファに座って一緒に子供をあやしながら、ふとサヤカの横顔を見た。なぜかユカの浮気動画が頭をよぎる。射干玉ぬばたまの美しい黒髪と端正な顔立ちは、ユカたちに襲い掛かった女の姿をした化け物に似ていないこともないなと思った。いやむしろそっくりでは? いやもちろん気のせいだ。サヤカがおれの視線に気づいて「なぁにパパ?」と恥ずかしそうに笑った。相変わらずサヤカはきれいだ。


《終》






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋人の浮気動画が送信されてきたがもはやどうでもいい スエコウ @suekou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ