八
夏休みも残り一週間を切った。俺は宿題を終わらせることを諦めて、提出期限をどうすれば延ばしてもらえるかについて考えていた。すると須藤から電話がかかってきた。
「どうしたんだ? もしかしてまた宿題貸してくれるのか?」
「いや違う。お前に話しておかないといけないことがあってな。都合は大丈夫か」
そう言って須藤はあの日と同じショッピングモールに来るように言った。俺はきっと榊原との件だ、と思った。幸い今日はバイトは休みだ。すぐに自転車に乗ってショッピングモールへ向かった。
ショッピングモールに着くと、須藤が待っていた。そして行こうか、と言って歩き出した。須藤と二階のフードコートに向かった。テーブルに着くと、須藤はふうっと息を吐くと話を始めた。
「この前のことなんだけどさ。様子がおかしかったよな、俺。何であんなことになったのか、ちゃんと説明しておこうと思うんだ」
須藤は深呼吸をした。
「実は榊原さんの顔だけは前から知っていたんだ。俺が高校に入学した時から。一から説明するから聞いていてくれ。まず、前提の話なんだけど、榊原さんのお母さんが茶道の先生しているんだ。家で教室を開いているし、市の茶道サークルにも先生として参加してる。そこでのお茶菓子にうちの店のものを選んでくれてる。それでうちの店にお母さんとよく買いに来てるんだ。それに榊原さんは市の茶道サークルの方にも時々参加している。だから店番してる時とかお茶会へ配達に行った時によく顔を合わせてた」
ここまで話すと須藤は一呼吸置いた。そして意を決した様に口を開いた。
「それでさ、ずっと気になってたんだよ、榊原さんのこと。名前も知らないのにさ。そしたらこの前突然名前やどんな人なのかを知ったわけ。突然のことだから困ってしまった。それで佐竹さんの誘いを断ったんだよ」
須藤の話を聞いて、合点がいった。
「だからあんなに落ち着かない様子だったのか」
「そうなんだ。すまなかった。まさかあの子とこんなところで会うとは思わなくてさ。 驚いてしまった」
そうか、と俺は呟いた。ふと以前の須藤の言動を思い出していた。須藤は他人の恋愛沙汰には嬉々として食い付くが、自分のこととなると言葉を濁し、有耶無耶にしていた。その理由がわかった。名前すら知らない女子に恋をしていたからなのだ。しかも相手は高嶺の花のような女子だ。あまり人に話せるようなことではないと思ったのだろう。なかなか可愛いところがあるじゃないか、と思っていると顔に出ていたようだ。須藤が「何ニヤついてんだよ」と咎めてきた。
「すまん。意外と可愛いところあるな、と思ってな」
「やめてくれよ」
「それでさ、何で今日話そうって思ったんだ?」
「実はさ、今度一緒に出かけることになったんだ、榊原さんと。あの後店に来たんだ。それでもうこれはチャンスなんだ、と思って連絡先を聞いたんだ。そこからはもう勢いだよ。ゴリ押しすると案外上手くいったりするもんだな」
須藤は照れ臭そうにそう話した。
「それは本当か。びっくりだ」
「俺も驚いたよ。向こうはどう思っているのかな。良い人だって思ってくれてたらいいなあ」
俺たちは須藤のデートについて話をした。最近できたアイスクリームの店に行く予定らしい。嬉しそうな顔をして話す須藤のことが羨ましかった。
須藤と別れ、家路に着いた時、ある疑問が解消されていないことに気づいた。須藤が焦っていた理由はわかった。では、榊原はなぜ「今日は大丈夫そうですね」と言ったのだろうか。
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