十一

 十八時になり閉店の時間になった。閉店作業を終え、閉店の札をかけた。バックヤードに向い、着替えながらスマホを見ると佐竹から、帰るの待っててね、とラインがあった。一昨日と同じように待っていると、佐竹がやってきた。一昨日と同じところに行こう、と言って歩き出した。昨日と同じドーナツ店に着いた。佐竹が扉を開けて店内に入った。後に続いて入ると、飯山がこっちを見て小さく手を振っていた。そしてこちらに来ると、「欲しいもの言って。奢るから」と言ってきた。佐竹は先にミルクティーを頼み、俺はコーヒーを頼んだ。そして飯山が元いたテーブルについた。佐竹と飯山は隣同士に座り、俺はその向かいに座った。

「ごめんね、砂川くん。今日も呼び出しちゃって」

「全然大丈夫だよ。それはそうと、飯山さんがいてびっくりしました」

「ごめんね。二人があの男の人のこと気にしてるんだよね。その話をしたくてももちゃんにお願いしたの」

「あの常連ってコーヒーを二杯頼む人のことですよね。俺もその人のことについて話があるんですよ」

「砂川くんも?」

 佐竹が不思議そうな顔をして言った。

「そう、あの人について話がある。というのも、何でコーヒーを二杯頼んでいるかわかったんだ。結論から言うと、あの人はコーヒーで香りを嗅ぐ練習をしているんだ。昨日調べたんだけど、調香師と言って香水や化粧品とかの香料を組み合わせる仕事があるんだ。その仕事だと嗅覚が鋭くないといけないし、嗅いだ香りを記憶できないといけない。毎回二杯のコーヒーを頼んでいるのは、違う種類の香りを嗅ぎ分けようとしているんだ。ノートに書き込んでいるのはそれぞれの違いについてメモしているんだろうな。テーブルに出しているハンカチだけど、そういう仕事をしている人って自分の嗅覚をリセットするために自分のハンカチの匂いを嗅いだりするらしい。七月ごろから来るようになったのは、この店のことをその時期に知ったんだろうな。人に紹介してもらうとかして。つまりまとめると、あの人は調香師――匂いを嗅ぐ仕事をしている。誰かから紹介してもらったこの店で、二杯のコーヒー匂いを嗅ぎ分ける練習をしている。それぞれの匂いについてノートに書き込んでいる。机に出しているハンカチは匂いをリセットするため。これが俺の考えなんだけど、どうかな」

 そう言い切ってコーヒーを飲んだ。すると佐竹と飯山は顔を見合わせた。そして飯山はなるほどね、と呟いた。そして俺の方を見て言った。

「悟くん、すごいね。大正解だよ」

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