九
電車に乗っておよそ三十分でU駅に到着した。U駅はO市の中心地にある駅だ。日本でも一位、二位を争う大都市であるO市の中心地にあり、H電鉄のターミナルとなる。電車から降りると多くの人が行き交っていた。平日のためスーツを着た大人が多いが、一方で俺のように夏休み中の学生らしい人もいる。改札を出るとすぐに須藤がいた。白色のゆったりとした半端な袖丈のTシャツと黒色のこちらもゆったりとした半ズボンを履いている。足元は夏らしくサンダルで、頭にはチャコールグレーのつばのついた帽子を被っている。こういう帽子をバケットハットということを須藤から教えてもらった。軽音部ではベースを担当しているため、ベースケースを背負っていた。こちらに気づくとよう、と言って近づいてきた。すると、何か香りがした。花や柑橘などが混じった爽やかだがどこか大人っぽい香りだ。
「何だかいい匂いするな。香水か何かつけてるのか?」
須藤に尋ねた。
「お、気づいたか。そうなんだよ。この前誕生日だったって話しただろ。その時に姉ちゃんからもらったやつ付けてる。」
「なるほどな。しかし香水なんかプレゼントで貰うんだな。」
「まあ、姉ちゃんがそういうの好きな人だからな。仕事が美容部員だもん。化粧品とか売ってる人な」
「へえ、そうなんだ。それでこれなんていう匂いなんだ? なんか柑橘系の匂いがするな。あとは多分花とか混じってる。それにハーブとかそういうのも混じってると思う」
「悟、そんなことわかるのか。鼻が利くんだな。実際そうだよ。なんかマンドリンとかラベンダーとかセージとか……。そういう香りがするらしい。姉ちゃんから聞いたんだけどさ。それにしてもよく気づいたな。それで飯食ってけよ。お前ならできる」
「飯食ってけってなんだよ。そんな仕事あるのか?」
「あるらしいぞ。匂いを嗅ぐ仕事。香水とかの配合を決めたりするらしい」
「へえ、そういう仕事あるんだ」
「そうらしい。まあこれも姉ちゃんから聞いたんだけどな。そんなことより本当に飯食おうぜ」
そう言って須藤と俺は歩き出した。U駅近くのファーストフード店に入り、ハンバーガーを食べた。その後楽器店や服屋など須藤の買い物に付き合った。気づけば夜になっていた。須藤も俺と同じM駅が最寄駅になるため、一緒の電車に乗った。そういえばさ、と須藤は声をかけてきた。
「バイト先にさ、確か同い年の女の子がいるって言ってたよな。どんな子なんだ?」
「どんな子、というと、そうだな。小柄な子だよ。あとよく客に話しかけられてるな」
「へえ、そうなんだ。お前、怖がられていないのか。クラスの女子みたいにさ」
「そんなことないんだ。驚いたよ。初めて会った時から普通に声をかけてきたんだ」
「それはすごいな。俺だって最初はビビってたのにな」
そういうと須藤はケラケラと笑った。そして続けてこう言った。
「それでさ、その子のこと、どう思ってるんだ?」
「どうって、別に何も思ってないよ。まあ、いい子だなってことと、お嬢様だなってことぐらいしか思わない」
「お嬢様なのか。もしかしてS女学院の生徒?」
「そのとおり」
「そうか、それならダメだ。お前じゃ無理だな」
ニヤニヤと笑いながら須藤は言った。この男は恋愛や男女関係といった話が好きなのだ。
「いきなり何だよ。それより友也、お前はどうなんだよ。この前も隣のクラスの女子に言い寄られてるって話してただろ。その子はどうなんだよ」
「ああ、その話か。まあその、断ったよ。まあそれはいいじゃん。」
須藤は歯切れの悪い返事をした。他人の恋愛沙汰は好きなくせに、自分のこととなるといつも煮え切らない返事をしている。そしてそれ以上追及されることを避けようとするのだ。モテる男にも色々事情があるのだろう。その後も新学期早々にある文化祭の話をしているとM駅に着いた。須藤と別れたあと、自転車に乗って家へ向かった。自転車を漕いでいる時、ふと昼に須藤が話していたことを思い出した。そして頭の中であることが閃いた。
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