七
駐輪場についてから五分ほど経った。スマホアプリのゲームをしていると、後ろから声をかけられた。佐竹が淡い水色のワンピースに着替えて立っていた。
「ごめんね、急に。待った?」
「いや、別に。全然だよ」
「そっか。それならよかった。それでね、今日待ってもらったのは、ちょっと気になることがあるの、あの常連さんについてね」
「コーヒーを二杯頼んでいるあの男の人のこと?」
「そう、あの人。あ、どこかで座って話そう。長くなると思うし」
そう言うと彼女は歩き出した。俺は自転車を押しながら彼女に着いていった。そして、この通りの端にあるチェーンのドーナツ店に入った。彼女はダイエットしないとダメなの、と言ってカフェオレだけを注文した。俺はお腹が空いていたので、ドーナツ2個とコーヒーを頼んだ。空いていたテーブルに向かい合って座った。彼女はカフェオレを一口飲むと、話を始めた。
「さっきの話だけど、続き、いいかな?」
「ああ。それで、気になることって?」
「あのね、これまでずっと見てきたけど、やっぱり気になるの、あの常連さんのこと。それでこの前ね、パートの山口さんと常連の話になった時にあの人のことを話したの。そしたら山口さんもやっぱり気になっていたみたい」
やはり山口も気になっていたのか、と思った。山口は近所に住んでいる主婦で、昼から夕方にかけて勤務をしている。当然件の男性客のことを知っている。
「へえ、そうなんだ」
「それでね、気になったのが、あの人がこの店に来るようになった時期なの。山口さんの話だと大体七月の頭頃には来ていたみたい。ところでね、今通りで工事してるの知ってるでしょ? 噂だけど、新しいカフェができるみたい。この工事が始まったのは、七月の十日あたり。この辺りって最近カフェがよくできてるよね。最近も有名なお菓子屋さんできたでしょ。あの店、カフェも併設されているらしいの。だから東通りはいわばカフェの激戦区ってわけ。そうなると、きっと新しくできる店はしっかりと周辺をリサーチすると思うの。それで、うちの場合はコーヒーが売りの店でしょ。当然そのことは知ってるはずだから、調査しにきていると思うの。メモしてりるのは味とか店の雰囲気とかかな。それで二杯頼んでいるのはオープンまでにしっかりと全種類確認しておきたいってことだと思う」
彼女はそう言うと、自信ありげに小さくうなづいた。
「つまり、あの男の人は今度できるだろうカフェの人で、うちへ偵察しに来てるってこと?」
「そういうこと。多分ね」
確かにあり得ることだと思った。しかし気になることがある。
「あり得る話だと思う。でももしそうなら、むしろコーヒーは一杯ずつ頼むんじゃないのか。一杯ずつ味とか香りとか、そう言うのを確認していったほうが確実だろ。時間がないからそうしているってことも考えられるけど、激戦区だと考えている場所に出店するのなら入念に計画を立てて調査するはずだ。それに何回も同じ味のコーヒーを頼んでいることになるだろ。例えばさ、七月一日から週に三回この店に来てるとするだろ。一日は木曜日か。週に三回だから、月曜、火曜、木曜に来てるとしよう。今日は八月三日だから、今日までに十五回うちの店に来ていることになるな。一日二杯のコーヒーを飲んでいるから、これまでに三十杯のコーヒーを飲んでいることになる。つまり、うちのシングルオリジンコーヒーを三周していることになる。これは明らかに頼みすぎだろう。それにシングルオリジンコーヒーしか頼んでいないことも気になる。店の調査ならブレンドコーヒーや季節限定のブレンドとかも頼むだろ。」
それにあのハンカチは、と言いかけた時、彼女がうつむいていることに気づいた。話し方がキツかっただろうか。とにかく謝ろう。そう思い口を開きかけた時、彼女は顔を上げてこう言った。
「本当だ! 確かに砂川くんの言う通り、おかしなところがいっぱいあるね。砂川くんの話を聞いて考え込んじゃってた。確かに偵察に来てるのに一度に二杯も頼む意味はないよね。それにもし調査するのなら時間とかもずらして来店するんじゃないかなって思ったの。時間帯ごとのお客さんの様子とかも確認できるし。他にもケーキとかのお菓子を頼まないのもおかしいし……」
俯いていたため落ち込んでいるのではないかと思ったが、そう言うことではないようだ。むしろ俺の話は彼女の興味を刺激したようだ。その後も彼女は色々な可能性があるよね、と言って、様々な推理を聞かせてくれた。
その後は例の常連の話から離れて、バイトの話やお互いの学校の話をしていた。思ったよりも話に花が咲き、気づけば二十時になっていた。ドーナツ店が閉店する時間のため、店の外へ出た。彼女はバスに乗るためロータリーへ向かうと言った。ロータリーはドーナツ店の位置と反対にある。俺も同じ方向に向かうため一緒に歩いた。歩きながらも彼女と話を続けていた。同年代の女子とここまで話をしたのはいつぶりだろうか。時々自分が変なことを話していないか不安になった。
ロータリーに着くと彼女の目的のバスは既にバス乗り場に到着していた。バスへ向かう前に彼女から連絡先を交換しようと言われた。せっかく仲良くなったんだから、とのことだ。断る理由もないため交換した。そして彼女はまたね、と言ってバスに乗った。
佐竹と別れて自転車に乗り家へ帰っていると、スマホに通知が来た。自転車から降りて確認してみると佐竹からのLINEだった。今日はありがとう、またお話ししようね、とのことだった。もう一度自転車に乗って家路へついた。なんとなくペダルが軽いような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます