五
どんな店にもいえることだが、常連と呼ばれる客がいる。そしてその人たちはいつも決まったものを注文することが多い。例えばいつも十四時に来店し、店のオリジナルブレンドとバタートーストを頼むおじいさんや十六時にやってくる大学生ぐらいのカップルがそうだ。その中に一人変わった注文をする客がいる。それが先ほど佐竹が話していた男性のことだ。
その男性はいつも十七時半頃に来店している。いつから来ているのか詳しくはわからないが、少なくとも俺がバイトを始めた時にはすでに店に来ていた。銀フレームのメガネをかけた真面目そうな男性で、真っ黒な髪をいつも七三に分けている。おそらく仕事帰りなのだろう、白いシャツにスラックスを履いており、黒いビジネスバッグを持っている。週に三回は来店しており、その度にコーヒーを二杯注文している。それも異なる種類のコーヒーを。
この店のコーヒーは二つに大別できる。一つはブレンドコーヒーでもう一つはシングルオリジンコーヒーだ。ブレンドコーヒーは店のオリジナルブレンドの他に季節のブレンドがある。今は夏なので水出しブレンドコーヒーを出している。そしてもう一つのシングルオリジンコーヒーは生産国や銘柄といった大きなカテゴリではなく、単一農園・単一品種で分けられたコーヒーのことだ。この店では常時十種類のシングルオリジンコーヒーがあり、店の売りになっている。そのため、コーヒーにこだわりのある人がよく来店しているらしく、店長とコーヒーについて話をしているところみたことがある。
常連の男性が頼んでいるコーヒーはシングルオリジンコーヒーだ。来店すると、何故か必ず異なる二種類のシングルオリジンコーヒーを頼んでいる。コーヒーのおかわりをお願いする客は時々いるが一度に二杯のコーヒーを頼む人はそういない。もしコーヒーが好きならば、異なる種類のコーヒーを選んでそれぞれの味や香りの違いをゆっくりと楽しむと言うのも理解できる。しかしその男性が来店するのは閉店間際の時間なのだ。当然ゆっくりとコーヒーを、しかも二杯も楽しむ時間はない。それに十七時半には店員たちが閉店の作業を始める。そんな中でゆっくりとコーヒーを飲むことはできないだろう。仕事帰りに一息入れたいと言うのなら、一杯で十分なはずだ。時間のことを考えてもそうするのが普通だと思う。
不思議な人もいるものだ、と思いながら洗った食器を片付けていると、佐竹が声をかけてきた。
「もうすぐあの男の人が来る時間だね。今日も来るかな」
「多分来るんじゃないかな」
時計を見ると十七時二十分になっていた。すると店の扉が開き、銀縁の眼鏡をした男性が現れた。例の常連だ。
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