三
「あ、砂川くん、お疲れ。」
快活な声が聞こえてくる。
「ああ、おはよう。」
声をかけてきた少女はバイトの同僚の佐竹ももだ。同じ高校一年生で、M市内にあるミッション系の私立女子高に通っている。彼女は俺より後にこの店のバイトになった。彼女はS女学院というミッション系の私立女子校に通っている。S女学院は、大阪府内でも有数のお嬢様学校として知られている。彼女も御多分に洩れず立派なお嬢様だ。聞いた話では、彼女の祖父はM市の市長を務めていたらしく、父親は建築家をしているとのことだ。そんな家庭の彼女がアルバイトを始めた理由は、自分のお小遣いは自分で稼ぐ、とのことらしい。母親によって強制的に始めた俺とは比べ物にならないほど立派な理由だ。俺は彼女と対照的に一般的なサラリーマン家庭で育った。父の通勤の都合で、縁もゆかりもないM市に俺が三歳の時に引っ越してきたのだ。また性別が違うため当然なのだが、見た目も対照的だ。俺は背が高くて目つきが悪いため、近寄りがたいとよく言われる。対して彼女は、小柄でクリクリとした目をしており、人懐っこい雰囲気がある。よく客から声をかけられており、その度に彼女は元気に返事をしている。
俺はカウンター脇の扉を開け、この店のバックヤードへ入った。バックヤードには業務用の冷蔵庫が置いてあり、その傍にコーヒー豆がいくつも置いてある。また店の事務所を兼ねており、書類をたくさん挟んだ分厚いファイルがスチール製の棚の上に乱雑に置かれている。事務机にはデスクトップパソコンが置かれており、その前に男性が座って作業をしていた。店長の三田村茂だ。背は高くないが、肩幅が広いがっしりとした体格で、歳は三十歳前半ぐらいだろうか。目鼻立ちがくっきりとした顔立ちをしており、以前テレビで見た昭和の俳優を思い起こさせる風貌をしている。この人の母親が俺の母親と幼馴染だったらしく、それがきっかけで俺はこの店でアルバイトをすることになったのだ。
「お疲れ様です。」
パソコンで事務作業をしている店長の背中にあいさつをした。
「おお、今からなのか。今日も頼むぞ」
店長は振り返ってそう言うとまたパソコンに向き合って作業に戻った。
リュックサックをスチールラックに置いて制服に着替える。更衣室と呼べる場所はなく、男性はバックヤードの片隅で着替えている。女性スタッフはこのビルの事務所にある更衣室で着替えているらしい。もしくは店の制服を着た状態で店へやってきている。
この店の制服は白いシャツと黒いズボン、焦茶色の腰エプロンで、ズボン以外は支給されたものだ。エプロンさえつけていなければ私服に見えるため、制服を着て店へ行っても良いのだが、この季節は少し外に出るだけで汗だくになる。そんな状態でバイトはしたくないので、店で着替えている。タオルで汗を拭き、デオドラントウォーターをつけた。シトラスの爽やかな香りがする。手早く着替えて、店長に少しの間だけパソコンを使わせてもらいタイムカードを切って、事務所から出た。カウンターには佐竹の他にもう一人明るい茶髪の女性が立っていた。このバイトの先輩にあたる飯山里穂だ。隣の市にあるK大学の二年生で、一年生の頃からこの店でバイトをしているとのことだ。髪をボブカットにしており、女性にしては背が高い。気が強そうな顔立ちをしており、以前、店長が飯山は一部に人気があるんだよな、と呟いていたことを覚えている。
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