§5-16. 祭りの後の色男(言いがかり)
『1年生部門優勝、1年8組! おめでとう!』
沸き上がる俺たち。代表者として壇上で特大のトロフィーを受け取り、そのままこちらを向いてそのトロフィーを高々と掲げる
いつもテンションは高めなヤツではあるが、通常の5倍くらいはハイテンションになっている。あのまま階段を踏み外したりしないか若干心配になるが、その辺は落ち着いていた。しっかりと、1段1段確認するように降りて、そのまま一直線にこちらに走ってくる。 当然それをただ待ち構える俺たちではない。こちらからも数人、主に男子が駆け寄っていく。何やら身の危険を覚えたらしい正虎は真っ直ぐだったルートを一気に変え、突っ込んできたヤツらをさらりと躱し、ある意味冷静に声援を送っていた俺たちのところへと無事にトロフィーを持ち帰ってくることができた。
「全員で持つぞ!」
正虎はそう言いながら、既に後ろでシャッターチャンスを待っていたカメラマンを見た。
「全員は無理じゃね?」
「ムリだと思うから無理なんだよ!」
「それもそうだな!」
よくわからないテンションで叫び合う俺たち。明らかに浮かれすぎかもしれないが、勝った直後くらい許して欲しい。
――だって、あのふたりが、こんなにも充足感のある顔を見せてくれているのだから。
〇
祭りの後というのは、やはりどことなく寂寥感に包まれる。
放課後の時間が近づいてくるとだんだん吹き抜けていく風も冷たさを増す。それが余計に物寂しさを上塗りしていくわけだ。
帰りのショートホームルームはグラウンドの端で適当に終わらせるのが常。後は各自持ってきていた椅子などを教室に戻し、それが終われば自由解散となる。片付けの関係もあり部活動は基本的には休みになっているので、そのまま帰る生徒が大半だ。
しかしもちろん、体育祭の熱気そのままの流れで打ち上げに繰り出すクラスもある。ウチの場合は後日に設定されている。さすがに一度帰って落ち着いてから美酒に浸ろうというパターンだ。――もちろん、アルコール類など飲まない。徹底的に肉祭りだ。
俺の場合は放送局の後片付けなどがあるので、椅子は正虎にお願いをして持って行ってもらうことにしていた。察しが良いアイツは、俺が何か言いたげな様子だったのを見て『ああ、椅子か? いいぞ』と何でもない感じで俺の椅子を軽く持ち上げていった。――良い奴なんだよなぁ、こういうときは。
「あ、居たよ
「リョウくん! 待って待って!」
さて持ち場へ向かおうかと思っていたところで、呼び止める声が聞こえてきた。かなり近くで聞こえたような気もしたが、その声の主はまだかなり遠いところにいた。さすがの通り方だ。
もちろん、それだけ通る声の持ち主で、俺のことをそうやって呼ぶ女子は全世界を調べ回ったってそれぞれひとりずつしかいない。
「探したよー」
「直帰する感じ?」
マナちゃんとまみちゃんは揃って俺の方へと駆け寄ってきた。椅子は、誰かに持っていってもらったのか手元には無い。
「そうだけど……、あれ? ふたりは?」
何かあっただろうか。今日やることはもう残っていないと思うのだが。
疑問に思っていた俺にまず答えたのはマナちゃんだった。
「だって、
「まぁ、そうだね」
表彰式を含めた閉会式も終わった。片付けが残っている生徒は片付けをして、後は適宜解散するだけだ。
「だよね? だったら……」
そうして今度はまみちゃんが言葉を繋ぐ。
「私たちももう、放送局の正式メンバーじゃないかな、って」
「……ん?」
思い返してみる。
このふたりが正式に放送局の局員――要するに部員になるのは『夏季体育祭が終わった後』という風になっていたはずだ。
そして今は――?
「ああ……? なるほどね」
たしかに『夏季体育祭の全日程が終わった直後』だ。
間違いなく、体育祭が終わった後だ。たしかに理論的には間違っていないとは思う。
ただ、ふつうはさ。体育祭が終わった後って言ったら、来週の月曜日の放課後か、一応明日は活動があるので最速なら明日の午前中という風に思うじゃないか。
まさか、体育祭終了の直後から参加を申し出るなんて思わないでしょう。俺は来週月曜日の活動から正式参加だと思っていたクチなので、かなり面食らったというのが正直なところではあった。
ただ、今朝の準備にも率先して参加してくれたふたりだし、何としても早く放送局に来たがっていたふたりでもある。こういうことを言うのも理解ができる話だった。
――やりたいことを止める理由なんて存在しないし、存在してはいけない。
「……ん、おっけー。いっしょに行こう」
だからこそ、俺ができる最大限の笑顔を見せて、ふたりにそう言った。
このふたりに笑顔で勝負を仕掛けるような真似をするべきではないような気もするけれど、無表情で言うのは少なくとも間違っているわけだし。何とか出来る限りのことをしたいと思うのは、きっと間違いではないはずだ。
「うん!」「りょーかいっ」
良い返事が飛んでくる。
「結構重い機材とかもあるから、手伝ってくれると助かるかなぁ……なんて」
「任せろー!」
「がんばるよー」
「……あれ。『重いモノ持たせる気?』とか突っ込まれる気満々で言ったんだけど」
実際重たいモノは多い。カメラレンズだってそこまで大きくないモノも割と重たかったりするし、カメラ本体も高いヤツはそれ相応に重たい。取り扱いにも注意が必要だから、それについては先生の指示なども仰いだ方が良い。
「いえいえ。それくらい慣れてますから」
「何もしないなんてことはできないもんね」
現場でも率先して動いているんだろう。日頃からそういうことに耐性があるからこその反応だったのかもしれない。
とはいえ、女の子に重たいモノを平然と渡すような男ではありたくない――なんてことは思ってしまうわけで。
「みんなの手伝いとかしてくれるだけでも充分だと思うから、そこまで気張らなくても大丈夫だよ。たぶん。……それに、結構疲れてるでしょ?」
マナちゃんは短距離走2本以外にも、走り幅跳びに出場している。まみちゃんは最長距離を運動部と競り合いながら走っている。そして最後のリレーだ。いくら普段からトレーニングやレッスンをしているとはいえ、こういうときの体力の使い方とはまた別のはずだ。あまり無理なことをしてもらいたくはない気持ちがあった。
「……あっはは!」
「……ふふっ」
だけど、ふたりは何故か愉快そうに笑う。おかしなことを言ったつもりは無いのだが。
「リョウくん……」
「遼成くん……」
俺の名前を呼んだふたりは、そのまま俺の正面に出てしっかりと俺の顔を見つめてくる。何か言いたそうな様子にも見えるが、いったい何だろう――。
「ありがとっ!」
「……ありがとう!」
――何が起ったのか、5秒くらいは全く理解が出来なかった。
気が付けば、正面に居たはずの美少女ふたりが、俺の視界から居なくなっていた。
気が付けば、俺の両腕は何か暖かくて柔らかいモノに包まれていた。
気が付けば、俺はふわりと優しい香りにも包まれていた。
要するに俺は、ふたりに片腕ずつをがっちりとホールドされていた。
「………………ンンっ!?」
「リョウくん、すっごい声」
「そんな
「マミちゃん、声じゃなくて音扱いしたっ。でも、その方が合ってるかも?」
「でしょ?」
楽しそうなふたりは俺から離れる様子が無い。むしろ離れるどころかどんどん密着度が上がってきている気がする。
この暑さは――いや、『熱さ』というべきなのだろうか。
何が何だか解らない。脳の回転が追いつかない。というか、そもそもアタマが回っているのかどうなのか。熱暴走しているのか、焼き切れて止まってしまっているのかすらもわからない。
――いや、もう、いいや。
何かもう、どうにでもしてください。
俺はふたりに腕を取られて引き摺られるようになったまま、放送局のみんながいるだろう場所へと向かうことにした。
もちろんみんながとんでもない顔で俺たちを迎えたことは言うまでもないだろうし、
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