§5-15. 走れ!
「……さて」
異様なまでの静けさが我がクラスを包む。タイミングをはかったように一陣の風が吹き抜ける。戦地へと赴く猛者たちが集う空間としては、これ以上無いくらいにぴったりの状況かもしれない。
「時は、満ちた」
その空気感に酔いすぎている感も否めない。全員の視線を一手に集めた結果、若干気持ちよくなっているのが我が親友という事実をあまり認めたくない気持ちは、正直なところある。――というか、ありすぎる。たとえこういうヤツだとある程度理解していても、脳の奥底ではそれを拒んでいるのがよくわかった。
「いや、何役だよ」
「気にするな。水指すな」
当然ツッコミ役が現れた。
「ついにやってきた、クラス対抗リレーだ」
残すところはあと1競技。学級対抗でポイントを競うクラス対抗リレー。学年が若い順に執り行われるので1年生の部門が皮切りになっている。
「ここで1位を取れれば勝利は確実にモノに出来る」
現状のポイントレースでは第2位。とはいえ、1位のクラスとは10点程度の差。クラス対抗リレーはかなり点数の比重が重く設定されているので、これで1位を獲れれば間違いなく最終スコアでも1位になる。
「……ま、2位くらいでも何とかなる」
「いや、なんでそこで歯切れ悪くなるんだよ」
思わず突っ込んでしまった。
「お! さすが
要らん要らん。さすがとかそういうモノは要らんから、早く円陣の口上を締めてくれ。
「ここで勝ちきることが出来れば、週末には最高にウマい焼き肉パーティーが待っている。……お前ら、ウマい肉が食いたいかぁ!!」
「「「ぅおおおっす!!」」」
雄叫びが華麗に重なる。豚バラ肉の脂身くらいにキレイに重なっていると思う。
しっかりと他クラスの視線を浴びている。そりゃそうだろう。ふつうは「N(Nは1以上9未満の整数)組、ファイトー!」からの「おー!」で締める――というか、そういう締めしか聞こえてこなかった。さすがにこれは新感覚が過ぎたようだ。
まぁ、いい。異様な雰囲気で相手を萎縮させるというのは作戦のひとつとして存在している。何だアイツらとでも思ってくれればラッキーだ。
〇
『さぁ、いよいよ最終競技のクラス対抗リレーがスタートしました!』
『出遅れなどは無いようですね、各クラス良いスタートを切れたようです』
2年生の先輩方による実況と解説でリレー競技が始まった。
ウチのクラスは平均タイム組からの出走。だいたい中位からやや後ろくらい、5位から6位あたりをキープしているので上出来だろう。
いきなり上位組から配置してきたクラスもあるので1位のクラスとは距離が離れ気味だが、まだ慌てるような時間ではない。走っている連中が慌てても良くないので、応援している側は頻りにそのペースを守ってムリはしないようにと叫び続ける。
さらにそこからは走力が劣る組を選抜しているので、徐々に順位は下がっていく。今までの競技の結果からも分かるようにウチのクラスの平均走力は高い方ではあるので、最下位にはならない位置はキープ出来ていた。
「いいぞー! その調子だぞー!」
「イケるよー!」
全クラスの応援が重なり合っているはずなのだが、それでも正虎とマナちゃんの声はどれだけの喧噪の中でも突き抜けて聞こえるから凄まじい。それは走者にも聞こえているようで、みんな一様に応援の声が聞こえたタイミングで少し加速する。またしても『応援が背中を押してくれました』を体現するような動きだ。
あっという間に第25走のランナーがバトンを受け取って走り出す。ここまでバトンパスは一切無し。練習の賜物なのだが、それにしても上手だ。実際にグラウンドを使った練習以外にも、ボール紙で作った手作りのバトンを使って教室内でアンダーハンドパスの練習をしていた成果だと思う。提案した甲斐があった。
「遼成くんっ」
しっかりと俺の隣に居たまみちゃんが言う。いつもより頬が紅潮しているように見える。跳ねたような語尾からも彼女のボルテージが上がっていることがよくわかった。
「まみちゃんなら、大丈夫!」
「うんっ! がんばってくる!」
第35走の準備に向かうまみちゃんに、できるだけ力を込める。まみちゃんも大きく頷いてくれたので、恐らくはパワーを送れたと思う。
バトンパスも巧く行き、スタート地点を飛び出していく。現在の順位は4位だが、3位との距離は今の区間で一気に詰まった。向こうはバトンパスに若干のミスが出たらしい。こういうところでも差を詰めていけるのは我がクラスながらすごいと思う。連帯感が違うぜ――なんてことまで思ったりしてしまう。
「いいぞいいぞ!」
「マミちゃーん!!」
――俺も、やるしかない。
「リョウくん!」
「遼成っ!」
そろそろ持ち場に移動しようとしたときに、正虎とマナちゃんから声がかかった。
「行けよ!」
「リョウくんなら大丈夫!」
「おうっ!」
自分がかけたのと似たようなことを言われたので、大きく頷いて返す。やっぱりこういう反応になるのかと思うと、ちょっとだけ緊張が解けていった気がした。カタくなるのをウマく防いでくれる術を知っているのはありがたいことだった。
さて、俺は第44走だ。まだ応援に力を注いでいるふたりだが、正虎が第48走でマナちゃんが第49走。そろそろ持ち場に寄っていた方が良いと思うのだが、まぁ心配は要らないだろう。
それよりも心配すべきは己の足と心臓だ。
何とかしてやりきらなければ。
「遼成くん!」
走り終えたまみちゃんが駆け寄ってきた。
「遼成くんなら、大丈夫!」
「……ははっ」
「ふふっ」
結局またしても同じようなことを言われてしまった。まみちゃんのことだし『お返し』だったのだろう。俺が笑うと同じように笑ってくれたので、きっとそうだろう。
「がんばるよ」
「うんっ」
グッと力こぶ――大したサイズ感はないけれど――を見せながらスタート近くへ向かった。
2つ前の走者がバトンを受け取って駆け出していく。現在の順位は2位。着実に順位を押し上げ、確実に1位の背中が大きく見えるところにまで来ていた。1位との距離は10メートルもない。緊張で身体が硬くなっていたりすればその差はあっという間に縮まるだろうし、何かしらのミスがあれば即座に入れ替わるだろう。
――面白くなってきたじゃねえか。
入念に足首とアキレス腱を伸ばし直してレーンに入る。1位から順にインコースに並ぶが、明らかにその距離が縮まってきている。俺の隣のヤツがどれくらい走れるのかは全く解らないが、もし『そうでもない』のならここで一気に仕掛けてしまってもいいかもしれない。
心臓の問題で安全策を採っているが、これでもハートは体育会系だ。
イイねえ、こういうシビれる展開が欲しかったんだよ。
「難波くん!」
「おぅ!」
いわゆる『ゴー・ハイ』の合図ではなく、しっかり次走者の名前で合図することにしていた。別のクラスでも採用しているところはあったが、こうすることで間違って走り出したり逆に遅れてしまう危険性は減らせる。くだらないミスが起きそうな部分は予め潰しておくのが賢明なのだ。
無事にバトンは手の中。一気に加速して1位の後ろに付く。
――これは……?
「(……イケる)」
後半の走者なのだから猛者だろうと思っていたが、杞憂だったらしい。
この程度ならば、仕掛けるべき。
カーブに差し掛かるところで真後ろに付く。
少し様子見。
ペースが上がる気配は、ない。
『おーっと! ここで8組が一気に仕掛けるか!』
――だったら、そのテンション振り切らせてあげますよ。
『外から抜いた! 残り走者も少なくなってきて、ここで1位が入れ替わった!』
カーブを曲がりきる。
後ろを見る余裕はもちろん無い、俺の視界にはテイクオーバーゾーンで待つ次走者しか見えない。先ほど正虎にナイスツッコミをして見せた神崎くんだ。
「神崎っ」
「難波、ナイスラン!」
高速バトンパス。
任務完了。
バトンを渡し終えた勢いそのまま待機場まで駆け抜けた俺は、大の字になって青空に包まれた。
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