§5-14. 飛べ!


 昼食休憩を軽く挟めば午後の部が始まる。


 一応昼休みというモノも存在するのだが、この時間は基本的に各クラスの作戦会議時間。何のためかといえば、最後のクラス別対抗リレーの出走順のためだ。


 全クラス第1走から第50走までを指定された用紙に書いた上で、午後の競技が始まる直前までに提出することになっている。

 各クラスの定員は40人なので、重複して2回分走る生徒が出てくる。これは男女各5名ずつで事前の体育の授業で計測されたクラスの100メートル走の平均値に一番近い方から5人を選出するというルールになっていた。


 この『平均組』をどこに配置するかというのがちょっとだけ重要だったりするので、この作戦会議は大事になる――という話だ。当然だが、先輩からの請け売りである。


 あれこれと悩んだ結果、スタート直後にその平均組を配置し、その後は一旦平均よりも遅いメンバーを並べて様子を見て、そこから再び平均組に2巡目を走ってもらって、あとはだんだんと俊足を揃えていくという流れになった。無難な選択だろう。


 そんな合議の末練り上げられたメンバー表を間違いなく書き記し、責任者として正虎が提出を完了したところで無事に午後の部である。


 俺が唯一出場することになっている走り高跳びも午後の部の競技だ。しかも午後イチ。走る競技ではないのでおなかが痛くなる可能性は低いと思うが、さすがにそれが来られるとマズいのでお昼はそこまでガッツリ採っていない。後で腹が減ることはあるだろうけど、それはプロテインバーなどで補えば良いはずだ。


 ――さて。


「リョウくんがんばってー!!」


「ファイトー!」


 ありがたいことだが、俺には熱烈な応援団が付いてくれていた。


 逆にちょっと緊張するんだけど――なんてことを思ったりもするが、それは贅沢な悩みというヤツだろうか。だって、応援団が現役アイドルに現役女優だ。そんなふたりに応援される男子とはどんな輩だろうかと視線がやってくるのは当然の流れ。ただでさえ跳躍に挑むのはひとりだけだから視線を集めるというのに、予想の数倍は視線を独り占めだ。


「イイねえ、応援団は」


「まぁ、……そりゃ、悪くは無いなぁ」


「クールだねえ」


「違うっての」


 クラスメイトのもりぐちも楽しそうだ。ありがたい。


「オレとしても、難波の応援のおこぼれに預かれてるから嬉しいよ」


「いやいや、今回の主役は守口だろ」


 既に暫定1位の記録をたたき出している彼は表彰台をほぼ手中に収めている。さらに上位3人にはメダルが授与されることになっているので、実はけっこう豪華だ。


 実際の所、視線を集めること自体には慣れている。というよりも最近特に慣れさせられてきた感すらある。放送局の活動もそうだし、その前にやっていたサッカーもそうだったし、何よりもふたりが桜ヶ丘高校にやってきてからの生活がそうだ。とにかくいろんなところから視線を感じながら生きているような気分。だからある程度の耐性は付いているはずだ。


なん、いきまーす」


 ルーティンのような宣言とともに計測係の応答を見て、ゆっくりと助走を始める。


 助走路の半分くらいからほんの少しだけ速度を上げてコーナーリング。


 目標ポイントやや手前で大きく地面を蹴って――。


 ――跳躍。


 浮遊感――。


 そして、マットへ。


 バーは――動かない。


 完璧だった。この結果、無事に暫定3位まで浮上できた。


 ひとつ前の試技でミスをしてしまったのが悔やまれるのだが、専門でも何でもない中でここまでやれているのだから既に結構な満足感があった。


「すごいすごい!!」


「やったねっ!」


 マナちゃんは通常営業感もあるが、まみちゃんまでテンションが上がっているらしい。体育祭ハイというヤツだろうか。


 高校生らしい、いわゆる青春の時間を送れているようで何よりだと思う。当初の目標のようなモノはかなり達成できているのでは無いだろうか。その一端を担えていれば嬉しいし、この上なき名誉だとも思える。


 ここまで聞こえるくらいに何度も何度も声を出してくれているのだ。さすがに声で返してあげないとダメだろう。


「まだまだ、イケるだけ行くよ!」


「その調子だよー!」


「がんばれー!!」


 声援が背中を押してくれました――なんてインタビューで答えるアスリートはたくさん居るが、今ならそれが正しいと証明できそうだった。




     〇




「お前ら、ワンツーフィニッシュとかスゴすぎないか!?」


 ――バシバシバシバシ。


「さすがに痛ぇっての」


「もうちょっと抑えてくれぇ」


「いやいや! これが抑えていられますかって話だろぉ!」


 ハイテンションのままで俺と守口の肩やら腰やらを何度も叩くのはまさとら。我らが学級委員長をいつもの数倍ハイにさせたのは、1年生男子の走り高跳びの結果。守口が1位を守り抜き、俺が2位だったから。


 俺だってまさか2位になれるなんて思っていなかった。だからそれなりにテンションは上がっているのだが、それ以上に大盛り上がりな正虎をはじめとしたクラスメイトのせいで自分の心の置き所を失ってしまっていたりするのだった。


 さて、夏季体育祭も大詰め。残りは短距離の決勝とクラス対抗リレーだけ。


 男女ともにひとりずつ出られるので高ポイントも期待できる。もちろん複数出場するクラスもあるのでそちらとは合計得点では少々水をあけられてしまうかもしれないが、その点については今は置いておこう。とにかく応援が大事だ。


 ここからは放送局員も自分の学年の競技の際には各クラスの応援席に戻ってイイコトになっている。俺もしっかりと8組の応援に向かう。


 女子の部には、我らがマナちゃん――たかどうまなが出走するわけで、しっかりと応援しなければいけない。全体タイムでは5位だったらしいが果たしてどうなるか。特性的にも性格的にも、こういう場で実力以上のモノを発揮してくれそうな予感もある。ちなみにマナちゃんは第3レーンに入っているようだ。


「まみちゃん」


「あっ、りょうせいくん」


 祈るように両手を合わせていたまみちゃんに声を掛ける。走るマナちゃん以上に緊張している感じがするのだが。


「愛瞳ちゃん、大丈夫かなぁ……」


「たぶんだけど、大丈夫だと思うなぁ。……ほら」


 ――あっちはあっちで、名前をコールされるとともにぴょんぴょん飛び跳ねながら声援に応えている。余裕過ぎて拍子抜けしそうだ。


「あ、ホントだ」


 まみちゃんも毒気が抜かれたようになる。そして小さく噴き出した。


「スゴいなぁ、愛瞳ちゃん」


「度胸が据わっているというか何というか」


 ああやって空間を自分のモノにしてしまえる胆力は、間違いなくマナちゃんの長所だろう。他の子たちとは明らかに一線を画していた。


「……羨ましい」


「え」


 まみちゃんがぽつりとこぼすように言った――気がした。視線はぼんやりと100メートルのスタート地点方向を見ているが、実際のところはわからない。


 しかし、その真意を尋ねる間もなくオン・ユア・マークスの声がかかり、スタートを今か今かと待ち構えていた応援席も静寂で包まれる。選手たちがスターティングブロックに足を乗せる音がこちらにまで聞こえてきそうなくらいだった。


 ――その静寂を突き破ったのは、もちろんスタートの合図だった。


 フライングは無し。全員が一気に加速する。


 まず頭一つ抜け出した感があるのは7レーンの選手。スタートダッシュが得意らしい。明らかに姿勢から違った。


 そのままリードを保つかと思いきや、簡単にレースは運ばない。


 やはりタイム上位者である第5、第6レーンのふたりがその背中を捉える。


 さらにそれに食らいつくのが、第3レーンから一気に伸びてきたマナちゃんだった。


「……マジか!」


「すごい!」


「行けぇっ!!」


 総立ち。


 全力の声。


 俺も、届けとばかりに声を枯らす。


 その後の実況? そんなモノ知るか。


 残り10メートルを切ってもなお、上位4人の距離はほぼ無い。


 何なら5位以下との距離も然程無い。


 最後の力を振り絞ったモノが勝つ。


 そんな名勝負の様相を呈した1年女子の100メートル決勝も、あと少しで終わる。


 終わってしまう。




 最後の一伸びよ、来い――!





     〇





「くぅやぁしぃいいいいい!」


 8組の応援席に帰ってくるなり、マナちゃんは叫んだ。


 結果は、4位。


 彼女の手にメダルが収まることは無かった。


「お疲れさま!」


「いや、充分スゴイって!」


 しかし、ポイントはしっかりと入ったし、賞状と記念品の授与自体はある。――記念品と言ってもコンビニで買ってきたようなお菓子消え物だけれど、それでも立派な勲章には違いない。


「それでも悔しいのー! みんなにメダル見せたかったぁ!!」


 全力で悔しがるマナちゃんの表情は、それでも充足感に満ちているように俺には見えた。




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