§5-13. 奮闘!
『続きまして、トラックでは女子1500メートル……』
ここで
代わりに放送ブースに入るのは
ご苦労様です、今里先輩。
きっと辰巳先輩はボケ倒しに来ると思うので。
さて。一応先輩たちの動きはしっかりと勉強しなくてはいけないのだが、気になるのはやはり我らが1年8組の動向というか、これから走るまみちゃんのこと。
スタート位置を見れば――居た。やはり目立つ。彼女の持ち前のキレイさと幼なじみの
号砲。短距離走と違ってゆるやかにスタート。各クラス3人ずつを選抜させているので、かなりの混雑具合だ。出走リストを見れば普段から走り慣れていると思われる陸上部所属の生徒が2名ほど入っているらしいが、まったくそんな感じには見えない。完全に様子見と言ったところだろう。
『これは、かなりゆっくりとしたペースでの入りになりましたが……』
『そうですねぇ。……ええ、そうですねえ』
思わずズルッと足を滑らせそうになった。解説役なんて言った割に全然解説してない。これには観客席の方からもドッと笑いが沸き上がった。
『現在1位を走っているのは――』
さすがにそれではマズいと思ったのか、辰巳先輩はしっかりと持ってきたカンペを見ながら詳しすぎる選手紹介をはじめた。読み上げることに関してはケチの付けようはないのだが、如何せんアドリブ力は足りないらしい。
ちなみに、今年の1年女子の1500メートルは実はかなりの猛者の集まりだそうで、陸上部以外もきっちりと体育会系の部活動所属の生徒だらけ。唯一現状部活に入っていないのが
スローペースのまま1周――どころかそのまま2周目も終えた。
完全に腹の探り合いの様相と思われたところで、最初に仕掛けたのは1年4組所属のバレーボール部の子。このペースならば行けると思ったのだろう。
しかしそんな簡単な仕掛けをみすみす逃すような陸上部ではない。しっかりと背後をマーク。当然のように他の生徒も後に付いた。
まなちゃんはといえば、しっかりと集団の真ん中当たりに付けている。丁度放送ブースの方に寄ってきたので表情を伺ってみるが、かなり余裕そうに見える。「私はそんなに走れる方じゃないから……」と言っていたのは何だったのかと言われそうな雰囲気だ。
日頃からランニングなどの体力強化には余念がないということは知っている。1日に複数公演があったり、そういうのがロングランになったりするような舞台への出演を経験している彼女は、そういうハードスケジュールにも耐えうる体力が無いと仕事の幅が増えないと言っていたこともあった。
あの余裕は、そういう努力の賜物だろう。
ああ、かわいそうに。きっとまみちゃんのやや後ろを走っている子はそんなことを知る由も無いのだろう。顔一面に『何で?』というような表情を貼り付けて走っているから、じわじわとまみちゃんとの距離が開いてきた。
――いや、離されたのはその彼女だけではない。
じわじわと全体的なペースが上がってきているらしく、完全に先頭集団と脱落集団のふたつに別れてきたようだ。
その様子に観客席のボルテージも徐々に沸き上がってくる。残り1周を告げる
中にはビクッとした生徒もいたらしいが、それを合図に先頭はさらに加速。集団はさらに縦伸びになっていくのだが。
「おお……」
思わず声が漏れる。
まみちゃんは、完全に首位集団に残った。
スパートを掛けたのは陸上部の片割れ。もちろんそれに食らいついたのは陸上部員。さらにバスケットボール部の子と、まみちゃんだった。
『体育会系の生徒に食らいついていくのはスゴイですよ!』
ネタ帳も何処へやら。来週から仲間になることもあってか、辰巳先輩は若干まみちゃんの応援実況解説になっている気がする。だけどその気持ちはよくわかる。俺も気が付いたら両手をがっちり握り込んでしまっていたくらいだ。力を入れるなというのが無茶な話だった。
ゴール前は大歓声。それに真っ先に出迎えられたのは、寸前のところで先にスパートを掛けられた方の生徒。本当にわずかの差で逃げ切りを図ったもうひとりの陸上部が2着。
そして、同じくわずかの差で3位に入ったのはまみちゃんだった。
惜しくも表彰台には入れなかったバスケ部の子は悔しそうではあったのだが、驚きの感情の方が上回ったらしい。走り終わって平然としているまみちゃんをぼんやりと見るや、がっしりとまみちゃんの両手を握って何か熱心に伝えていた。
まみちゃんは何か断りを入れるように手をぱたぱたと振り、ぺこりとお辞儀をした。彼女はここで初めて残念そうな顔をしたけれど、すぐに晴れやかな笑顔になった。
――何だろう。部活の勧誘でもされたのだろうか。
それもそうか。あれだけ走れたらもしかしたら即戦力になりえるもんな。
「いやぁ、スゴい闘いだったねえ」
「ですねえ」
いつの間にか隣に来ていた喜連川先輩。この人はしれっと俺の横に居るな。足音が聞こえない時すらあるような気がする。前世はネコ科の動物だったりするのだろうか。性格的にもその雰囲気はあるけれど。
「そんな難波くんに、……ほい」
「へ?」
グッと目の前に何かを突き出された。焦点が合わず、思わず後ずさり。
見えたのは、キンキンに冷えていると思われるペットボトルが1本。
「持って行ってあげたら? ……ここまで来てもらうことにはなってるけど、あれだけの熱戦だったし他の子たちも助かるんじゃない?」
さらに先輩が指差したところには台車に載ったクーラーボックスがあった。
放送ブースにはテントが設けられているので、当然ながら日陰が作られている。そのため校舎から運ばれてくる飲み物などの類いは一旦このテント内に確保されることになっていた。
飲み物は各自こちらに取りに来るということで生徒たちには通達されているが、今走りきった選手たちのほとんどはかなりの疲れ方をしているのが明らかだった。
「ですね、行ってきます」
「がんばれー」
何を頑張るかはわからないが、とりあえず背中を押されたのでそのまま突撃をしようと思った。
「選手のみなさん、おつかれさまですー」
ごろごろと台車を転がしながら選手たちのもとへ。クーラーボックスを見つけた子はみんなぱぁっと一気に表情が明るくなった。
ぽんぽんと手渡していき、最後のひとつを――。
「はい、まみちゃんも。おつかれさま。最後になっちゃってごめんね」
「う、ううん。全然」
ちょっと動揺しているのか、いつもよりも歯切れが悪い。やはり疲れているのだろう。
「スゴかったよ。毎日走ってるって言ってたもんね、成果が出た感じ?」
「そんな……。全然、もうちょっとがんばれたら、……その、ね」
何やら謙遜をしているような雰囲気。運動部員だらけのレースで表彰台に入ったのだから、俺はまみちゃんに自分の走りをしっかりと誇って欲しかった。
「ううん。スゴかったし、スゴくがんばったよ。おめでとうだよ」
「あ、……ありがとね、
半歩ほど俺から距離を取りながら、それでもしっかりと俺の目を見てお礼を言ってくれるのはまみちゃんらしさだろう。
〇
そんなこんなで競技は
生徒たちにとっては体育祭におけるもうひとつのメインディッシュのような企画であり、それ以外の学校関係者にとっては――うーん、どうなんだろう。体育教師は好きそうだけど。
競技内容は、教職員リレー。
教師陣はメインで担当している学年別でチームを構成し、そこにプラスして職員チームの合計4チームが出走するという方式。
走る距離はハンデとして年齢ごとに変動する仕掛け。かつては一律で100メートルだったらしいが、バテて翌日以降の業務に支障が出るという文句が相次いだことを受けて現在の形式になったとか。
しかし、『翌日
それはさておき、これがまた盛り上がる。
何が盛り上がるかと言えば、ヤジである。
先生たちは走るのに夢中になるのであまり聞こえていないというのを良いことに、とにかくヤジの大合唱。やれ「早く走れ」だの、「しっかりしろ」だの「何やってんだ」だの、ここぞとばかりに言いたい放題。
もちろん教員たちも実際には何を言われているかなんて完全に解っているのだが、これに文句を付けないのが慣例だそうだ。
――ありがたいことで。
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