§5-X. 3人だけの先行試写会
夏季体育祭を金曜日に控えた週の水曜日。
今日は珍しく放送局としての活動が無い。というのも、明日は前日準備作業がかなりあるので今日は休んで英気を養えというお達しがあったからだ。ありがたいと言えばありがたい。
そして体育祭の競技練習も今日から休みになっている。こちらも、あとは本番でがんばれということらしい。
要するに、今日の放課後はフリーというわけだった。
荷物の整理などを終えたところで
「……あれ?」
もしかして、もう帰っちゃったとかだろうか。それはちょっとマズい。予定が狂ってしまう。もちろん教室でもたもたしていた俺がすべて悪いのだけれど。
ひとまずカバン類を机に放置して廊下へ出る――と、すぐに見つかった。廊下の片隅、幸い他に人の姿はない。
「マナちゃん、まみちゃん」
ターゲットとは、もちろん
「ん! なぁに!?」
「うん? って愛瞳ちゃん、勢いがスゴイ……」
まみちゃんと同じ感想を抱く。マナちゃんの勢いがいつもの3倍はすごい。何かあったかな。
「なになに? あたしたちに愛の告白とか?」
「……公的にふたりに対して同時にそういうことするとか、かなりの問題だと思うけど。……そういうことじゃなくてね」
わりと暴走気味というかなんというか。あまりウマい返しが出来なかった気もするが、まぁいい。
「放課後、ふたりとも空いてるかな? ってこと訊きた」
「空いてるっ!!」
挙手して宣言。高らかに。
「……まみちゃんは?」
「私も空いてるよ」
「なら良かった」
「でも、なに? 何かスゴいこと起きちゃう系?」
かなりの興味津々っぷりなマナちゃん。放課後だと言ってもさすがにテンションが高い。とはいえ、まみちゃんもよくよく見ればいつも以上に瞳が輝いている感じはした。
「スゴイかどうかは……うーん。ふたりに判断してもらう感じだと思うなぁ」
「なんだろー……! とりあえず楽しみにしちゃお!」
「場所とかって? ここ……じゃないよね」
わくわくしまくりのマナちゃんを余所に、まみちゃんが話を進めてくれていた。
「今から視聴覚室に来て欲しいんだよね。俺は今から鍵借りてくるけど」
「じゃあ、私たちもいっしょに行くよ? ね、愛瞳ちゃん」
「うん、行く!」
ならば、ということで机に置きっぱなしの荷物を取って、俺たち3人は一旦職員室へ向かう。
俺がここに来るのは放送局の活動の都合で何度かあるが、ふたりは恐らく2回目くらいだろうか。
妙に辺りを見回しているのは、ココの広さに違和感を覚えているのかもしれない。クラス単位で来ると普通のサイズ感なのだが、少人数で来たときにはやたらと広く感じるものだ。
パソコンを繋いで、諸々調整して、準備完了
「……ということで」
「はい、先生!」
「勉強会の時の流れ?」
聞き覚えがあると思った。脳内検索をかけたが、わりとすぐにヒットしてくれた。
「今から何を見るんですか?」
「ふたりから頼まれていた、体育祭練習のときの映像です」
「……ああ!」
「あ、そっか」
今日までもいろいろと彼女たちふたりにとって楽しいことはたくさんあった。そういうことに圧された結果もしかしたらふたりとも忘れていたのかもしれない。とはいえ、無事に思い出してくれて何より。やった甲斐もあるという話だ。
「一応編集とかもやってみたんだけどね。物凄く素人な完成度だからそういうのには期待しないでもらえると嬉しいな」
「どんな雰囲気な感じ?」
「何となくイメージビデオというか、宣材みたいな感じにはしたつもり……かな」
「なるほどー」
具体例としてそういう映像を調べてはいた。最初は完全に模倣するのもどうかと思っていたが、そんな心配は杞憂だった。
何せ映像篇集の素人がいくらがんばったところで、プリの編集には敵いっこない。だったら手習いとして完全なる模倣品を作ろうとしてみることが先決だと思い直して、今回の映像を作った――という流れがあった。
もちろんこのふたりには内緒だ。
「じゃあ、まずは先に言ってきてくれたまみちゃんの方から――」
何はともあれ、作った映像をふたりに見て貰うことが先だろう。
視聴覚室の照明を少し落として、俺は審判の時を待つのみ。
☆
先に流れたのはマミちゃんのムービー。
それが終わってからあたしのムービー。
時間としてはだいたい1分くらいだと思う。長すぎず、かといって短いわけでもない。資料映像というか、そういったタイプの動画としては丁度良いくらいだと思う。
「……」
正直言って、ドキッとした。
自分の動画ではなく、マミちゃんの方の映像にドキッとしてしまった。
あたし自身気恥ずかしいところもあって、事あるごとにマミちゃんを巻き添えにしてきたような節はあった。それは薄々自覚している――というか、今この時完全に自覚させられることになった。
だって、あんなにもレンズの向こうにあるはずの目を見ているなんて思わなかった。
唆したりする必要なんて、本当は無かった。
マミちゃんはしっかりとリョウくんのことを好意的に思っている――いや、そんな温い表現じゃ絶対に足りない。
きっとマミちゃんは、リョウくんのことが大好きなんだ――。
☆
つまり、先に私の映像。次に愛瞳ちゃんの映像。そういう順番。
時間としてはだいたい1分くらいだと思う。長すぎず、かといって短いわけでもない。資料映像というか、そういったタイプの動画としては丁度良いくらいだと思う。
「……」
解ってはいた。理解はしていたつもりだったけれど、それでも正直言ってドキッとした。
自分の動画ではなく、愛瞳ちゃんの方の映像にドキッとしてしまった。
間違いなく愛瞳ちゃんは遼成くんのことが気になっている――いや、そんな甘い言葉で収まるレベルじゃない。間違いなく愛瞳ちゃんは遼成くんのことが好きなんだと思う。スキンシップは多めだけど、どこか冗談めかしているところはある。でもそれがきっと恥ずかしさを隠している証拠だってことも何となく感じていた。
その『何となく感じていたこと』に対して確証を得たというのが本心だった。
だって、あんなにもレンズの向こうにあるはずの目を見ているなんて思わなかったから。
〇
見ている最中に何かしたのツッコミ的な感想が、とくにマナちゃん辺りからは飛んでくると思っていたので、胃がキリキリと痛んで来ている気がした。
「……」
かといって、こちらから話を切り出す勇気もない。チキン野郎で済まない。
でも最初に作った画像を本職の人に見せるという、イレギュラー極まりない展開に嵌められたと考えた欲しい。恐らく、普通の精神状態ではいられないと思う。
視聴覚室は静寂に包まれたまま。ノートパソコンの冷却ファンだけが元気だった。
「「……」」
マナちゃんとまみちゃんのふたりが、静かに顔を見合わせる。何か意思疎通が出来ているのだろうか。
対照的なところはあるが、それでもやたらと似通っているところもあるふたりだ。テレパシーが使えたとしても然程疑問に思わないかもしれない。
「その……」
口火を切ってくれたのはまみちゃんの方だった。
「すごくイイ映像だったよ」
「……うん」
継いでくれたのはマナちゃん。思ってもいないほどにその口調は穏やかだった。
「ホント?」
「うん」
「ウソは吐かないよ。スゴく良かった」
「……ふぅ」
肺の奥底の方から息が漏れていく感覚。体内で澱んでいたモノをすべて出そうとするようなため息を、俺は自然と出していた。
「そういえばあたし、スタッフさんから聴いたことがあるんだけどさ」
疲労感すらダダ流しにしているような俺に対して、マナちゃんは――。
「うん」
「イイ映像を撮るカメラマンって、被写体になっている人のことを好きになってるらしいよ?」
こんなことを言い放った。
「……ん?」
「あ、それ私も聴いたことあるよ」
「うん?」
後を継ぐようにまみちゃんが言う。
「レンズって無機質だけれど、愛情深いカメラマンが触れた途端に色が付くんだって」
即座に理解できない俺は、当然ながら良い返しなんて出来やしなかった。
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