§5-11. 勘違いをしてはいけない


 それじゃあまた後でと言いながら、各々がそれぞれの教室へと散っていく朝。


 当日の朝になるまではさすがに放送室内に置いておかないとまずいでしょ的な機材の搬出とその固定を含めたセッティングをしていた俺たちだったが、その作業はそこそこの時間を要した。スマホで確認すればホームルームまでもう5分程度しかない。俺は勝手口に置いてある中靴に履き替えてすぐに階段をそれなりに急いで駆け上がった。


 ――え、外靴? そんなん、どうせまたすぐに履き替えることになるわけで、教室まで持っていくさ。


 そんなこんなでやってきた、夏季体育祭の日。


 夏季と言うには秋に近い時期だが、今日は秋らしさに4割くらい夏のエッセンスを織り交ぜたような陽気。動けばそれ相応に汗はかくだろうけれど、風が思ったよりも爽やか――というか、朝イチだと肌寒いくらい――だったので熱中症とかの危険性はさほど高くは無さそうな天気だった。


 きっとどこかに晴れ男もしくは晴れ女がいるのだろう。かつては3年連続で雨混じりになり、その後の3年連続でピーカン照りになったこともあったらしい。強力な運気の持ち主がいたのだろう。


 閑話休題。どうにかホームルームに間に合った。


 どこのクラスもとても賑やかだ。如何にも『士気を高めています』的なところもあれば、もう打ち上げの準備でもしているんですかと疑問に思うようなところもあって、クラスそれぞれの特色が出ていた。


 ならば我らが1年8組はどうなのだろうと思えば――。


「うをいっ! 遅えよ、りょうせい!」


「……元気だなぁ」


「ったりめえだろう! なぁ!」


 呼応するような男子たちの雄叫び。日頃の朝のホームルームのときには絶対に見られないようなテンションだ。こいつら、時々朝から爆睡しているからな。


 俺を真っ先に出迎えてくれたのは、当然ながら我が親友であるながほりまさとら。学級委員長である彼は応援団長というかそういう賑やかしにも長けている。こういうときの役割もしっかりと果たしてくれるからスゴイと思う。


 もちろん女子もしっかりと気持ちを作っている。教卓の付近に集まっているのが多いが、黒板アートを描いているらしい――っていうか、完成度が高い。ウチのクラスは美術部員が3人と、他クラスと比べて大所帯になっている。見事に長所を生かしていた。


「よーし、全員揃ったところで……!」


 その黒板アート組の近くで声を張り上げたのはたかどうまな――マナちゃんだった。ウチのクラス切っての元気印。途中編入であったことなんて、みんなどこかにその記憶を置き忘れているのではないかと思ってしまうくらいに溶け込んでいる。


「みんな、がんばっていこーぜ! ってことで円陣組もうぜ!」


「いぇー!」


 マナちゃんの煽動あおりで机の間にぞろぞろと出来ていく人の輪。もう少しこっちに来てねなどの指示はよつはし――まみちゃんがしっかりと行っていた。とくに何も伝え合ってはいないはずだがキレイに分担が出来ているのはさすがだった。


「……まさか」


「ぁん?」


 しっかりと俺の隣を確保してきた正虎に訊く。


「自意識過剰かもしれないが、俺を待ってたとか?」


「とんでもねえ、待ってたんだ」


「……え、マジで」


 冗談半分以上を込めて訊いたのだが、まさかそういう答えが返ってくるとは思わ無かった。


「そりゃあ、お前はしっかりとオレらのサポートをしてくれただろうが」


「あれは先生というか学校からのパシリじゃねえの?」


 飲み物とかの運搬はよくした記憶があるが。


「まぁまぁ、それはお前の人徳があってこそだ。あとは、……が『もうちょっと待って』って言ってくれてたしな」


 そこまで買い被られると返って恥ずかしいのだが。いろいろと言い返しても仕方が無いので、ここは甘んじて受け入れることにしておく。――慣れないせいで、どうにも居心地は悪いけど。


「ハイ、じゃあ委員長! 後は任せた!」


「え!? そこでぶん投げられるの!? ……でも、まぁ良いや! 任されよう!」


 引いたのは一瞬。正虎はすぐに流れに乗り直す。


「おお……っ、何かスゴいことになってるな」


「あ! 先生も入って!」


「よし来た」


 タイミング良くやってきたのは担任の先生。教室に出来た大きな輪を見て驚きはしたらしいが、それも一瞬。こちらもノリには案外定評がある。


「めんどいから、これホームルームでいいな」


「先生、めんどいとか言っちゃいます?」


「だってお前らだってずっと思ってるだろ」


「そりゃもう」


「だったら良いだろ。たぶんだが、長堀がこれでバシッと決めてくれるんだろ?」


「ハハハ! 先生からのご指名まで賜ったのなら、漢・長堀正虎、行くしか無いな!」


 謎のテンションに染まりきった正虎。


「すぅ…………、……ふぅ」


 深呼吸だけが聞こえる教室。


「っしゃあ、者共!!」


 思った以上に武将感のある斬り込み方だった。


「俺たちは、今日のこの時を待ち焦がれていた! 全員で死力を尽くし、目標とする学年1位を獲る! そして、後日の打ち上げでウマい焼き肉を食うぞ!!」


 ――校舎全体に聞こえるような勢いのほうこうとどろいた。





     〇




 朝のホームルームは結局本当にあの円陣一発で終わってしまった。とはいえ俺たちがやることと言えば、適宜必要な荷物を持ってグラウンドの所定の位置に集合するだけなので、そもそもわざわざ伝えるようなものもないという話だった。


 クーラーボックスなどを運び終えた俺はクラス本隊と別れて放送局のブースへと移動しようとしたところで、ぱたぱたと後に付いてきた影はふたつ。


 言わずもがな――という感じもあるが。付いてきたのはマナちゃんとまみちゃんだった。


「ん? ふたりともどした?」


「まぁまぁ、いーからいーから」


 やたらとニコニコ笑顔でマナちゃんが言う。何なら俺が一度止めた足を強引に進めるようにして背中を押してくる。わりと圧が強い。


 何だろう。また教室に戻って持ってくるモノでもあるのだろうか。しかし、大部分は男子連中が抱えて持ってきたはずだし、大半の生徒はもう休憩中だ。


 そんな俺の疑問なんていざ知らず、ふたりはしっかりと俺の後ろを付いてきた。下足のままでもトイレに行けるようにと養生してある玄関はとうに過ぎているので、化粧直しということでも無いらしい。


 態のイイ断り文句もなく。そもそも断る理由もなく。そして問いただす理由もなく。明らかに教室に向かうルートから外れているのに、しっかりと俺の後ろを付いてきた。


 このままだと放送局のブースに行くことになるのだが、良いのだろうか。


「あ、なんくんも来たね」


「おつかれさまです」


 マイクの配置をしていたつれがわ先輩が丁度顔を上げて俺に気付く。


「どもです、先輩方!」


「おはようございます」


 ふたりは、俺の背後から飛び出すようにして先輩に挨拶をした。先輩からは完全に陰になっていて見えなかったらしく、予想外の声に身体全体でビクッとしていた。


「びぃっくりしたぁ! え、なになに! まさかお手伝いに来てくれたとか!」


「まさかじゃないですよー、当然じゃないですか!」


「お手伝いというか、私にもやらせてください。何か持ってきたりとかしますよ」


「え、ほんと!」


 マナちゃんとまみちゃんのふたりがこの体育祭が終わった翌週から正式に放送局員になるということは、局員全員に通達済みではある。ふたりのやる気は薄々感じていたことだったけれど、ここまで前のめりだとは思わなかった。


 喜連川先輩は何やらふたりにお遣いを頼んだらしく、気持ちの良い返事を残して――マナちゃんに至っては元気有り余るくらいの敬礼もセットで――校舎の方へと駆け出していった。


「やあやあ色男くん」


「……またですか」


 さっきはいつも通りに難波くん呼びだったのに。


「まぁまぁ、そう言いなさんな若人わこうどよ」


「ひとつしか違わないじゃないですか」


 とりあえず突っ込んでおく。


「でもさぁ。てっきり私は難波くんの手伝いをしに来てくれたんだと思ってたんだけど、あのおふたりさん」


「いやぁ……。俺としては全然そんな感じじゃなくて。ここに来るときも『まぁ良いから』の一点張りでただ付いてきた感じでしたよ」


「ふーん」


 もう少し興味持って、先輩。


「まぁ、そういうことにしておいてやるよ」


「何すか、その言い方」


「ははは」


 快活に笑って作業に戻ろうとする先輩。


 ――その背中に届くか届かないくらいの声で、言う。言ってしまう。


「だって、そういう風に思っておかないとダメじゃないデスか」


「…………え?」


 無碍にしてはいけない。それは当然。あのふたりをこの学園へと送り出したからも仰せつかったのだから、しっかりしないといけない責務がある。


 とはいえ、勘違いをしてはいけないのも事実なのだ。




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