§5-6. 予想通りの「黒幕」


 沈黙。


 視線は、なかなか合わない。


 俺が逸らせばまみちゃんが合わせているようだが、俺が彼女を見れば彼女が逸らす。これのエンドレスリピートだった。


「その……、りょうせいくん」


「うん」


「……できたら、ひと思いにやってくれると、ありがたいというか」


 さながら武士の物言いだった。斬るときはひとに、って話か。たしかにそうしてもらえた方がラクなのは言えている。


 ただそれに関しては、俺にも同じことが言えるわけで。


「あの……、まみちゃん」


「……なに?」


「……できたら、もう少しお箸をこちらに寄せてくれると嬉しいんだけど」


「あっ」


 それだと俺がまみちゃんの顔の近くまで寄っていかないといけなくなってしまう。それこそ、五感の全てで彼女のことを感じてしまうかもしれないくらいに。


「ご、ごめんね」


 如何にも慣れていなさそうな動きで、少しずつ少しずつ俺の口元に近付いてくる。同じくらいの速度で俺も顔を寄せていって、口を開ける。


 若干、とりからが唇の端に当たりつつも、どうにか口の中に収まった。


 ――何でこんな細かな実況ができるのか、って? そりゃあ、ものすごくスローモーションに見えたからだよ。


 さっきのマナちゃんのも気恥ずかしさはもちろんあったし、不意に身体を寄せられたことでそれ以上にド緊張させられた。今回のまみちゃんのは俺の羞恥心がどこまでもくすぐられ続ける感じで、とにかく恥ずかしかった。ある意味で目が離せなくなって、違った意味で『ふたりの世界』みたいな――。


「これ、思った以上に恥ずかしいんだけど……」


 まみちゃんが口を開く。その声は風に吹かれればあっさりとかき消されそうなくらいだった。


 ――ですよね。そうですよね。


 やられる方でさえ気恥ずかしいどころの騒ぎじゃないんだから、それを自らやるとなれば相応に恥ずかしいんだろうなと思っていた。ある程度慣れていたりすればそんなことはないんだろうけど。


 ――ん?


 あれ? じゃあ、なんでマナちゃんはあんなに余裕そうに見えたんだろうか。


 誰相手に慣れていたんだろうか。


 チラッと先陣を切った彼女を見遣る。まみちゃんも同時に視線を動かす。


「え? あたし?」


 何てこと無い感を隠そうともしない。むしろ本当に『何でもないこと』のようだったので何故か訊いてみようとしたのだが、察しの良いマナちゃんは苦笑いを浮かべながら言った。


「まー、……ほら。ウチのグループって、案外よくそういうことしてたし、……別にぃって感じで」


「えー、耐性あるのズルいー……」


「そんなこと言われても」


 珍しく駄々っ子モード的なまみちゃんを見て、さすがにマナちゃんもちょっとだけ困惑しているらしい。年相応感もあって、俺としてはちょっと新鮮だった。


「じゃあ、今度はあたしの番かなー」


「えっ」


 まだあるの!?


「えー、その反応は心外~。イヤなの?」


「い、イヤってわけじゃないけど」


「でしょ~? だったらイイじゃん」


 この感じだと、まみちゃんは誰かに焚き付けられての『あーん☆』だったと考えるのが無難であるような気がしてきた。いや、たぶんそうだろう。彼女も完全に大人しいというタイプではなく、むしろわりと背中を押されればブレーキをそこまで使わないタイプではあった。マナちゃんとのセットならばお姉さんっぽさを醸し出しがちだが、時々この関係性が逆転するときもある。改めてこのふたりと過ごしている内に分かってきたことだった。


 とはいえ――である。まさかこういうノリにも乗っかってくるとは、さすがに思っていなかった。だからこそ俺までも余計に緊張して恥ずかしくなっていたわけだった。


「じゃあ、とりあえず。はい、あーん☆」


 こうなりゃやぶれかぶれだ、コンニャロウ。


 あんなに楽しそうにしている笑顔を曇らせる理由は、全くないだろう。


 ここはプライベートな空間であって、俺たちしか知らない時間だ。


 ならば、俺が少しばかり羞恥心を捨て去ってしまえばいいだけだ。


「あ、あー……むぐ」


 ――いや、それはちょっとサイズ的に。




     〇




 さすがにきょうされた肉が大きくて喉に詰まりそうになった――という半分は真実で構成されたウソを口実にして、俺は再び席を立った。


 まずは一旦落ち着くべきだと思って廊下に行けば、待ち構えていたようなふたりの陰。まるで俺がここに来ることをしっかりと予想していたようなスタンバイの仕方に思わず足が止まった。


「……う」


 ふたり――それは当然、マナちゃんママである愛花さんと、まみちゃんままである小夜子さんのふたりだ。


 面白いくらいにふたりが何を考えていて、俺に何を言おうとしているかがわかってしまう。それぞれのお家にお邪魔したときと今回を足したこの数時間で、随分と俺も毒されてきたらしい。


「ねえねえ、リョウくん」


「……はい」


 切り出したのはまなさんだった。


「率直に言って、……どうだった?」


「どう? どう?」


 わくわく感をまったく隠さない。こういうところは、このふたり、よく似ている。姉妹なんじゃないかと思ってしまうくらいには似ている。


「……にゃにがでしょうか」


 ――噛んだ。


「うわ、リョウくん、その噛み方はあざといわぁ」


「カワイイけど、もしや狙った?」


「狙ってないです」


 断じてそんなつもりはないです。むしろ自ら穴を掘って埋まっていきたいくらいです。出来たらカッコイイって言われたいタイプですし。――今はそんなことどうでもいいけれど。


「その……アレですか」


 言いながら『あーん』のジェスチャーをする。アレを言語化する勇気は無かった。


「なぁんだ。きっちり分かってるんじゃーん」


 ぺしぺしと愛花さんの平手を肩に浴びる。さんも満足そうに腕を組んでいる。


 ――やはり貴女たちの計略か! そうだろうとは思っていたけれどもさ!


 一応の可能性としては、マナちゃんが完全に悪乗りをして、その勢いのまままみちゃんを唆した――というパターンも考えていた。まみちゃん側からの提案は、彼女の態度から見てもあり得ないはずなので、娘サイドからの場合ならその一択だった。


 とはいえ、そちらはあくまでも対抗候補。本命の首謀者は今目の前にいる母サイドだった。


「それで? どーよ、ホントのところは?」


「私たちに言ってごらんよぉ。あの娘たちには黙っておいてあげるからサ」


 ホントだろうか。いささか怪しい。というか、娘を唆しておいて、その台詞はうさん臭さが満載だと思うんだけど、俺の認識は何か間違っているだろうか。


「そりゃ、まぁ……、その~…………」


 本音を言っていいモノか、とも思う。


 だけど、疑いすぎても意味は無さそうだ。


「嬉しくなかったの?」


「それは! 嬉しい……、ですけども」


 ぼそぼそと語尾を濁すが、そんな濁りを愛花さんの手の平が払い除ける。


 ぱしんっ! と軽く俺の背中を撫でる。


「よく言った!」


「ぐっじょぶ!」


 そして、小夜子さんからサムズアップを受ける。


 さらにふたりからグータッチを求められ、されるがままに俺はそれに応えた。


 ――何だコレ。


「んじゃあ、遼成くんには締めのデザートを持っていく手伝いをしていただきましょうか」


「あ、それなら全然。やりますよ」


「エラいなぁ、リョウくん。……こんな息子も欲しかったなぁ」


「奇遇ね、ウチもだわ」


 そんな至上の褒め言葉を仰せつかりつつ、俺はふたりを追ってキッチンへと向かった。




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