§5-3. お久しぶりの場所へ


「そういえば、今これってどこに向かってるんですか?」


 行き先を知っているはずの俺以外の誰かがどこかしらのタイミングで教えてくれるものだと思っていたのだが、まったくその気配がなかった。道中の雑談は時々(……それって、部外者の俺が聞いていていいのか?)と不安になるようなモノも混ざっていて、けっこうエキサイティングだったりしていたのだが、さすがに盛り上がりすぎなせいで忘れているんじゃないかと思った次第だった。


「あれ? まなちゃんとか教えてなかったの?」


「え? 教えちゃってもよかったんですか? あたし、てっきりサプライズ的なヤツだと思って黙ってましたけど」


 ハンドルを握るさんがマナちゃんに聞いたがこの反応。企画者間での意思疎通、細かい所で出来ていなかっただけ説が浮上。


 とはいえ、みんなの雰囲気から面白そうなところに連れて行かれるような予想はできていたので、それはそれで別に構わなかった。恐らくだがこの時間からならそこまで遠くまでは行かないだろうし、そうすると向かう先はランチを採れる場所だ。むしろヒミツの方が良さそうまであった。


「あー、だったらサプライズで良いです。そっちの方がちょっと面白そうですし」


「そ~お? それならそのまま目的地直行だね」


 小夜子さんは満足そうにアクセルを少し入れ直した。




 そこから車に揺られること数分。意外にもしゃべっている間にゴール間際まで近付いていたらしい。そんなこんなで偶然にもサプライズ形式となったドライブの目的地は、見覚えのある『住宅』だった。


「あー、何だか久々に……」


「あれ? ……ああ、そっか。こっち来てすぐ3人で行ったって言ってたっけ」


 俺の独り言に反応したまなさんは、すぐに話を理解してくれた。


「ふたりはあれから何回か来たの?」


「あたしもあれ以来は来てないよ」


「私も。なかなか時間合わなくって。行くときはいっしょに行こうね、って言ってたけどなかなかね」


 そう言ってマナちゃんとまみちゃんも笑った。


 彼女たちふたりが星宮に戻ってきた際、半ばデートのような雰囲気で誘われるままにやってきた完全予約制の隠れ家系レストラン――のようなバーのような、よくわからない雰囲気と業種の飲食店。パッと見た限りでは高級住宅にしか見えないココが、今日の目的地だったらしい。


「それじゃあ行きましょう」


「……あ、遼成くん安心してね。今日はオトナの奢りだからね」


「ねっ」


「……ありがとございます」


 両サイドからこれでもかと言わんばかりのウインクを喰らって、何と反応したらいいかわからないガキンチョな俺だった。




     〇




「なるほどなー……」


「お? どしたどした、リョウくん。そんなに思案顔で」


 丁寧な礼を背に受けながら店を出た俺の顔を、愛花さんがやたらと楽しそうな顔をしながら覗き込んできた。元気な人だなぁと思うとともに、決してそれを押し売りしてくる感じではなく、こちらもしっかりと楽しくなる人なのだ。


「ああ、その……。ホントにメニュー表までオーダーメイドなんだなぁ、って思って」


「前の時とはどう違った?」


「そーですねえ……」


 脳細胞フル回転。以前のメニュー表をがんばって思い出してみる。


「……あ、まずは、前回のは手書き風なデザインでした」


「いや、最初のポイントそこかーい!」


 盛大にツッコまれた。閑静な住宅街に歓声が響くみたいな感じになった。わりと期待していたし狙って言ったところはあるけれど、そこまでこてこて漫才風のノリで来られるとは思っていなかったのでちょっとビビる。


 あまりにもビビったのでその後はとくにボケるような気力もなく、何とか思い出せたことを述べていった。


 実は前回来たときとベースの部分は同じだった。学生でもしっかりと手が届く範囲の金額に収まっているワンディッシュのメニューなんて、まさにその最たる例。前回の味をまた堪能したかったので少々無理を言ったとは思うが、そこまで時間もかからずにしっかりオーダー通り、口ほどのサイズ感でと言って頼んだパスタもいただいている。驚きの至れり尽くせりっぷりだった。


「ごちそうさまでした」


 改めて深く礼。


「もー、それはこちらこそだってば。何回も言ってるけどさー」


「いやいや、だってそんな。こんなに良くしてもらえるなんて」


「それはリョウくんだからさ」


「そ、そうですか……?」


 その意図に深いモノがあるのかと考えたくもなったが、今は置いておきたい。


「リョウくん、リョウくん」


「ん?」


 どうしたものかと思っていたら、マナちゃんがいつの間にやら真後ろから接近していたらしい。がっしりと肩を掴まれつつ体重もかけられる。いたずらっぽいことを。


「次の試験のときもよろしくしてもらえるとすごく嬉しいんだけどなー……?」


「あ、そうね。そのままがんばってもらえるとお母さん的にも嬉しいし、愛瞳もありがたいでしょ」


「そりゃーもちろん! 理系科目とかの苦手もわりと克服しちゃったしー? いろいろお話もできたしー?」


 すっかりノリノリなたかどうおや。俺としても実は英語の文法理解に長けていることが判明したマナちゃんの指導は助かったところがある。自分自身いい加減にしていた部分があって、マナちゃんのおかげで無事反省して復習できたのはありがたかった。


「マミちゃんもそうだよねー?」


「あ、うん。私も、遼成くんに引き続き面倒見てもらえたら嬉しいな、って」


「それは私からもぜひお願いしたいなー」


 話に加わってくるよつはし母娘。まみちゃんは暗記系科目の高効率な覚え方のコツを教えるのが上手だった。台本暗記のコツの応用とも言っていたが、それはそれで放送局で使えそうなのでぜひとも聞いてみたし伝授してもらいたいところだった。


「ふたりの迷惑じゃなければ、全然やりますよ」


「だからもー、迷惑なわけないでしょー?」


 勢いよくばしばしと愛花さんに肩を叩かれる。


「遼成くんってば、ちょっと自己評価低いっていうか、自分に厳しいよねー。孤高のアスリートタイプっていうか……」


 小夜子さんは笑いながら何の気無しに言う。


「いやぁ……あはは」


 俺は、空笑いを返すので精一杯だった。


 正直、痛いところを突かれた感があった。


 自覚が、無いわけではないのだけど。どうにも小学校高学年くらいから中学生までの習いが性になってしまったようで抜けきれない。先生や部活の顧問からもよく言われていて、だからこそ別にそれくらいイイだろうと開き直ってしまおうかとも思っていたけれど、このふたりから言われると少しくらいは治さないといけない気になってしまう。


 どうなんだろう。やはり、それは邪魔になるのだろうか。


「あ、そうそう。もちろん、ご飯ごちそうさせてね? テスト勉強終わりもそうだし、今日みたいなときもそうだし」


「あ、そうだ! 言われて思い出した!」


 小夜子さんの魅力的な提案に真っ先に勢いよく食いついたのは、まさかの愛花さんだった。


「マミちゃんところで夕ご飯ごちそうになった、って愛瞳に聞いてさー」


「あ、もしかしてご迷惑とかじゃなかった?」


「全然、全然っ! お礼しなくちゃって思ってたし、むしろ『やられたー!』って思ったくらいで」


 やられた、って何をだ。


「ごめんねーリョウくん。オバサン、気が利かなくって」


「いや、そんな。全然、全っ然そんなことないです」


 気が利かないことなんて無いし、オバサンってこともない。俺が知り得る愛花さんくらいの年齢の身近な人では、小夜子さんと並んで『おばさん』なんていう表現が似合わない人だと思う。


「だから、今度はウチでもご飯食べてってね?」


「は、はい。ありがとうございます」


「やったーっ」


「んなぁ!?」


 承諾をした瞬間に真後ろからハグを受ける。


 がっちりとホールドされてしまって、いろいろとヤバイ。


 不意打ちは余計に怖いです、マナちゃん。



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