§5-2. 思いがけないご褒美


「……ん?」


「ちょっとー。リョウくんってば、反応鈍くない?」


 そうじゃないです。計算処理が全然追いつかないだけです。


 今日は土曜日。今の時刻はだいたい正午を少し過ぎたくらい。


 そして、俺がいるのはけいめい学園さくらおか高校の生徒玄関。


 資料のまとめをする目的で10分程度図書室にこもったこともあり、同じ放送局のメンツはみんな既に帰っているはず。そんなタイミングだ。


「……マナちゃん?」


「マナちゃんですよー?」


 玄関。ちょうど俺の靴箱がある場所に立っているのはたかどうまな。たった今まで俺とメッセージの交換をしていたはずの張本人である、白いタックスリーブTシャツにデニムを合わせた要するに私服姿のマナちゃんだった。


「え、……ん? 何で?」


「言ったっしょー。お迎えに上がりましたー、って」


「……ん?」


「ちなみにマミちゃんも来てるからねー」


 ダメだ、マナちゃんが言っている意味をこれっぽっちも理解できない。放送局の活動とその後のまとめ作業で脳みそを使いすぎたのかもしれない。


 落ち着く目的で、今一度自分のスマホにあるメッセージの履歴を確認する。


 マナちゃんの『今どこ?』に対して、俺は『今丁度放送局の活動が終わったとこ』と返している。これはとくに問題は無い。


 そこに対する返信として『ちょうどよかった』とある。さらに続けざまに『リョウくんにお礼がしたい』、『テスト勉強でお世話になったから、ご招待させてね』という意味合いの言葉が並ぶ。


 ――で。


 今、俺の目の前にはマナちゃん。


 脳みそぐるぐる。


「……え。もしかして、『ご招待』って言うのは今日なの?」


「今日ってか、今から」


「今からだったんだ!」


 なかなか急だな! 近いうちに的な話だと思い込んでいただけに驚く。


 善は急げとは言うけれど。あと、その諺を地で行くような娘だけども。


 ――ああ、だとしたらわりと納得感があるな。


 しかし、今この周りに誰もいなくて助かった。何せ校内知名度はすでに充分とも言える高御堂愛瞳とよつはしだ。そんなふたりが一般男子高校生を『ご招待』なんてことが知られたら危ないはずだ。


「ほらほら、リョウくん。急いで急いで!」


「あ、ちょっと待って! 引っ張んないで!」


 転ぶ転ぶ!


 いつにも増してハイテンションなマナちゃんだった。


「こっちだよー」


 制服の袖を軽く引っ張られながらマナちゃんに誘導される。校門から出て少し歩いた先は裏路地の方。あまり人の目には付かないような雰囲気ではあるが、視野は広く保てる場所。

 こっちの方には俺も来たことがあまりないことを考えると、ある意味待ち合わせ場所としては適しているのかもしれなかった。


 そこに居たのは見覚えのある、丸っこいかわいらしい車。


 車内に目を凝らしてみれば、前側の座席にこれまた見覚えのある美人がふたり。ふたりとも俺たちに気付いたようだが、助手席に座っている方はこちらに向かってそれはそれは元気に手を振っている。

 車がそれに合わせてスウィングしているように見えるのは、――いや、きっと気のせいだろう。そう思いたい。


 そして、後ろの方にも美少女がひとり確認できた。


「はい、乗ってねー」


 そう言ってマナちゃんが後部座席のドアを開けた。


「おつかれさま、りょうせいくん」


 微笑みと共に迎えてくれたのは四橋舞美花――まみちゃん。こちらは白Tにプリーツスカートパンツを合わせたスタイルで、マナちゃんとは対照的にも姉妹ルックにも見える感じだった。


 そして――。


「ちょっとぶりだねー、リョウくん!」


「遼成くん、部活お疲れさまー」


 助手席に座るのはマナちゃんのお母さんである高御堂まなさん。そして本日の運転手であるまみちゃんのお母さん兼マネージャーである四橋さんだった。


「ど、どもです」


「ちょっとちょっとー。もう緊張しないでよぉ」


「大丈夫だってば。安心して」


 ママさんふたりからはそう言われるけど、やっぱりもう少し心の準備が欲しいと思うのは仕方ないと思う。


「ほらほら、早くー。あたしが乗れないでしょー?」


 そして何より、容赦なく俺を後ろからぐいぐい押してくるマナちゃんの圧がすごい。どうしたらいいのかと思っていれば、少し中央寄りに座っていたまみちゃんが運転席の後ろに移動した。


 この車は、どう見ても5人乗りである。


 俺がするべきことは簡単なことだった。


「……隣、行くね」


「どぞどぞ」


 一応、宣言はしておく。


 後部座席の中央まで進んで、着席。


 右隣にはまみちゃん。ほぼ密着。


 その瞬間、待ちかねたようなマナちゃんが左隣に着席。ほぼ密着。


 ドアが閉まる。


「おっけー!」


「はーい、りょーかーい」


 元気な合図に、まったりとした返事。


 ゆるりと動き出した車。


 ――……。


 えーっと。


 その、何と言いますか。


 ――何というご褒美ですか。




     〇




「ねーねー、リョウくん」


「ん?」


 車中。もちろん無言が続くはずもない。


 さすがに高校生3人が並べば3人掛けの後部座席も広くは感じない――と言いたいところなのだが、たぶんだけど、本来はもう少し広いと思う。


 その要因はふたつ。いや、ひとつとも言えるのだろうか。


「放送局、今日は何したの?」


「いつもの本読み」


「それ、この前私たちが読んだヤツ?」


「そうそう、それ」


 9月の体育祭が過ぎれば、このふたりも正式に桜ヶ丘高校放送局の一員だ。早くその時を迎えたいと思ってくれているのか、最近のこのふたりからはよく活動内容を訊かれる。昼休みの話題はだいたいコレだった。

 その分険のある視線を周囲から飛ばされることもあるのだが、それは甘んじて受け入れている。最近は大体ネタみたいになっている感じもあるから、その辺りも理解はしていた。


 基本的には学業優先で休業中とはいえ、週末には何かの撮影とか音声収録があるとかでごく稀に早退をすることもあり忙しそうだ。それでも部活な青春を送りたいというのだから恐れ入る。


「あの時の原稿っていうか台本もらったままだけど、10月入ってからも使うの?」


「使う使う。だから持っててもらって全然オッケー」


 返却してくれとか処分してくれとか、そういう類いの話は出ていない。今使っているモノでの練習が一段落付くのが丁度体育祭が終わるくらいの時期で、それ以降でまた使おうという話になっている。


「むしろ持っててくれて助かったかもしれない」


「良かったー。時々あたしたちふたりで練習してるんだよね、実は」


「え、そうだったの?」


 そこまで熱心だったとは思わなかった。


 もし時間があるなら仮入部状態なんだから顔出してよ――と言いたい気持ちもあったが、愛娘の時間管理などを行っていそうなオトナふたりが目の前に居るので押し留まる。


 余計な事は言えない。


「だったら、活動時間内で言われたこととかを伝えるくらいならできると思うけど……」


「ホント!?」――とまみちゃん。


「マジ!?」――とマナちゃん。


「……――っ!?」


 右サイドからは手をがっちりと握られる。


 左サイドからは腕をがっちりとホールドされる。


 ――何てことはない、これこそ俺が後部座席を広く感じない理由だった。


 マナちゃんもまみちゃんも距離が近い。俺が大股を開いて座っているわけではない――というか、そもそもそんな真似はできない――けれど腿同士なんてほぼくっついているし、今のホールドのでマナちゃんサイドはもう完全に密着状態になった。


「期待してるね、リョウくん!」


「よろしくお願いします、先生」


 マナちゃんの笑顔に続いて、まみちゃんもおどけた感じで言う。先生呼びはちょっと恥ずかしいんですけど。その台詞選びはわざとですか。


 でも、どうしよう。


 やっぱりプライベートチャンネルを使うべきなのだろうか。


 だけどその話を今この場でしてもいいのだろうか。その辺りもすでに把握されているのだろうか。


 どうしようかと迷っているところで、バックミラー越しに視線が合った。


「ふふふ……」


「若いって良いわねえ」


 いや、その反応は何か違うと思うんですけど!


 怒られるよりは余程良いのかもしれないけれど、でも何か違うと思うんですけど!


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