§4-XI. 夕食をともに


「……そろそろ疲れてこない?」


「そだねー……、あ」


「ん?」


 マナちゃんの一言に反応したまみちゃんが、壁の方を見ていった。視線の先には時計があったのだが。


「うわ。もうこんな時間なんだ」


「早いなぁ」


「集中してたもんねー」


「……意外にね」


「あっ。リョウくんひっどーい」


「そうだね、たしかに意外かも」


「ああっ! マミちゃんまでっ!」


 気付けば部屋の外にだいぶ夜が近付いてきていた。時計の針は18時を回りそうなくらい。思った以上の集中。時折互いに質問を飛ばしたりはしたが、そのままだらけることがなかったのは褒められてもいい気がした。


 やはりふたりとも、このテストの結果が芳しくなかった場合は放送局入りが叶わなくなってしまうわけで、それがイヤだと思ってくれているのだろうか。あの時の教室で俺が同級生たち――というか、主に男子たちから冷たい視線を浴びることになったときの反応は、やっぱり心の底から思ってくれていたということなのだろうか。


 だとしたら、こんなに嬉しいことはない。


 意外と言っては失礼かもしれないけれど、俺を勘違いさせてくれちゃいそうな一悶着が終わってからは俺たち全員はきちんとした試験勉強に打ち込んだ。俺史上で言っても今まででイチバン真面目な試験勉強時間だったかもしれない。


 ――そもそもお前、いつも言うほど集中してないだろ、というツッコミは甘んじて受け入れたいと思う。


 受験勉強のときだって一応は学習塾にも通ったが、私立専願にしていたため受験自体の難易度を下げられたことに加えて、身体にそこまでの負荷をかけられなかったこともあり1日に何時間も椅子に座りっぱなしで勉強をするなんてことはほとんど無かった。止められていたといった方が良いかもしれない。動きすぎるのも良くないが、動かなさすぎるのもかえって良くないのだ。


 だったら学校の授業はどうなんだ、と言われそうだが、そちらはバレない程度に中腰になったりして身体を動かすことで対応している。そもそもある程度俺のことは先生たちも知っているはずなので、大目に見てもらえているというのはあるだろうけど。


「じゃあ……」


「3人ともおつかれさまー」


 そろそろお暇しようかなと言おうとしたタイミングを見計らったように、部屋のドアが開いた。開けたのは、もちろんまみちゃんのお母さん――さん。この家にはこの4人しかいないので、状況的に開けられるのは当然小夜子さんだけではある。


「お夕飯の準備できちゃったけど、ふたりとも食べていくでしょ?」


「え」


「わぁ! 良いんですか!?」


 全く想像していなかった話だった。差し込まれるようなカタチになった俺は返答に詰まるが、マナちゃんは全くそんなことないらしく満面の笑みで提案を受け入れる気満々だった。


まなちゃんはオッケーね?」


「はいっ」


りょうせいくんは?」


「えーっと、……その、良いんですか?」


「もちろん。……というか、全員分作っちゃってるから、食べていってもらえると嬉しいなぁ」


 きゅるんとした笑みで俺に言う。食べ物を残すのは良くないし、そこまで言ってもらえているのに断る理由もない。


「じゃあ、お言葉に甘えて……」


「うん、甘えて甘えて。存分に甘えちゃってー」


 とても楽しそうである。


 で勉強をすると言ってある母さんには、念のため連絡はしておこう。


 出来たらまた呼びに来ると言って、小夜子さんは再び準備に向かっていった。俺たちも今日の勉強は完全終了ということで道具やら何やらを片付け、まみちゃんの部屋でのんびりとすることにした。


「マミちゃんママのご飯も美味しいから、リョウくん期待しちゃって大丈夫だからねー」


「あ、そうなんだ。っていうか、食べたことあるんだね、マナちゃん」


「うん。何回かね」


 互いのお母さんとの仲良し加減を見ているので納得だった。


「そういう愛瞳ちゃんのお母さんも料理上手だから」


「そうなんだ」


「そうなのです! ……ホントはこの前来てもらったときに食べてもらえたらよかったんだけどねー」


 自慢気に語るマナちゃん。食べることはもちろん人並みに好きなので気になるところだった。


「何か、小学生の頃を思い出すなぁ……」


 不意にそんなことを思った独り言。中学に上がってからは部活に病院に受験にとそんな時間はほとんど無くなってしまっただけに、思い出すのはやはりその時期のことだった。


「遼成くんは誰のお家によく行ってたの?」


「長堀くんとか?」


「あ、大正解」


「やっぱりー。小学校の頃から仲良しって言ってたもんね」


 他のヤツも互いに行き来をしていたが、回数が目立って多かったのはやっぱり正虎だ。


「アイツがウチで食っていくことの方が多かったかなぁ……。俺もわりとお邪魔してた方だけど……アイツは、まぁ。昔からああいう感じだから」


「……なるほどね」


「なぁんか納得しちゃった」


 いろいろと察しの良いふたりで助かる。そう、正虎は昔から『あんな感じ』のヤツだ。


「ウチの母さんもよく食べていけ食べていけって言ってさ。『正虎くんは美味しそうに食べてくれるからこっちも張り切っちゃうんだよね』とか言ってたの、今思い出したよ」


「あはは! その頃からなんだ!」


「『三つ子の魂百まで』……」


 まみちゃんの感想は、完全無欠に正解だと思う。




    〇




 マナちゃんのお墨付きは間違いなかった。


「……おいしそう」


「ね!」


 思わず溢れ落ちていった感想を聞き逃さなかったマナちゃんは、まみちゃんや小夜子さんに代ってドヤ顔を決める。それを見る小夜子さんは嬉しそうに、まみちゃんはちょっとげんなりした顔で笑った。――まみちゃんの気持ちはわからないではない。


「やっぱり男の子もいるからお肉料理がイイかな、と思いつつもヘルシーにまとめてみました」


「ありがたいです」


「あら、ホント? よかったぁ」


 食事制限らしい制限はない。だからそこまで気にしながら食べているわけではない。ただ、動物性脂肪分は大事ではあるが、極力取り過ぎないようには心がけさせられていた。


 メインディッシュは鶏。でも胸肉とかが基本線。そこら辺は小夜子さんの配慮、やはりタレントの健康管理もするということなのだろう。


「席順は、……まぁ適当にネ」


 言われつつ、さっきの勉強中と同じ並びになった。


 いただきますの唱和を終えて、さっそくいただくことにする。


「んー! やっぱり美味し~!!」


「愛瞳ちゃん、はっや」


 何から手を付けようか迷っていた俺を尻目に、さっそくメインから着手したマナちゃん。食物繊維から採るとか、そういうことはしない人であることは、ランチタイムのお弁当の食べ方から大体知っていたけれど。


「ママさんのご飯食べたかったんだもーん」


「あら? せっかく向こうよりも家近いんだから、時間あったらまた来てよね」


「わーい!」


 まったくもって、元気である。


 俺もいい加減いただこう。とりあえずサラダを口に運んでから、メインを――。


「……おいし」


 小声。


 止まらん。


 ノンストップ。


 美味しすぎて鼻息が荒くなっている気がする。


「遼成くん、美味しそうに食べるねえ」


「むぐふっ」


 小夜子さんにいきなりそんなことを言われて、咽せる。鼻にご飯粒が潜り込みそうになるのをどうにか押しとどめる。


「男の子に食べてもらうのって実は初めてだったけど、ここまで一生懸命食べてくれるものなのねー。嬉しくなっちゃうなぁ」


 とても満足そうに言ってくれるので、ありがたいやら恥ずかしいやら。


「何か兄弟みたいだよね」


 そう言ったマナちゃんには『誰とだ』となんて聞く必要もないだろう。


 どういうことなのかを訊きたがった小夜子さんには、ふたりが正虎について説明してくれる。ずっといっしょにいてご飯も一緒に食べていれば、そりゃあ食べ方とかも煮てくるよね――なんて小夜子さんに言われたが、さすがにアイツと兄弟は何となくイヤだなぁと思った。


 ちなみに。


 後日正虎に話を聞いてみたところ、丁度このくらいの時間帯にやたらとくしゃみが止まらなかったらしい。あれはもしかしたら迷信では無いのだろうか。




    〇




「楽しかった……ね」


「……うん。そだね」


 遼成くんを彼の家近くで降ろした、その後の車内。後部座席。


 並んで座る愛瞳ちゃんに訊いてみれば、何となく淋しそうな声が返ってきた。


 もしかすると私の声も似たようなモノかもしれない。


「テスト、がんばろうね」


「ね」


 それきり、会話は止まった。



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