§4-12. 乗り越えた先に
「大開放時代っ!!」
最後の試験科目が終了。解答用紙を回収した先生が教室を出て行くなり、真っ先に俺の所へすっ飛んできた
「……ンだよ、それ」
俺はそれしか返せない。ツッコミのワードを考えるだけの体力さえ残されてはいなかった。
――最後に暗記系科目を組み込んだ先生たちは、かなりのドSだと思うんだ。
「リョウくん、おつかれさまー!」
「おつかれさま」
マナちゃんとまみちゃんのふたりもするりとやってきた。ウチの教室ではもはや見慣れてきた光景だ。
――いや、そうだよな。見慣れてきてるよな、みんなも。頼むから、せめてウチのクラスのメンツだけは見慣れてきてくれよ、マジで。
「ふたりも、初の定期テストお疲れさま」
「ほんっと、疲れたー! マジで疲れたー!」
「元気な声出てると思うけどねー。私もだいぶ疲れたよー……」
マナちゃんはさながらやりきった戦士のガッツポーズ、雄叫びを添えるタイプのヤツ。正直その光景だけなら、体力はまだ半分くらい余っているように見えるから面白い。まみちゃんはしっかり疲労感を見せてくれていたので、安心感半分心配感半分と言った感じだ。
その対照さに苦笑いを浮かべていたら、不意にマナちゃんと目が合った。
何だろうと思う間もなく、彼女は俺の背中側に回る。
「ほんと疲れたんだからー」
そのまま後ろからしなだれかかってきた。
――いや、ちょっと! 当たってるんですけど!? ナニがとは言わないけども!!
どうにか作れているはずのポーカーフェイス。あまり自信は無いのだが、正虎には気取られているらしい。にんまりと俺たちを見つめていた正虎だったが、そのままにたりと笑って俺の方に身体を預けてくる。重いから止めてほしい。
「……で? どーよ」
「どーよ、とは?」
「感触」
「テストの?」
「いや、今の
「黙らっしゃいっ!!」
「
テスト問題の解きすぎで頭がイカれているらしい。壊れた
何を言うか、まったく。せめてテストの感触を訊け。答えられることなんか無いけど。
もし聞かれたらどうするんだ――。
「疲れたよー……!」
体重をかけなおし、さらには腕を胸前の方に伸ばしてくるマナちゃん。
――ほら、この至近距離で聞かれてないわけがない。
こうして余計な火種を撒くだけなんだから!
「はいはい、みんな疲れてるんだからそんなことしないで」
「はーい」
まみちゃんがマナちゃんを窘めるように俺から彼女の腕を引き剥がす。抵抗するかとも思ったが、マナちゃんは意外にも素直に従った。
(……ふぅ………………ん!?)
本当にこっそりとため息を吐こうとしたところで、背中に再度ほわんとした感触を、今度は一瞬だけ感じた。
あれ――?
今、目の前にはマナちゃんがいるけれど。
――まさか。
後ろを確認したい気はするが、確認してはいけない気もする。さっきの感触はもう無いが、その代わりなのか側頭部辺りを背後からそっとホールドされていて、俺は後ろを見ることが出来ない。
「この後って、アレだよね? 体育祭の練習!」
マナちゃんちょっとだけ俺を見たが、敢えて気にしないようにしているのか、そのまま新しい話題を持ってきた。
「うん、そう。高御堂さんめっちゃ楽しみにしてたよねぇ」
「もっちろん! あたしはこのためにテストをガンバったと言っても過言では……、あ、ちょっと過言だった」
「過言なのかいっ」
ズルっとこけるタイプのツッコミを見せる正虎。どうやら空手チョップのおかげで正常動作に戻ったらしい。よかった、よかった。
「そりゃあまぁ、テスト頑張った目的はしっかりありますので。……ね?」
「へ? ……ああ、うん。そうだね」
きっと放送局入りの話のことだろう。頷いておく。
「……ったく、意味深に頷き合いやがってコノヤロウ。まぁ、それはさておき、放課後だな。今日は学級対抗リレーの練習になってるからよろしく」
「いぇすっ!」
全く元気である。
「リョウくんは?」
「あー……」
水を向けられた。残念だけど、今度は頷くことができない。曖昧な返事を返す。
「あれ? 来れないの?」
「今日は諸事情あってね」
「え、なになに?」
「放送用機材の確認とか」
「あー、部活なのかー……!」
何だか『ぐああ』とかいう効果音が頭の側に浮かんでいそうなリアクション。漫画ならそんな描写になるだろう。ものすごく残念そうだった。そこまでの反応をされると申し訳なくなってしまう。
「一応直前の回とかは顔出せるんだけど、俺基本的に放送局の仕事優先になっちゃうから、あんまり練習とかも出られないんだよね」
――もちろん他の原因もあるのだが、それは黙っておく。
「えっ。今日だけじゃなくて?」
「うん」
「マジで……!?」
この世の終わりのような反応のマナちゃん。
そして同時に、いつの間にか自然な流れで背後から俺の肩に載せられていた手がちょっとだけ震えた。
「もー! だったら『体育祭の後で』なんて言わなきゃよかったぁ!! も~っ!! リョウくんも、そういう大事なことは早く言ってよ!?」
「ぅええ!?」
何かいきなり、ものすごく怒られた!?
え、何か問題でも!? 俺に落ち度ありましたか!?
「よーし、お前ら席に戻れー。
「ダメでーす」――といくつかの返事が飛んでいく。
「じゃあ戻れー」
空気を読んだタイミングでやってきたのは担任、
「もうっ。じゃあ、またねリョウくん。後でしっかりあたしに反省文書いてね! 原稿用紙2枚くらいで」
そんなことを言い捨てながらも、スッと自席に帰って行くマナちゃん。
「……じゃ、じゃあ、ね?」
わたわたと背後から去って行くまみちゃん。
――そういうことだよね、うん。
壁みたいになっていて、周りには気付かれてはいないらしいけれど。
心臓に悪いよ、まったく。
〇
正式に、放課後。
機材確認をしながら、前もって運び出しできるモノは運び出しておきましょう――という
いつもは屋外メインの部活動の元気な声が聞こえてくるのだが、今日は殊更に元気が良い。そしてその数も多い。中には不参加の生徒もいるだろうけれど、全学年のほぼ全員が集まれば、そりゃあこれくらいの声の大きさにはなるだろう。
その熱量に圧倒されかけながら放送室に一旦戻りつつトイレへ行った道中、職員室近くで阿波座先生と出くわした。
「お、ちょうど良いところに。放送局の活動中か?」
「いえ、今ちょっとトイレ休憩にと思って。……どうしました?」
「これだよ、これ」
見れば阿波座先生の両サイドには段ボール箱がふたつあった。箱にはどこからどう見ても見覚えのある青を基調としたデザインが描かれていた。
「お。それはまさか」
「ん。差し入れだ」
スポーツドリンクの箱だった。
「先生のポケットマネーですか?」
「お前……知っててそういうことを」
「あはは」
体育祭の練習も学校の公式行事に含まれている。なのでここにも予算はある。もちろんその中には熱中症予防のための飲み物なども含まれていて、各クラスに均等に割り当てられていた。
「安心しろ。良い成績が出たら俺の奢りがある……かもしれないからな」
お、言いましたね。――先生が職員室に戻り次第こっそりみんなに教えることにします。
職員室のある校舎からグラウンドへ出るには少し遠回りをする必要もある。さらに各学年ごとに練習場所はだいたい決められていて、残念ながら1年生は校舎からいちばん遠いところだ。ずしっとくる重さは、グラウンドから聞こえてくる声を自分への応援に変換することで乗り越える。
件の場所に近付いていくと、早々にめざとく俺たちの姿を見つけたクラスメイトが駆け寄ってくる。――いちばん早かったのはマナちゃんだった。
「あたしも持つよ!」
「いや、大丈夫だってば!」
「遠慮しないっ」
アグレッシブが過ぎる。
マナちゃんのすぐ後にやってきた正虎は先生が持っていた段ボールを開けて、自分の分を早速確保していた。――お前、そうじゃねえだろ。
日陰になっているところまで運び、箱を開封。バケツリレー風に順繰り渡していく。
俺のすぐ近くでサポートをしてくれたまみちゃんとマナちゃんには最後になってしまったが、直接俺から手渡し。
「ありがとうね」
「ありがとっ」
その笑みと額に光る汗からは練習の充実さ――というよりは、学生生活の充実さが伝わってきた。
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