§4-9. お勉強の前に
「マミちゃんのお部屋ってどれ?」
俺が飲み物などを持つ代わりに俺の荷物を持ってくれていたマナちゃんが、きょろきょろしながら訊く。
それはさておき。
「こっちだよ――って、ちょっと待って!」
「ご開帳~!」
どの部屋か判明した瞬間を見逃さないマナちゃんは、即座に部屋のドアを思い切り開け放った。まみちゃんもそれを止めようとするのだが、素早さではマナちゃんに敵わないらしい。日々ダンスのトレーニングなどをしているという彼女との差が出たのだろうか。
「さーてと……って、あれ?」
喜び勇んで入っていったものの、すぐさまトーンダウン。何があったのだろうかと、一応お盆の上のモノをこぼさないようにしつつ後に続いてお邪魔する。
――こちらもまたシンプルな部屋だった。
机もベッドも落ち着いたウッド系のデザイン。ポスターを貼ったりとかいうタイプの余計な装飾は基本的に無い。
いちばん目を引くのはふたつある大型の本棚だろうかか。しかし、それでも本はまだ少ない。なぜ『まだ』という表現に思い至ったかと言えば、明らかにこれから増えていくような予感がしたからだ。何せ読書家のまみちゃんだ。これだけの冊数で満足しているわけがない。
「シンプルだねぇ」
「殺風景でしょ」
「ううん、落ち着くんだよ、こういう方が」
配色とかバランスとか細かい所は当然違っているが、基調とする部分の好みとかはこのふたりの部屋は似ているらしい。双方が双方の部屋に入り浸りになってもそれほど不思議ではないような気がした。
「でもこれじゃあ、家捜しのし甲斐が全然ないなー」
「
「……あ、思わず本音が。何でもないでーっす」
やっぱりそういうことだったか。家主が反応できない速度で部屋に突っ込んでいって、『先手必勝!』とかやりそうな娘である。まさに今、マナちゃんはそれをやろうとして敢え無く失敗したというカタチらしい。
「そんなことだろうと思った。あっちの家に来たときもそうだったしね」
「バレてたかー」
「バレるとかじゃなくて、完全に把握してた」
意外に付き合いが深いらしい。その辺も理解しているのなら、ある意味当然という感じか。
「ホントはアルバムとか見せたい気持ちもあるんだけど、そういうのは全部向こうの家に置きっぱなしになってるからね」
「え、ほんと!?」
「だったら今度向こう戻るときあったら、こっちに持ってきてよ! あたしも見せるからさ!」
「もちろんイイよ」
マナちゃんとまみちゃんのアルバムである。さぞかしカワイイ写真がたくさんあるのだろう。自然とハードルは上がるが、何も問題は無い。きっとそのハードルも易々と越えてきてくれるはずだ。
このふたりの顔は見た瞬間にいわゆる『思い出が蘇る』状況になったので幼少期の時点で顔はほぼほぼ完成していたとは思うが、いったいどの辺りから完成度が100パーセントに近付いていたのだろう。気にはなる。
「でも~? そのときは~?」
ぼんやりとしていたら、いつの間にやらマナちゃんが、まみちゃんへと頻りに視線を送りながら妙な節回しで言い始めた。チラチラと俺の方も見ているのだが、――何だ?
「リョウくんも「
――ん?
「ちょっ。……え、何で!?」
突然俺にも矛先が向けられた。
いや、マジで何でだ。
「そりゃ、まぁ。不公平ですし?」
悪びれることなんて全く無く、マナちゃんが得意げに言う。何がどうなったら不公平になるんだ。
まみちゃんも完全同意らしく、うんうんと何度も深く頷いている。
何だってこのふたりは、結託するときはどうしてこんなに早いのか。
「……え、ってことは、何。俺も見せなきゃいけないの? 何らかのアルバム的なヤツ」
「うん」「そだね」
即答。瞬殺。
「俺の写真?」
「違う人のアルバム見てもしょーがないっしょ?」
たしかに、それはそうかもしれないけど。
「俺のなんて見ても楽しくないんじゃないかなぁ……?」
「そんなことないよっ」
「むしろメインディッシュじゃない?」
「うんうん」
一般男子のアルバムのどこが楽しいのだろうか。とくに面白みがあるような子供時代だった記憶はないし、当然見た目だってこのふたりの基準になんて到達していないし。
「絶対だからね!」
「っていうか、遼成くん。アルバムあるよね?」
「……あっ、卒アルも可!」
「そうだね! 卒アル見たい!」
「ね! 卒アル
「え……。……えーっ」
「次のとき持ってきてよね!」
卒業アルバム――か。
っていうか、マナちゃん。しれっと『も』って言わないで。卒業アルバムと自分ちのアルバムのどっちも要求してるよね、それ。
「何でそんなイヤそうなの?」
「そりゃあ、だって……ヤじゃん」
何か気恥ずかしい。
「大丈夫だって、あたしたちが保証するから!」
「何をさ……」
何を保証してくれるってのさ。
「もー……。ほら、ふたりとも勉強時間無くなるけど、いいの?」
「あ。そだね。まずは準備しよ。ごめんね遼成くん、テーブルをクローゼットから持ってくるの手伝ってくれる?」
「それはお安い御用」
「……あたしは出来ることなら勉強しないでずっとしゃべってたいなー……」
「愛瞳さん?」
「ひーっ。リョウくんがお怒りだーっ」
何だか勉強前から疲れてしまった。
――それにしても。
(『次の時』って、あるのか)
そんなことをうっすらと思いつつ、俺の足取りはちょっとだけ軽くなった。
〇
「ねーねー、マミちゃん」
「んー?」
数学の単元末についている演習問題を数問解いたところで揃って休憩。お茶菓子をいただきつつまったりしようとしたところで、マナちゃんがプレーンのクッキーをかじりながら切り出した。
「さっき『単身赴任風』的なこと言ってたけど、今
「うん、そだよ」
まみちゃんはチョコチップクッキーをもぐもぐしながら答える。学校とかならあまり見ない感じの、かなりリラックスした光景だった。
「そもそもお父さんずっと
「あ、そうだったの?」
「そう。だから昔からいっしょにいない時間も結構長かったよ」
聞けばまみちゃんのお父さんが向こうにひとりでいたのは、彼女が幼稚園から小学校4年生くらいまで。まみちゃんが今の業界に足を踏み入れる直前くらいまでに概ね該当する。一家で向こうに戻るのとうまいこと重なったこともあり、
小夜子さんがまみちゃんのマネージャーになったのはその2年後から。最初から母娘の二人三脚だったわけではなく、むしろ事務所側からそれを薦められたとか。
「へー……」
「あれ? リョウくん、意外に興味ありげだ」
「まぁ……興味ゼロではないよ、さすがに」
そこまで下世話な部分にまで首や足を突っ込もうとする気は更々無いが、チラッと話してくれる分には聞き捨てるつもりはない。
何せ、このふたりの話だし。
「リョウくんも放送局の人だし、いずれはそっち系の道とかも無いわけじゃ無いだろうし。知ってて損は無いことあるかもね」
「そうなの?」
――と言ったモノの、ハッキリ『これだ!』と言える道が今の俺に見えているわけでもない。たしかに全国大会で賞をもらうことは出来たけれど、たったひとつの賞だけで道が見えたり切り開かれるわけでもない。
でも。
このふたりは、とっくの昔に自分が歩んでいきたい道を見つけ、その道の先にあるモノも見据えているのだ――。
「……スゴいな」
「ん? 何が?」
「あ。……ああ、いや。何でもないよ」
「そーお?」
「何かあったらすぐに言ってね?」
「そうそう。マミちゃんが手取り足取り教えてあげるって」
「……もう」
「もちろん、アタシもね!」
ふたりの笑顔が、今の俺にはちょっとだけ眩しすぎた。
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