§4-5. 完全密着! お勉強タイム!


 何やかんやとありつつも、無事に俺たちは勉強タイム突入を果たした。


 マナちゃんにつねられた臀部ケツは微妙な違和感を残しているが、まぁ大目に見よう。座っていてイズい感――要するにしっくりこない感じのこと――があれば問題だったが、それは無かったので一安心である。


 まず何から手を付ければ良いのかという話になったところで、まみちゃんが提案したのは「問題を解いて慣れていこう」ということだった。

 一応今回の勉強会のターゲットはマナちゃんの弱点潰し。彼女が不得意なものは理数系科目だったので、ならば問題集やワークブックを解くことであからさまなテスト対策をしながら、不得意分野の理解を深めていけばいいじゃないか――というプランだった。


 教師役に関してはどちらを選んでもいいとしていたが、まみちゃんの話を聞く限り、物理や化学に関してはわずかながら俺の方が得意らしかった。もちろん大差はないので、どうぞご自由にというスタンスだ。


 座席配置は上座にマナちゃんを置き、彼女から見て斜め右に、左にまみちゃん。どちらに訊いても大丈夫だよというスタンスをさらに強調するためにこうなった。


 ちなみに、テスト問題は基本的に始業のタイミングで全員に配布された問題集とワークブックに掲載されている章末問題の類題が出されるというのは、俺の持ち合わせていた虎の巻にも書かれている重要事項。

 ここで言う『虎の巻』とは我れらが放送局に受け継がれているテスト対策法だ。これはここ数年大きく変わったことのない部分だ。恐らく信用して良いはずだった。


「んー……」


 問題をそれぞれが解き始めて10分ほど。まず最初に唸ったのはマナちゃんだった。


「……むーん」


 ある程度は自力で解く。でも詰まりそうならすぐに訊く――。これがひとまずのテーマだった。


 マナちゃんはあからさまに悩んでいるのだが、明確に訊かれたわけでもない。助け船を出すにはまだ早いはず。「……だよね?」というような意味を込めつつ、問題をひとつ解き終わったらしいまみちゃんを見れば、マナちゃんには気取られない程度の小ささで頷いてきた。どうやらそれでイイらしい。


「……あ」


 何かひらめいたらしく、シャーペンがまた軽やかに動き出した。


 しばらく動いていたペンが止まったときには満足そうな笑顔になっていたので、一件落着となったようだ。


 本人は苦手だ、見たくないなどと文句を言っているが、その実態としてはそこまで壊滅的では無いようなので安心する。

 如何いかんせんさくらおか高校の編入試験は突破しているのでそれなりの学力は既に有しているはずと思っていたが、やはりその認識で間違っていなかったらしい。

 万が一、基礎的なところで止まるようだとかなり難しいことになるところだった。


 ――やばい、わりと忘れているところがある。


 俺も少々詰まりつつも、持ってきた参考書を適宜見ながら解答を進めていく。


 復習は基本的にサボりがちな俺である。そもそも中学時代はサッカー主体でやってきたわけで、テスト勉強なんてモノはその直前の一夜漬けでどうにかしてきた歴史があった。

 もちろん強制的に引退させられた時点でその言い訳は通用しなくなり、受験を間近に控えるようになってからある程度勉強に対するアレルギーも消えて現在に至るわけだが。


「んぁー、ダメだ!」


 ぐいっと大きく身体を伸ばしながら、マナちゃんがほうこう


「リョウくーん、ヘルプ~!」


「ん? どこ?」


 サポート権、1回目の発動。


「ここっ」


 問題集をこちらに向けて寄越す。


 そのついでなのか、マナちゃんがこちらサイドにやってきた。


 ――肩同士が触れた。


「んぇ」


 おかしな声が出た。


 ――だってさ。


 思った以上に、柔らかいんですもの。マナちゃんが。


 ダンスとかやってるし、もう少し――とかそんな発想すら浮かんでいなかった。


「この問題なんだけどー……」


 そう言いながら、マナちゃんは完全にこちら側にやってきた。


 一応は3人分のノートや筆記用具を広げて、さらに残った1辺におやつを置いても余裕があるくらいのテーブルだが、さすがにふたりが横並びになるとちょっとだけ窮屈に感じる。


 だから俺はちょっとだけスペースを空けたのだが。


「ん? どしたのリョウくん」


「へ? え、ああ、いや、別に何でも、ない……よ?」


 空けた分だけこちらに来たらあまり意味が無いのよ、愛瞳さん。


 もはや問題集よりも彼女本体がこちらに寄ってきているじゃないのさ。


「え、えーっと、これは……」


 振動に関する部分。解法のヒントくらいは差し上げたい。その気持ちは山々だ。


 でも残念ながらそれ以上に、俺の腕に一瞬だけ触れた振動に意識が持って行かれた。


「うんうんっ」


 ニコニコ顔で、ちょっとだけ上目遣いでこちらを見てくるマナちゃん。


 ――まさか、貴女あなた


「ヒントになるのは、コレかな。この式」


「あ、これかぁ」


 ――!


 参考書にある式に指をさせば、マナちゃんは俺の腕にぶらさがるみたいにして参考書を見る。


「そ! そうそう」


 決して理解してもらったことが嬉しくて声が高くなったのでは無い。あまりもに声が高くなっただけだ。


 いや、違う。間違い。本音と建て前が入れ替わった。


 ――ん? いや、こんなことを言ってしまったら、もうどうしようもないじゃないか。


「はいはい、まなちゃん」


 いつの間にか立ち上がってこちら側に来ていたまみちゃんが、マナちゃんの肩をがっしりと掴んでいた。


「んー?」


「そっち側にいたらりょうせいくんが問題解くのにジャマでしょ? こっちに戻る」


「…………はーい、せんせー」


 一瞬の間。だけど思ったよりあっさりと元の位置に戻るマナちゃん。


「むふふー」


 実に楽しそうである。


 苦手分野の問題集に手を付けている学生には見えないくらいに、楽しそうである。


 俺とまみちゃんを交互に見てはむふふと笑顔をこぼれさせるくらいには、とっても楽しそうである。


 何だろう。まみちゃんに対して、若干優越感に浸っているようにも見える笑顔を晒す真意とは。


「……もうっ」


「あはは! ……あ、じゃあさリョウくん、こっちの問題は? この式のままでいいの?」


 サポート権、2回目の行使。


 そして1回目のときよりも素早くこちら側へ移動し、さらに素早く身体を密着させてくるマナちゃん。


 まさに密着。完全に腕に抱きつかれる。


「なっ」「ぬっ」


 そして微妙にハモるふたつの声。


 ハモった声の主に視線を送ろうとするが、それより早くマナちゃんに問題集を渡される。


 ――悪霊退散、煩悩退散!


 なん遼成よ、お前が集中すべきはこの問題の解法を導くことだ。


「えーっとね」


 大きな咳払いを添えて。


「それはこっちかな。一応こっちのままでも良いんだけど、変形した後のを使った方がこの場合はイイ……らしいよ」


「なるほどー」


 納得してくれたらしいマナちゃんは、俺の手をホールドしていた腕の力を少しだけ緩めた。


 だが、俺を解放してくれるわけではない。問題集に向けていた視線を正面のまみちゃんに向けて、彼女はこう言う。


「ね、マミちゃん。なんだって」


「……何がよ、まったくもう」


 本当に、何がだろうか。


 というか、もしかしたら、もう解っているんじゃないのか?


 まぁ、楽しそうだからいいけど。


 そして――役得とも言えるから良いけど。


(何だか俺、場合によっては八つ裂きにされるんじゃないか……)


 誰にとは言わない。だが、絶対バレたらヤバいだろうことは確か。


 何だかヒートアップしてしまいそうな気配も感じたので、ここらで一旦トイレにでも立たせてもらおうか――。


「はーい! 差し入れだよー、そろそろ休憩したらー?」


「のわっ」


「あれれ。リョウくんお手洗いとか?」


 母、急襲。たとえるなら『どばーん』みたいな効果音を付けるように、大胆に娘の部屋のドアを開け放した手と逆の腕には、しっかりと飲み物やお菓子がある。

 ただ、一般的なスナック菓子ではなくて、油分は抑えめのちょっと健康志向っぽいような雰囲気も見える。もしかして手作りだったりするのだろうか。


 そして何よりもちょっとばかり空気を読んだタイミングで助かる。


「あ、そうです」


「だったら、階段降りてー……説明するよりもあたしについてきてもらお」


「良いんですか?」


「良いの良いの。ってことなのでおふたりさん?」


 俺の腕を取りながら言う愛花さんは、とても楽しそうに続ける。


「リョウくん、借りていくから!」


「必ず返してね!」


 何だかよくわからない応酬を始める高御堂おや。困惑するように、ほんのちょっとだけまみちゃんの眉間にしわができた。


「貴女のモノじゃ無いでしょー?」


「あたしの!」


 ――え。


「今はあたしの先生だから!」


 ――あ、そうね。うん。たしかに。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る