§4-4. 勉強会@高御堂さん家


 幼稚園児だった頃のものすごく朧気な記憶が正しいのであれば、通園で乗っていた幼稚園バスのルート沿いにたかどう邸は確かに在った。


 そういえば、ここからほど近いところにはそこそこ大きめの公園があって、何年生の時だったかは覚えていないが、少なくとも小学校の頃の遠足で一度来たことがあった。その時にはまだマナちゃんの記憶もしっかりとあったはずなのだが。――いったいどこでそうなってしまったのやら。


「さあ、上がって上がってー」


「ささ、遠慮無く~」


 高御堂さん家の母と子はすっかりハイテンションである。通常営業とも言えそうな気はするが、細かいコトは詰めないでおこう。


「では、お邪魔します」「おじゃましますー」


 まみちゃんと、挨拶を少しだけハモらせながら。


 他所様の家なのでしっかりと脱いだ靴は揃えて――。


「リョウくんって、リョウくんっぽいね」


「へ?」


 突然愛花さんにそんなことを言われ、妙に高い声で返事をしてしまった。こんな声出たのかよと、自分に驚く。


「スゴイ声出たね」


「そんなハイトーン出せるんだ」


「偶然の産物ってヤツだよ……」


 しっかりとふたりからのツッコミを喰らったが、甘んじて受け入れることにする。


「男の子ってこういうところ雑って印象を勝手に持ってたから。ごめんね」


 さすがに直球で『外面を良くしただけです』とは言いづらい。とはいえ、あまりにも評価が高すぎるのもちょっと困ったりはする。マイナスからプラスに転じるタイプ――いわゆるギャップ萌えならば良いかもしれないが、その逆は避けたいところだ。


「いえいえ、そんな。僕なんか基本的にだらしないですから」


「そんな謙遜しなくてもいいじゃなーい」


 決して謙遜ではないのだが、どうにもマナちゃんのママさん――まなさんからの評価は初期値が高いらしい。


「その辺だらしないのって、ウチのお父さんくらいでしょ」


「いや……、まぁ、男子が男子の家に遊びに行ったらそんな感じじゃないかなぁ、って思いますよ」


 否定をしにくい単語が混ざってきたモノの、そこには触れないようにしておく。


 実際、まさとらがウチに来たときなんかはもう、玄関なんかは見るも無惨な状態になったものだ。勝手知ったるなんとやらとは言うが、知りすぎているのもどうかと思う。


 この感じだと、幼少期も含めてこのお宅に男子が来たことはない、ということなのだろうか。


「そんなこと言ってー。リョウくんはしっかりしてるわけでしょ?」


「お母さん、リョウくん褒めちぎるのも良いけど、そろそろウチに上げてあげないと」


「あら、そうね」


 いつまでも玄関で立ち話なんてわけにもいかない。テスト勉強会という名目がある。俺としても細かいところを突きたいわけじゃなかった。


 しかし――特大の懸念事項がひとつ。


 今し方の会話中にも出てきたのだが――。


「あ、そうだ」


 部屋に案内しようとしていたマナちゃんがくるりとこちらに振り返った。


「今日はお父さん出掛けてるから安心して」


「……えーっと。それ、『うん』って言っちゃって良いの?」


 心の内が完全にバレていたことに動揺しつつも、さすがにそれを素直に受け入れてるのも失礼な気がした。不安か安心かという二択になれば、それはきっと安心なのだが。


「『今日は』っていうか、『今週も』っていう感じだけどね」


「週末はひとりお出かけが多いんですか」


「競馬好きだからね、うちの人」


 なるほど、そういうパターンか。


 詳しく聞けば、今日は少々大きめのレースがあるということで、場外馬券売場ではなく競馬場に行っているとか。あくまでもお小遣いの範囲で楽しんでいるのは把握しているので、過度に干渉はしないという方針だとか。


 ちなみにだが、マナちゃんはかつて『動物を見に行こう』と微妙なウソを吐かれて競馬場へ連れて行かれたことがあるという話も聞き出せた。たしかに馬は紛れもなく動物だが、ふつうそこで子供が想像するのは動物園か牧場だろうよ。


「あ、でも、今日ウチに男の子が遊びに来る――じゃなかった、勉強会で来るっていうのはお父さんも知ってるよ」


「へ」


 ――何ですと?


 それとこれとでは話が変わってくるのでは?


「ああ、大丈夫大丈夫。あの『リョウくん』だって知ってるから」


「えーっと……?」


 何がどうなって『大丈夫』になるんですかね、それ。


 マナちゃんのパパさんがどんな人なのかはとりあえず競馬好きってことだけしか知らないわけで、その人に対して、アイドルをやっている娘が男友達を連れてくることをどう感じるかなんてまさしく未知数なわけで。


 心底からハラハラしている俺に対して、にっこりと笑顔を向けながらマナちゃんが続けた。


「何か、『会いたい気持ちは山々だが、俺には行くところがあるから』とか言って、ムダにかっこつけてたよね、ムダに」


「そうね、ムダにね」


 散々な言われ様に緊張もハラハラ感も消えていく。そこまで『ムダ』を連呼されると、かわいそうになってきてしまうじゃないか。


「あと、リョウくんの趣味とか嗜好品とかも訊いておいてくれって言われてたから、改めて後でいろいろ教えてネ」


「あ、……え? あぁ、うん……」


「他にも、『放送局だって言ってたけど、それは競馬の実況とかもしたりするのか』とも言ってたね」


 ――それはしたことないです、今のところ。


 最初はこの母親在っての娘かと思っていたが、どうやら違うらしい。――この父母あっての娘だ。





     〇





 公共交通機関からは不便だが、その分土地は広い。一般的な一戸建てよりは大きい印象のある高御堂邸――もちろん俺の勝手な想像――の2階、マナちゃんの部屋へと通されようとしている。飲み物やおやつやらをキッチンからいただいているので準備は万端だ。


 お盆で俺の両手は塞がっているので、あとはふたり任せ。そんなタイミングで、ドアノブに手をかけたマナちゃんが、またしてもくるりと振り返って俺を見た。


「あんまりじろじろ見たりしないでね」


 強烈な前置き。ノータイムで何度も頷く。


 いや、そりゃそうでしょ。一応その辺は弁えているつもりだ。


「実は私も、マナちゃんの実家って初めてなんだよねー」


「あ、そっか。たしかに」


 首都圏むこうに居た頃はそれぞれの自宅に行ったことがあったのだろう。バス通園と徒歩通園で家の場所がわりと違っていたのでは、こういった交流は無かった。


「ではでは、ご案内~」


 ばばーん――なんていうセルフ効果音を付けて、マナちゃんがドアを開けた。


 しっかりとテーブルがスタンバイ済みで、勉強会の体裁は保てそうだと勝手に安心する。完全に機能性重視のテーブルは意外に大きく、なるほどたしかにこれなら3人分のノートやらテキストやらが広げられそうだった。


 しかし、案外とこざっぱりとした部屋だった。


 アクセサリーを見せる感じで並べていたり、全体的な配色がパステルカラーだったり、たしかに『女の子感』はあるのだが、本棚や机なんかはどことなくボーイッシュな感じがして、それでいて落ち着く雰囲気も感じた。自分の部屋の家具とどこかしら似た部分かあるせいだろうか。見慣れているモノが少しでもあるとリラックス効果があるようだ。


 ただ、まぁ、何と言いますか。


 ――イイ匂いですよね。


 そこは明確に男子の部屋とは違うわけで――。


「痛てて……!」


 いきなりでんに痛みが!


「じろじろ見ないでって言ったしょ?」


 犯人は予想通り、マナちゃん。


「み、見てない! 見てないです!」


 じろじろは見てない。断じて。


 ――きょろきょろと視線だけは動かしたけど。


「ホントにぃ?」


「ホントです」


「……そっかぁ、見てないんだぁ……」


 あれ、何でそこで残念がるんですか。


 っていうか、それだと俺、ケツつねられ損なだけなんですけど。





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