§4-3. 嵐のようなお出迎え
土曜日、地下鉄駅前――というよりは、ほぼ駅上。
バスターミナルやらタクシー乗り場など、少々人の流れがあるところとは少し離れた場所に、俺は立っていた。
一応日陰にはなっている。が、目前数メートルのところにまで迫ってきている陽射しはかなり強い。夏の短いこの地域にあって、残暑にしては酷暑の様相。じりじりとした熱波に、じわじわと汗がにじみ出てきている。
放送局の活動を終えて帰宅後一旦制服から着替えて、念のためシャワーなんかも浴びたくらいだったのだが、その意味は若干薄まっていると思う。
少し前であれば、これくらいの暑さなんて関係ないぜとばかりにグラウンドでボールを追いかけていたのに、今じゃすっかりこんな調子だ。何だか無性に哀しくなるが仕方が無い。最近はとくに暑さのレベルだけが上がっている気もするので、無理は禁物だろう。
カバンの外側、すぐ取り出せるところに入れておいたハンドタオルで汗を拭いたタイミングで、1台の車がやってきた。
そこそこの大きさはあるものの何ともかわいらしい丸っこいデザインは、恐らく輸入車のそれ。チラッとだけ見えた運転席にはサングラスをかけた、何だかカッコイイ女の人が座っていた。
――似合うなぁ。
そんなことを思うが早いか、助手席の窓が開き――。
「お待たせっ!」
元気な声がかけられた。
声の主は、ここに俺を待たせていた張本人である
「暑かったでしょー? ごめんねー」
「まぁ、日陰だったから然程……」
「ちょっと、汗かいてるよ? っていうか、さっき汗拭いてたの見えたしー」
「うっ」
見え透き過ぎのウソだった。
先日の図書室での会議の末、マナちゃんが提案してきた『高御堂邸でテスト勉強会を行う』案。さすがにそれはと固辞しようとしたものの、本当にそれに匹敵するような案を俺は出せなかった。提案とほぼ同時に親御さんへの許可を取り付けたマナちゃんにそのまま寄り切られる恰好で、今日の勉強会の開催が決まったというわけだった。
「さぁさぁ、乗った乗ったぁ!」
元気よく出てきたマナちゃんは直ぐさま俺の後ろに付くと、ぐいぐいと背中を押してくる。シャツが汗で湿ってないかと心配になったが、そこまでの感覚は無かった。
マナちゃんが素早くドアを開けてくれて、素直に乗り込めば運転席後ろの席に居たのは
「暑かったでしょー」
「まぁ、そこそこ」
「バレバレのウソは言わない約束だよー?」
速攻で封じ手を打たれ、俺はとうとう観念する。
「それなりに暑かったけど、でも仕方ないでしょ。他に待ち合わせ向きの場所ってあんまり無いから」
「そうなんだよねー……。だからリョウくんには本当に申し訳なくって」
「いやいや、そんな気にしないで……ん?」
何だろう。妙に視線を感じる。
助手席のヘッドレスト越しに来るマナちゃんの視線ではない。
隣からやってくるまみちゃんの視線でもない。
ならば、残りは運転席だけ。
長い信号待ちになっているのを良いことにバックミラー越しに飛んできていた、ドライバーの視線だった。
「え、えーっと……?」
「いやぁ、しっかり面影あるわねえ……」
まるで久方ぶりに会った親戚の口調。そして笑顔。
「えーっと?」
エマージェンシー! 俺は助け船を要求する!
もしかして――と予想するところはあったものの、もちろん確証は無い。ふたりのどちらかでも反応してくれとばかりに
「正式に紹介してなかったね。ウチのお母さん」
「はーい、愛瞳の母、
「あ」
――やっぱり、と口から出かかったが、それは辛うじて我慢する。
「えーっと、……『はじめまして』じゃないんですか?」
「え? あれ? ……あ、そうか。直接話したことは無かったっけ、リョウくんとは」
「ということは」
「そ。リョウくんのお母さんとは、何回か幼稚園の頃にお話したことあるんだよー」
「な、なるほど」
そんなこと、ウチの母さんの口からは1度も聞いたこと無かったけど。クラスも違っていたはずなのに、いつの間にそんな関係性が作られていたのだろう。
それにしても、よく覚えているなそんなこと。ウチの人なら忘れていそうなものだ、何せテキトーな人だし。
「お母様ネットワークは舐めたらいけないんだよ?」
まさに俺が思っていた疑念に対する回答のようなモノが返ってきた。
たしかにママ友さんの間での情報伝達は密だと聞いたことが無いことも無い。――然程興味関心がある部分でも無いので、何とも言えないのだが。
とりあえず、家に帰ったらウチの母さんに訊いてみようか。
いや、ダメだ。『何で? 何で?』と逆に食い下がられて、面倒くさいことも話さないと行けなくなりそうだ。それは本当に面倒なので最終局面まで取っておきたい。
「そういうことだったんですね」
当たり障りの無さそうな返答をしておく。うんうんと数度頷いた愛花さんはとても楽しそうだった。
しかし若い。見た目はもちろん、雰囲気とか、話し方とか。マナちゃんへの影響を多分に感じさせるそのオーラのようなモノに対して、芸能人の親御さんとはこんな感じなのか――なんてしょうもないことを思ってしまう。
「それにねー」
言いながら愛花さん、チラッとだけ
「……あれだけ、何回も何回も話題にされたらねー。さすがにどんな子なのか気になっちゃうのが親心っていうか、女心っていうか?」
「ちょ、ちょっとお母さん!?」
やっぱり一瞬だけ視線は送っていたようだ。
何か不穏な雰囲気を感じ取ったようで、マナちゃんは慌て出す。しかし、できたらお母様への手出しはどうにか堪えて欲しい。なにぶん、運転中なので。
しかし――『話題にしていた』とは。
どういうことか、なんて野暮なことは言わない。明らかに話の流れから察せる。
幼稚園の年長組の頃、どうやら高御堂家では俺の話題がよく持ち出されていたらしい。
――とてつもなく恥ずかしい。
だってそうだろう。その子の親御さんが『どんな子なのか気になる』程度には話されているのだ。いったいどんな話題が展開されていたのか、と考えるだけで顔が赤くなっていきそうだ。
「愛瞳ちゃん、そんなに
「ぅえっ!?」
マナちゃんにとっての敵は、自分の母親だけではなかったらしい。ある意味当然の流れというか、まみちゃんがこの話題に食いついた。
そりゃまぁ、そうだろうなぁ。仲の良い友達の幼少期の話だ。完全に部外者的立場だったら、こんなに面白そうな話題もない。
「お母様、どんなお話してたんですか?」
「えーっとねえ。……どれから言ったらいいかなぁ。やっぱり恥ずかしいヤツがイイよね?」
「やめてー! その選び方だけはダメーっ!!」
わりと苛烈な性格を垣間見せる母親に、娘はタジタジ。なるほど、関係性がよくわかる。
「っていうか車の中でわざわざそんな話しなくても良くない!?」
「あら? じゃあ家に着いてからたっぷりとしちゃう流れで良いの?」
「家に着いてからはあたしたちはテスト勉強しますからっ!! だからこの話題はおしまいなのっ!!」
「えー! つまんないじゃない、そんなの。私だってみんなとおしゃべりしたいのにー」
「じゃあ、今お話しようっ! でも、主にリョウくんの話題で!!」
「うえぇっ!?」
いきなり何か飛んできた!? こんなの確実に貰い事故でしょ!?
「あ、私はそれも聴いてみたいかな」
「ちょ」
あれ!? ハシゴ外された!?
ぎょっとして横を見れば、とても楽しそうな笑顔のまなちゃんの姿。自分にはどうやっても飛び火して来ないからって、随分と余裕綽々じゃないですか。
策士・四橋舞美花、ここにあり。
「あたし、ずっと覚えてることがあってー……」
「ストップストップ!」
ダメだ、テスト勉強前に疲れそう……!
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