§4-2. 勉強場所選びと、その結論



「……静かだね」


「っていうか、思ったよりも人が居なくてびっくりなんだけど」


「居ないってこともないんだけど、……たぶんココが広いから人口密度低くてそう見えるだけかも」


「あー、言われてみれば」


「たしかにそうかも」


 俺の言葉に反応するように周囲を見回すマナちゃんとまみちゃん。そしてすぐさま納得してくれる。


 それほどこちらに注目してくれるような人が少なくて助かるのだが、それでもゼロではない。全く興味を持っていない人もいるが、二度見、三度見どころかそれ以上をしている人もちらほら。

 それもそうだろう。あまり見覚えのない人がいると思えば、巷のウワサをふたり占めにしている件の少女なのだから。


 やってきたのはさくらおか高校ご自慢の図書室。市営図書館や大学図書館には及ばないものの、高校の図書室でいえばかなり大きい方に分類されると思う。個別ブースまで完備されているので調べ学習にはうってつけだ。


「じゃあ、まぁ……、あの辺にでも」


「はーい」


 マナちゃんは小声の返事を添えながら、まみちゃんは無言で、小さく挙手して了解の合図。運良く空いていた目立ちにくい場所を確保した。


「……あ。これ、読みたかった本だ……!」


「マミちゃん、それは後でだよ?」


「はーい」


 マナちゃんが、まみちゃんを制する。珍しい。3

 そういえば読書は良くすると言っていたが、普段はどんな感じで読書をするのだろうか。

 1日中書店に入り浸って本選びとか、そんな本の虫らしい休日の過ごし方とかはするのだろうか。

 まぁ、後で訊いておくことにしよう。

 少なくとも、ウチの図書室に来るのは初めてか、あるいはほんの数回という雰囲気は感じている。


 普段からココを使っている人は当然読書や調べ物に没頭するのだが、さすがにその絶対数は多くない。テスト週間にもなればそこそこ人口は増えるが、それでも若干持て余されている感もあるのは否定しない。

 だけど、放送局の資料探しとかそういう分には不自由ないので、一般的な本校学生に比べれば俺はよく利用している方だと思う。


「さて、と……っ」


 どう話題を振ったろうかと適当に話し始めようとしたが、思ったより熱烈な視線を2方向から浴びて言葉に詰まる。少なくとも俺はダイレクトに注目を浴びる中で声を出すという練習を、もっと積んだ方がいい気がしてきた。

 思わぬカタチで今後の活動の課題をしっかりと浮き彫りにしてしまった。


「……? どうしたの、りょうせいくん」


「ああ、いや、何でもなくって」


 咳払い、ひとつ。


「とりあえず、ウチの図書室がココです」


「うん、結構過ごしやすいね」


「あたしは、……若干、落ち着き過ぎちゃうかも」

 ニコニコ顔のまみちゃんに対して、苦笑い気味なマナちゃん。


「まさか」


「ハイ。図書館では寝ちゃうタイプです」


「……やっぱり」


 ――あ、しまった。思わず本音が。


「リョウくん? 『やっぱり』っていうのは、ちょっとヒドくない?」


 当然言われた側のマナちゃんは聞き漏らしてくれるはずもなく、俺にしっかりと非難の視線を投げつけた。


 だが、『とはいえ』という話ではある。こちらにも思わずそうこぼしてしまう理由があるわけで。


「だって、『図書室とかどう?』って訊いたら明らかにビミョーな顔したし……」


「……バレてた」


「バレます、さすがに」


 そういうことです。


「もう少し前向きな演技とかしてみようよ」


「根が正直なんで」


 隠す気は全く無いらしい。


「それに、ふたりの前だし、別にそこまで取り繕うこともないかなー、って」


「あはは……」


「あ、もしかして、リョウくん照れてる?」


「話を逸らさないっ」


「はーい」


 楽しそうだ。良いことだと思う。ここまで一応しっかりと小声で話している。貸し出しなどを担当する図書局の人からのお叱りが来そうな雰囲気もない。そこまでの迷惑にはなっていないはずだ。


 ちなみに、実際、ちょっとだけ照れたのは内緒だ。さっきのマナちゃんよりはポーカーフェイスが出来ている――はずだ。


「たしかに、テスト勉強には良さそうだよね」


 話を元に戻そうとしてくれているらしいまみちゃんが、改めて周りを見渡して言う。


「だね。結構静かだから集中はできるはず」


「でもさ、でもさ」


 マナちゃん的には反論の余地があるらしい。聴こう。


「静かだと逆に相談とか質問とかは、ちょっとしづらいよね」


「それは、たしかに」


「テスト週間になればちょっと増えてくるけど、……でも言われてみれば、グループで図書室に来てた人は少なかったな」


「……なるほど、リョウくんは図書室で勉強しているタイプ、と」


「何そのメモ取るフリは」


「大事な事なので」


 ――ホントかなぁ。


「やっぱり集中できるよね、図書館とか。本の側に居るって良いよね」


「あ、わかってくれる?」


「昔からだもの」


 まみちゃんとは馴れ初めが図書室なので、それも当然か。


「むぅ……」


 どこか不満気な唸り声が聞こえた気がする。


 それは良いとして、実際の所、グループ勉強会として図書館に来ていた人はほとんどゼロに近かった気がする。大抵は参考書やドリルとフルタイムマンツーマンでやってる生徒で、誰かとやる場合はむしろ空いている教室を使っている方が多いかもしれない。


 今回は勉強会のスタンスを取る予定ではあるので、その意味では図書室は不向きだ。


 もちろん教室も同様。そもそも不特定多数の生徒が寄ってきてしまうような状況を作るのは良くない。ハナから回避したいところではあった。


「ちなみにリョウくん的に他の候補地ってあるの?」


「……うーん」


 一応利用したことがある――放送局の課題として書かされた脚本のネタ探しに行った――ので、近隣の大学図書館と公営の図書館を例にあげておく。ココよりも広いし、調べる上ではそちらの方に分がある。


 ただ――。


「グループ学習向きかって言われると、正直微妙かなぁ……。ココとあんまり変わらない気がするな」


「そっかぁ」


「だよねえ」


 大学図書館には調査用の小型ブースみたいなのがあったはずだが、アレを利用するには競争率が高い。何度か足を運んでいるものの、大抵は大学生や教員が使っていて空いている印象はほとんどない。行ってみたけど埋まっていたので空戻りになります――なんてことになると、テスト勉強の時間も潰れてしまいかねないので避けたいところだった。


 これをふたりに言ってみると、予想通り渋い顔になっていく。椅子に背を預けるようにするまみちゃんと、机に突っ伏すようにするマナちゃんで、動きは全く以て対照的なのは面白いけれど。


「やっぱり3人の参考書とかノートがしっかり広げられて、わかんないことがあったらきっちり声を出して相談できるような感じの場所じゃないと、困るよねー」


「んー……」


 自分の行動範囲にそんな場所はあっただろうか。悩む。


 そもそも高校生になったとはいえ、身体の事情もあるのでテリトリーが大きくなったわけもない。広い場所といえば昔は体育館か運動公園だったが、今では図書館か病院になってしまった。


 これは、悩む――。


「……困るよね?」


「んん? ……うん、まぁ、……そうだね、それが出来ればイチバンいいかな、とは思うけど……?」


 いつの間にやら俺の目の前にはマナちゃんの顔がどアップ。アイドルを追いかけているタイプの人でも、恐らくこの距離で顔を見ることは無いだろうと思えるくらいの距離感。


 びっくりはしたが、弾け飛ぶように後ろへ行かなかっただけ自分を褒めたい。さすがにそんなことをしたら失礼だ。


 ――っていうか、やっぱりカワイイよなぁ。レベルが違うというか。


「ねえ、リョウくん」


「うん」


「あたし、知ってるよ?」


「ん?」


 何をだろう。


「ノートと参考書を3人分広げられて、わかんないところはすぐ聞けるくらいの場所」


「……え、マジで」


 俺がどこですかと訊こうとするよりも早く、マナちゃんは何故かまみちゃんに何かを耳打ちする。知ってる発言に俺と同じように疑問を持っていたらしいまみちゃんは、何かを伝え聞いて一瞬くりっとした目をさらに大きく丸くしたものの、何かしら納得感は得たらしい。


「ふっふーん」


 満足げに鼻を鳴らして、彼女は言った。


「ウチでやらない?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る