第4章: 現役アイドルと現役女優のお家でテスト勉強をすることになりました

§4-1. 悩みのタネはテスト勉強


「テスト勉強かー……」


 ホームルーム終わり、イコール放課後の始まり。それなりの開放感に満ちはじめる時間なのに、ゲンナリとした顔でこちらに近寄ってくるなりいかにも重苦しい声を聞かせてくれたのはマナちゃんだった。


「テスト勉強だねー」


「あー、余裕っぽいー……」


「余裕は無いってば」


「ウソだー……」


 避けられないモノではあるので、粛々と受け止めているだけのこと。余裕なんかない。


「マミちゃんはー……?」


「私も余裕は無いよ、全然」


「あーん、もーそれ絶対デキる人の言い方のヤツー……!」


「たしかによく聞くパターンのヤツだけどさ」


 言いながら少し遅れてやってきたまみちゃんへと視線を送ってみれば、ぱたぱたと慌てたように顔の前で『ちがうちがう!』と手を振った。まみちゃん本人的には、本当に余裕は無いらしい。――実際にどうなのかは知らないが。


「ハードルが高いんだよぉ……」


「じゃあそのハードル潜っちゃえばいいんじゃ」


「……ながほりくんに訊くけどさー。それ、陸上の大会でやってる人見たことある?」


「無いねえ」


「何でかわかる?」


「失格になるから?」


「余計に遅いからだよ。……たぶん。知らないけど」


 実際、置かれたハードルは越えるモノだ。潜るのはたぶんいろいろな意味でアウトだろう。蹴倒すくらいなら良いのだろうけど。そういう飛び越し方をしている選手はテレビで見たことがあった。がしゃんがしゃんと豪快な音を立てながら走り抜ける様は、ある意味カッコイイが。


 さくらおか高校の定期テストは意外と言っては失礼なのだが、上位層のレベルは高い。学業優先という旗印の下で学園生活を送るふたりにとっては、定期テストでの好成績は至上命題。それなりにオトナたちを納得させなければいけないという状況なので、その上位層に割って入るためにはそれ相応に勉強と対策をしておく必要がある――のだが。


「イヤだー。ヤだよー、体育祭のことやりたいよー」


 完全に頭が夏季体育祭一色になりつつあるマナちゃんにとっては精神的苦痛は大きいらしい。そもそもこういう勉強は嫌いだ――苦手とは聞いていない――という自己申告ももらっているので、こうした態度を見なくても薄ら知っていることではあった。


 それに、ついさっきまでやっていたホームルームでは体育祭の練習についての話をしていたところだ。体育祭のことを考えるなというのが無理くらいの話ではある。


 だから乱暴な言い方をするならば、そんな楽しい話をした直後にテストの話なんてするな――というモンだろう。


「んじゃまぁ、俺は部活行ってくるわ」


「おう」


「がんばってねー」


「ファイトー」


「んー、いつもの何倍もがんばれるわっ!」


 ふたりからも声をかけられ、しっかりと力こぶを見せつけてまさとらは教室を出て行った。自らの宣言通り、放課後になると元気なヤツである。


「長堀くんってさぁ、いつも『いつもの何倍もがんばれる』的なこと言ってるけどさー」


「うん?」


「……そろそろあのアニメの栗饅頭くらいには倍率跳ね上がってそうだけど、それくらいにがんばってるのかな」


 ――このお嬢さん、なかなか無体なことをおっしゃる。


「そういえば、りょうせいくんの方は?」


「今日は休み」


「あ、そうなんだ!」


 目がキラッと光った気がする。


「ただし、『何らかの勉強をしろ』というお達しが出てる」


「あー、そうなんだー……」


 目の奥に闇を見た気がする。


「やらなきゃかー」


「そりゃあ、やらなきゃだよ」


 どうにか勉強しなくても良くなるための言い訳を探していたようなマナちゃんも、とうとう折れたらしい。


「……ねー、マミちゃーん」


「大丈夫だってば」


「ありがとー!」


 意思疎通の会話量は少ない。とはいえ、これは俺にも解る。テスト勉強はいっしょにやろうという話は既にしてあったので、『いっしょに勉強しよう――っていうか、あたしにいろいろ教えてくださいマミカ先生』ということだろう。


 このふたりの学力状況は俺も詳しくはわかっていないのだが、会話の内容からすればまみちゃんの方がやや良好という感じはする。とは言っても、苦手だ苦手だと頻りに嘆いているマナちゃんも実は自分で言うほどというヤツだ。


「……ん?」


 ぼんやりとしていたが、何かが刺さってくる感覚。


 見ればふたりの視線が完全にこちらに向ききっているだけではなく、マナちゃんが俺の手の甲をしきりに爪で突いていた。まさか視線だけではなく、本当に物理的なモノが刺さっていることにも気付かないとは。不覚が過ぎる。


「ん?」


 何だろうと訊くよりやや早く、まみちゃんが俺の制服のポケットあたりを指した。そちら側にはスマホが入って――。


 ――なるほど。そういうことね。


『リョウくんもテスト勉強するんだからね』


 俺たち3人だけのグループチャットにそんなことが書かれる。


 ――なるほど。たしかにそういう話だった。


 そりゃそうだ。ふたりがテスト勉強をいっしょにしようという話をしていたときに俺も同席していて、俺にも参加して欲しいという話にもなっていたわけで。


 期待感しかない視線の主がふたり。


 そりゃあ、まぁ、――こう答える以外にないでしょう。


『そりゃもちろん大丈夫だよ。そう言ってたし』


「ありがとー!」


「ちょっ」


 歓喜に重なる動揺。そして、飛んでくる奇異の目たち。


 何のためのグループチャットか!


 俺は素知らぬ顔をしておき、まみちゃんが速攻で「いえいえ、どーいたしまして」と言えば、恐らく問題回避には成功。


 冷や汗がどっと出た。まったく、心臓に悪い。――いや、この程度なら問題はないと思うけれども。


 とりあえず教室の隅から離脱し、各々荷物を持って廊下へ向かうことにした。幸いこちら側は人通りも少ないので視線に晒される可能性は低い。でも念のため会話はスマホのみで行って、俺もふたりとは少し距離を保つことにした。


『ごめんなさい……』


 謝罪、そしてそれ関連のスタンプ連投。よくまぁそんなに持っているモノで。俺もそこそこ持ってはいるけれどだいたいいつも同じようなものを使うから、履歴に新しいスタンプが付け加わってくることはほぼ無い。


『だいじょうぶ。だけどテンションの上げすぎには注意してね』


『気を付けます……』


 いつまで保つことやら。明るいのは彼女の美点なわけだし、いざとなったらまみちゃんがきっちりカバーしてくれるだろうし、大丈夫だとは思うけれど。


『それはそうと』


『いろいろと予定を立てないとな、って思うわけです』


 会話の主導権はまみちゃんに移ったらしい。


『遼成くんはともかく、私とまなちゃんの苦手なところは共有しておこうかなって』


『待って待って。俺にも苦手あるから』


 完全に教師役を期待しているのだろうか。嬉しいけれどそれは困る上に、どう考えても力不足だ。


『っていうか、俺こそ教えて欲しいくらいなんだけど』


『いやいやー』


『そんなことないよー』


 買い被りすぎでは?


『長堀くんも言ってたよ? テスト勉強ならリョウくんに訊けって』


『私も、『アイツには虎の巻がある』って言われたけど』


『あんにゃろう……』


 いつそんなことを口走っていたんだ、正虎よ。油断も隙も無いヤツめ。


『で、ホントのところは?』


『無くは無いです』


『やった!』


 模試の過去問ほどのモノでは無いが、放送局に古来から伝わる頻出問題メモみたいなモノが存在している。そもそもふたりは体育祭後から放送局に入ってくれることが決まっているので、この中身を知っていても問題はないだろう。


 その説明をパパッとしておくとふたりとも納得してくれたので一安心だ。必ずしもそこから問題が出てくるわけではないが、どんなものでも問題の傾向を掴むのは大事なことだ。


『でも、ところでなんだけど』


 勉強計画はたしかに大事だ。かなり重要事項に違いない。早いうちから決めておいた方が、後々苦手分野が明確になったりしても予定変更をしやすいはずだ。


 でも、それ以上に大事な事があると思う。


 そもそも勉強会を始める上で、本当に最初に決めておかなくてはいけないことだ。


 割とそちら方面で盛り上がっている彼女たちにこの話題を振らなければいけないのは少し心苦しいが、避けて通ることはできないのだ。


 意を決して、俺はその疑問をぶつける。


『どこでやるの?』


「あ」「あ」


 思わず――と言った感じで、ふたりが声を漏らした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る