§3-6. 希望と依頼
「な、
「いや、俺もそこまでは聞いてなかったです。『見学をしてみたい』って言ってくれたので、じゃあ時間を作ってもらえますか? ……っていう流れで」
あくまでも俺たちが放送局として普段やっている活動の中身を知りたいという理由での見学だと思っていた。もちろんそういう気持ちがあるのなら嬉しいことだけれど、さすがに都合が良すぎる考えだとアタマから消してしまうのが自然な流れというか。
それに何よりも、このふたりは本職の人だ。学業優先で仕事量は絞り込んでいるとは聞くが、それでもゼロにはならないという話だ。
だからこそやっぱり部活動などには入れないし入らないだろうと、最初からその可能性を潰していたのは事実だった。
「え、ダメだったんですか……?」
「ああ、いや! 決してそんなことはないんだけど!」
マナちゃんの物凄く哀しい声色。こうかはばつぐんだ! ――いや、そんなことを言ってる暇は無いわけで。
ただ、
「ダメではないデスよね、先生……?」
念のため訊く。動揺を隠せず、情けなくも声が裏返った。
「もちろん、ダメではないです。むしろそういうところで拒否する理由も権利もないです」
「だったら……」
「でも、ホントに大丈夫なの?」
マナちゃんが訊こうとするより先に先生が問いかける。マナちゃんへというよりは、まみちゃんも含めたふたりへ。
「何がですか?」
「その……お仕事とか入ってたりするんじゃないかな? とか。……先方、事務所の人とはどういうお話になっているのか、とか」
「あ。……あー」
頬を掻くマナちゃん。――忘れてたんかい。一度前のめりになってしまった感情に正直なのは、間違いなく彼女のイイところだとは思うけれど。
「あ、でも『まだ訊いてないだけ』ですし、そもそも学業というか
「……なるほど」
先生も少し納得したような表情になる。完全に否定していかないところを見ると、先生も完全にその道を閉じようとは考えていないらしい。それに、学業優先ではなく学生生活優先という推し方をすれば、たしかに可能性はありそうだ。
「
「私の方も、そうですね。実際に事務所の人たちと軽く話し合う必要はあるかもしれませんが、そこまで難しくはないかな、と」
「なるほど。……うん、わかりました」
「ん?」
キラリ、とマナちゃんの目が光ったように見えた。抜かりがないというか、何というか。
「ふたりのお仕事に無理が生じない程度で、かつ向こうさんと話が落ち着いたら、ぜひ先生のところに来て教えてください」
「あ、ありがとうございますっ!」
「ありがとうございます!」
とりあえずの吉報に、がばりと勢いよく頭を下げるふたりだった。
〇
「先生」
「ん? どした、難波く……っと間違った。どした、色男くん」
「そんな言い直し要らないです。っていうか、そもそも間違ってますから」
真面目な話が終わった途端にコレだ。
ふたりは待たせていた車に乗り込んで、すでに帰路に就いている。いつぞやのように双方から同乗を薦められたが、今回も固辞。やっぱりさすがにダメでしょ――と思うとともに、先生に訊いてみたかったことがあったのも理由のひとつだ。
「……それで?」
「いや、その……」
しかし、どう切り出したらいいものか。思い切りプライバシーに関わる部分だと思うし、いくら幼なじみだと言ってもそんなことを訊いていい立場ではないわけで。
今更だが、本当に意気地が無い。
「ふたりのことでしょ?」
「え、あー……、はい、そうです」
まぁ、そりゃ気付きますよね。
「正直言うとね、私も入ってくれるなら入って欲しかったの」
「……あ、そうだったんですか?」
入局に前向き側の意見だったとは思っていなかったので、声が少し高くなる。
「だって……、ねえ? さっきの聞いたら、そりゃあ『欲しい』でしょ」
「まぁ、そうですよねえ……」
誰だってそう思うだろう。実力の違いのようなモノを見せつけられて、刺激を受けないわけがない。
「もちろん、それ以外の理由もしっかりあるのよね」
「というと?」
「そもそも生徒さんの意思なんだから尊重されなくてはいけないわけだし。やりたいと言うならやらせてあげるのが本筋。もちろん、様々な事情がそれぞれにはあるけれど、その事情に対して障害や問題が発生しないのであれば、みんな自由でなければいけないわけよ」
「……ですね」
敬明学園は基本的に自由な校風でやっている学校。昨今話題の理不尽校則は無いが、それ相応の厳しさを持った校則はある。だが、そこから外れさえしなければ、しっかりと自由が謳歌できるのがこの学校だ――と入学説明会で理事長先生が言っていた。
「ただ、……やっぱり一筋縄じゃ行かないのよ」
何だろう。素人の俺には当然わからないので、とりあえず先生にその先を話してもらうことにする。
「関東の方には芸能コースもあって彼女たちみたいな子が結構な数居るんだけれど、やっぱりあっちは……
良い関係性。
曖昧な言い方だが、たぶんその相手は芸能事務所ということになるのだろうか。
だとすれば、そちらや、あるいはその業界を含めて、向こうの人たちからの反感を買わないように配慮をしているということだろうか。
そうだと仮定すれば、たとえば学校行事と撮影が重なれば、当然撮影を優先しろ――とか。その辺りが相場か。わからないではないが。
「彼女たち、向こうからわざわざこっちの方に鞍替えしてきたから、それ相応の事情があるのかもしれないしね……。だから、一応先方の偉い人とかに掛け合ってみてね、っていう話をさせてもらった次第よ」
言われて、振り返るのは先日のランチ。芸能コースの話をしたときにふたりとも表情が薄ぼんやりと曇ってきたのを思い出していた。
――あれはまさか、そういうことだったのだろうか。
「あと、そもそも私が『指導』をしちゃって良いのか、っていう根本的な問題もあってね」
「あー……なるほど」
もしかすると、そこがいちばんセンシティブな部分かもしれないとさえ思える。
「……難波くん、何か思い当たる節がありそうな顔してる」
え、何でバレた?
いや、わかるか。
「そういうことでは、……無いんですけど」
「そーお? ……まぁ、いいわ。気付かなかったことにしてあげるから」
確信されている。が、それならそれで良い。ありがたく気付かなかったことにしてもらっていた方が安心だ。さっきわざわざ話に出さないようにした部分を、自分から開示するようなものだ。
「話をするべきところはそんな感じかなー……、って思ったけど、そんなところでさ。ひとつ確認したいんだけど、イイ?」
「何でしょう」
小さく息を吐こうと間もなく、何かが飛んでくるらしい。
しかし先生の質問の矢は、予想以上に早く飛んできた。
「ふたりと難波くんって、どういうカンケイ?」
「ふぇっ!?」
藪から棒にそれ!?
「動揺してるぅ」
「ち、違います!」
どうにか呼吸を落ち着かせて、できるだけ正直なところを話すことにした。幼稚園の頃の幼なじみだということは強調したが。
「信頼されてるんだね」
「……そうなんですかね」
だとすれば嬉しいことではあるが。
「だったら、そんな難波くんにお願い」
おふざけの顔ではなかった。
「ふたりの話を、できるだけ聴いてあげて。先生とかだけじゃ聴き切れないし、話せないようなこともあるだろうし、……他の生徒たちも、ね」
――そういえばと思い出すのは、彼女たちのプライベートのスマホのこと。
「そのあたりと比べたら、難波くんは親身になって聴いてあげるだろうし、ふたりも話しやすいと思うから」
俺は、ただ頷くことしかしなかった。
〇
先生に言われたからというわけではないが、何か少しでも話して楽になれるようなことは無いか――そんなことを聴こうとしていた夜。
悶々とその文章を考えていた俺に、ふたりからメッセージが届いた。
ただし――。
――グループではなく、個別で。
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