§3-VII. 夜はプライベートな時間


「……え」


 通知を凝視しながら、心はどこか上の空。


 メッセージの内容はどちらも話題を振るモノ。『今だいじょうぶ?』と『遼成くん、今って時間大丈夫かな?』で、ふたりの声で脳内再生がされるような短い文章だった。


 学校に居るときの雰囲気から察する話の内容は、間違いなく放送局関連。あの後で即刻それぞれの事務所の人たちと話をしてみた――とか、そんな感じだろうか。


 ただ、わざわざ俺に暇かどうかを訊いてくるのには、少しばかり不安なところはあった。


 もし色の良い返答を事務所の人からもらったのなら、とくにマナちゃんあたりだったら――


『放送局入ってイイって言われた!』


 ――とか、どストレートに言って来そうな感じがする。


 もちろんマナちゃんだけじゃなくて、まみちゃんにも言えるのだけれど、そこをわざわざこういう言い回しにしてきたということは、俺にも何か相談事があるのかもしれない。そんな気がした。


 とにかくこれはチャンス。じん先生にも言われているとおり、何らかのネタをひっそりと訊き出せれば御の字。もちろんあからさまな訊き方はダメだけど。


「……っと」


 そんなことをぼんやり考えている間にも時間は過ぎていく。ひとまず時間は大丈夫だということをふたりに答えて、さらなる返しを待つことにした。


 返事はすぐだった。



 ――『条件付きだって言われて』


 ――『そちらにお世話になるのも良いことだと思うけれど、ちょっとした条件があるって』



 示し合わせたように同じことを双方のマネージャーさんかそういう立場の人に言われたようだ。


 ならば、同じ質問を投げかける。



 ――『それは、難しい条件なの? もちろんその条件は俺に言わなくても良いよ』



 秘匿しておかないといけないこともあるだろうし、過度に踏み込まないように。余計なお世話かもしれないが、そこら辺は一応配慮して訊いてみる。


「……ん」


 今度は返信内容を考えるのに時間がかかっているらしい。やはり言いづらいこともあるらしいので、もう一度『言いづらいなら言わなくてもいいから。難しいか簡単かくらいで全然構わない』と付け加えておいた。


 それでもしばらくして、先に返信を寄越したのはまみちゃんの方だった。



 ――『ちょっとだけ、むずかしいかも』



「む……」


 思わず唸ってしまった。言いづらい上に、難しいのか。何だろう、さすがに気になる。気にならないわけがない。


 だが、踏み込みすぎないと決めたのでここは理解をした上で、少しでも前向きになることを言ってあげたい。



 ――『そこそこ、かなぁ』『くわしいことは言えないけど』



 文面を悩んでいるタイミングでマナちゃんからも返信。中身は、やはり同じ。


 このふたり、事務所は違うのだが、どうも担当しているマネージャーさんや事務所自体の考え方やスタンスは似ているらしい。最近は学業をしたいと言ったタレントに無理強いをしないところもあるようだし、学生兼務のタレントの扱い方はこうするべき――みたいな虎の巻でもあったりするのだろうか。


 それはともかく。


 悩んでますアピールのスタンプで時間をちょっとだけ稼いで、文面を考える。



 ――『難しいかもしれないけど、それをクリアすれば良いんだよね?』



 恐らくはコレで肯定の返事か来るだろう。


 そう期待していれば、予想通り。


 だったら、こうだ。



 ――『だったら、おいでよ』



 これしかない。


 ふたりは俺たちの活動に興味を持ったからこそ見学したいと言ってくれたわけだし、ああして神野先生に直談判にも似たような言い方をしてくれたわけだ。意欲が無ければあんなことまでしないはずだ。


 それにこのふたりには、どこか『青春』めいたモノに憧れているようにも見える節があった。


 それもそうだろう。学業優先と言ってこっちに帰ってきたが、それは単純に机に座ったお勉強だけをするためなわけがない。


 最初の日のホームルームで夏季体育祭の出場種目決めのときにやる気満々で出たい競技を伝えたふたりだ、行事だってしっかりやりたいに違いない。恐らく部活動だってそうだろう。できたら加入したいはずだ。


 ドラマや舞台の中にあるようなお芝居ではない、リアルな『青春』を、自分のモノとして感じたいはずなのだ。


 だったら、それを妨げる理由なんて存在しない。


 存在しちゃいけないんだ。



 ――『もしその条件達成が難しかったりしたら、俺も手伝うよ。ちょっとは力になりたいし』



 だから、俺はそう返信する。


 ふたりからの答えは本当に一瞬で飛んできた。



 ――『ほんとに!?』『ほんと!?』



 変換の手間すら惜しむような文字列に、ちょっとだけ笑いそうになる。


 けれど、今はちょっとだけ真面目な話をしているので、何とか我慢する。こんなにも簡単にふたりの顔と声が頭の中で再現可能だと、なかなか大変だ。



 ――『俺からも先生に言っとくし。何かあったら俺に言ってくれればいいし。いつでも受付中だから』



 何はともあれ、どんと来い的なポーズを取っておく。どっしり構えておかないとさすがに不安になるだろう。頼りになる人ばかりの放送局ではあるが、出会って間もなくではまだ難しいかもしれない。


 あのふたりほどのコミュ力があれば大丈夫か、と思わないでは無いが。



 ――『だから、俺は入局歓迎するよ』



 そして、締めとして続けざまにこう言っておく。ドヤ顔で言ってる感もあるので、送信してから恥ずかしくなってきたのはご愛嬌だと思う。深夜テンションのせいだ、きっとそうだ。そうに違いない。


「……あれ」


 それを自覚したのは、ふたりの返信が遅いから。


 先ほどまでの適度なテンポ感はどこへやら。会話をするような間隔からいきなり分単位に広がれば、さすがに不安になる。


 やべえ、やっぱり滑ったか。クサいセリフなんて、俺にはやっぱり似合うはずがない。


 羞恥心で冷や汗がたらりと落ちてきそうになった頃合いを見計らったように、ふたりの返信が重なった。


「心臓に悪いって……」


 そのまま無視されたらマジで浮かばれない。優しいふたりで助かった。


 そんなことを思いつつ、メッセージを見る。



 ――『私が入ったら嬉しい?』

 ――『あたしが放送局入ったらうれしいかな?』



「……ぉ」


 これは、――どう考えたらいいんだ?


 一瞬色惚けた考えが過るが、どうにか振り払う。


 深く考えるな。というか、勝手に考えるな。


 そのまま読み取れ。どんな現代文を読んで設問に答えるよりも簡単だろうが。


「仲間が増えることに、俺はどう思う? ってことだろうな。うん」


 そうに違いない。


 深呼吸をひとつ、ふたつ。


 一度立ち上がり、少し背伸びをして背筋を伸ばしつつ、肩甲骨を動かす。


 落ち着くためのルーティンを消化して、着席。


「……」


 それでもちょっとだけ、自分に都合の良いことを考えてしまう。


 まさか、そんなことが。


 ――いやいや、有ってたまるか。


「まぁ、……でも」


 嬉しいか、嬉しくないかの2択で訊かれていることを、努めて冷静に思う。


「だったら……」


 回答は、ひとつしか無いだろう。




     〇




「あはは……」


 最後におやすみのスタンプを送り終えて、あたしはちょっとだけ笑う。


「……リョウくんは優しいな」


 話も聞いてくれて、力になるとも言ってくれて。


 そして――。


「ま、でも、ちょっとだけ勘違いしてる気もするけど」


 あれは、たしかにそういう意図でも言ってる。でも、もうひとつ意味を持たせていたんだけど、そんなに伝わっている気はしない。


 もちろんここですんなり伝わられると、あたしが困るし、きっとマミカちゃんも困る――気がする。


「ま、いっか。……まだ、今は」


 だから、今は、これでイイはずなんだ。



 


     〇




「これは……」


 おやすみの一言を添えて、それに対する遼成くんの反応をチェックしてから、私はスマホを置く。


「伝わりきってなさそう、かな」



 ――『そりゃあ、仲間が増えたら嬉しいよ』



 うん。たしかにそういう意味にも取れるし、そういう意味に取ってくれたら安心だったから、一応あの質問は役目を果たしてくれたけれど。


 ちょっとその方向性が強かったようだ。


「鈍感さんめ」


 そんな気はしてたよ、遼成くん。


「でも、今はコレでいいのかな」


 あの週末と同じく話も親身になって聞いてくれて、しかも力になると言ってくれて。


 ――今の私にはこれ以上ないことだった。

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