§3-5. 本当の目的
きっちり15分の練習時間を経て、2度目の本読みが始まり、そして終わった。
結論から言えば、『やっぱり本職はすごい』。その一言に尽きる展開だった。
今回の原稿はラジオドラマ。ナレーションにセリフといった構成で、ふつうの原稿と比べれば話す内容は多岐にわたる。
そりゃあもちろん、国語の授業で教科書の音読をするくらいなら、とくに練習は必要ないかもしれない。小学生なら音読テストがあるかもしれないので練習の必要はあるかもしれないが、生憎俺たちはすでに高校生である。そう言ったテストとはほぼ無縁になった年代だ。渡されたモノをただただ読むだけならば問題はないだろう。
では何に驚かされたのかという話だが、俺たちが普段から練習を重ねていて出せるクオリティに全く退けを取らないモノ――あるいはそのクオリティを上回ってさえいるようなモノを、初見の台本に対してわずか15分の下読みで見せてきたことだ。
本業が女優のまみちゃんは、圧巻のひとこと。ナレーション部分の聞きやすさはもちろんだが、やはり台詞回しはさすがだった。思わず息を呑むようなところさえあったから恐れ入る。場の空気が一変するというのを実際に体験したのは、正直言って初めてだった。
片や本業がアイドルのマナちゃんも、全く見劣りしない。聞き劣りというのが正解だろうか。まぁ良い、
言うなれば、まさに『住む場所が違う』。この言葉の意味が身に沁みた本読みになった。
それはきっと俺だけじゃなくて、他のみんなも感じたと思う。見ればわかる。いつもの本読み後と比べて、皆の表情が全然違う。もちろん充足感かもしれないし、あるいは畏敬の念にも似たようなモノかもしれない。いろいろな感情が綯い交ぜになっていた。
「はいっ。それじゃあ、今日の1回目の反省タイムです」
〇
「……ということで、今日はこの辺でおしまい。……お疲れさまでした」
「お疲れさまでしたー」「っしたー」
この見学会からそのままの流れで始まった本読みは、結果的には大成功だったと思う。
本職のふたりから刺激を受け、さらには自分たちが井の中の蛙であることを思い知った俺たちは、このふたりも巻き込んでの大討論を行った。盛り上がりすぎて部活動の終了時刻ギリギリまでやっていたことに誰も気が付かないくらいで、ようやく帰り支度を整え終わったところだった。
活動が長引いた原因は本職ふたりへの
『いやいや、そんなことないですっ』
『むしろ私たちこそ、最初の本読みのときに刺激を受けたんですから』
マナちゃんもまみちゃんもそう言って恐縮していたが、そんなことで聞く手を止めることはなかった。
もちろん素人目に見ても、ふたりの力量は俺たちの比ではないのは明らか。同い年くらいだとは言っても、演技の道を歩み始めた年季が違う。軽く見積もったとしてもマナちゃんで3年以上、まみちゃんに至っては6年以上のキャリアがある。比べること自体が失礼という話だった。
さて――。
限界時間までの活動を終えて大部分は早々に帰路に就いているのだが、マナちゃん、まみちゃんに加えて、何故か俺までが、神野先生に連れられて職員室の隣にある応接室の様な部屋にいる。施錠などの関係で放送室に長居するのは面倒だということで移動となった次第だ。
「さてさて、3人に残ってもらったのは他でもありません、っと」
重たい話をしたいのか、それとも逆なのか。その口調からは読みづらい。俺たちはそのまま神野先生のセリフを待つ。
「まずは、見学に来てくれてありがとうっていう話と、本読みに飛び込ませちゃってごめんなさい、っていう話をしっかりとさせてもらいたくて」
「こちらこそ、ありがとうございますっ。こんな時期に、しかも放送局の活動の予定もある中で貴重な経験をさせていただいて。楽しかったです」
「私も、むしろ飛び込みで体験させていただけるなんて思ってなかったので、すごく嬉しかったですし、楽しかったです。……ああいう感じのは初めてで難しかったです」
「ホント? ……でも、さらっとこなしているように聞こえて、『わぁ、さすがだなぁ』って思ってたのよ?」
先生もそう思ってたのを知ってちょっとだけ安心。
「そっか。ラジオドラマ形式は初めてか……、なるほどね。普段はカメラの前で動きも付けながら、って感じだものね」
「ですね」
そう言ってまみちゃんが頷く。
「その分感情表現とかもいくらかは付けやすいんですが、座ったままセリフだけでっていうのはなかなか」
「今後は声優のお仕事とかもあるだろうし、声だけの演技の練習もしたら楽しいかもね……ってそんなこと演技のお仕事をしている四橋さんに言うなんて烏滸がましいね」
「いえいえ、そんなことないですっ。皆さんに刺激を受けて、そういうのもやっていかないとなーって思ってたくらいで……!」
そう言われると悪い気はしない。エラそうな物言いだけれど。
と、神野先生の視線がマナちゃんに向けられた。
「
「あ、はいっ。……私は、ホントに数回だけ、ラジオのお仕事の中でミニドラマをやったことがあったんですけど」
それは知らなかった。ふたりの活動を追いかけていたわけではなかったのを、改めて少し悔やむ。
「でも、その時は全然手応えみたいなのが無くて。……他のメンバーの子たちも大部分はそうだったんですけど。でも今日リョウく……じゃなくて、
思った以上に、俺たちの活動はふたりから高評価を付けてもらえていたらしい。
だけど先生、『リョウくん』は聞き流して欲しかったんですけど。――そんなニヤニヤした顔でこっちを見ないでください。まさか俺もこの場に残したのはそういう理由ですか?
「それは私たちからも言えることだから。とくに2年生なんて、……ね。質問攻めにしちゃって。あんなに熱心になるのを見るのは初めてだったかも。すごく貴重な見学会にしてもらって、ありがとうね」
深くお辞儀をする神野先生。その姿に少し困惑したらしいふたりは俺に視線を寄越してきた。俺も感謝の気持ちを込めて先生に合わせて軽く礼をすれば、納得してくれたようで満面の笑みとともに礼を返してくれた。
「えーっと……それで、何ですけど」
「ん?」
話も落ち着いたと思ったところで、おずおずとマナちゃんが手を上げた。
先生もこれでお開き感を出そうとしていたらしく、少し差し込まれたような顔になった。
「どしたの?」
「あの、……入部? 放送局だから『入局』っていうんですかね? その話を……」
――え?
「あ、私もなんですけど……」
――んん?
「……え? あれ? そこまで本気で考えてくれてたの……!?」
俺も、恐らくは先生と同じ目――まん丸に見開かれた状態になっているはずだ。
――だって、まさか入局まで視野に入れた見学依頼だなんて、思うわけがないだろう。
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