§3-4. 突然の参加


 名目上では『部活動見学』。それ故、この後はそもそもこの見学会が存在していなかったときに予定されていた全員での本読み練習を、ふたりにも実際に見てもらうというのが見学メニューになっていた。


 だが、わかる。何となくだが、理解できている。じん先生がその予定通りの動きを取りやめようとしている雰囲気がわかる。


「まぁ、ほら。ね?」


 こちらの視線に気が付いたのか、俺が思わず「何がですか?」と問いたくなるような笑みを向けてきた。


「えーっと……? この後は本読みですけど、……それはやりますよね?」


はやるよ、うん。安心して欲しいな」


 やたらと指示語を強調してくる。じゃあ、『そこじゃないところ』はどうなんだと言いたくもなる。どこか不穏当なモノを隠していそうだが、それをあまり隠そうとしないあたりは神野先生らしいところではある。これ見よがしというか、何というか。基本的にはわかりやすいモノではあるが、こういうタイミングでやられるのはちょっと困る。


「予定通りに、ですよね?」


 敢えて突っ込んでみる。


「まぁ、それはホラ。『予定は未定』って言うし」


 あっさりいなされた。むしろ、突っ込まれ返された感すらある。


 ――え、かなり不穏な物言いじゃないですか、それって。


「え。ちょっと待ってください。ホントにどうします? やります?」


 さすがに心配になったのか――というか、心配にならない方がどうかしているかもしれない。局長――一般的な部活動で言うところの部長に相当――のひろゆき先輩が訊いてくれた。すかさずと言ったタイミングで本当に助かる。


「あぁ、やるやる。大丈夫、それはするから安心して。というか、早速始めちゃおう。みんな準備して」


 空気が少し変わる。先生の声色が普段のゆるい感じのモノから集中モードに切り替わったのを、局員たちは聞き逃さない。入りたての頃なんかはこの空気感の変化に戸惑ったものだが、今はそんなことはない。きっと来年になれば入ってくるだろう新入局員たちも同じ経験をすることになるのだろう。


 しかし、マナちゃんとまみちゃんは、場慣れしているというか何というか。今の些細な変化にもしっかりと食らいついてきていた。やはり収録でも撮影でもロケなんかがあったときでも、カメラが回りはじめたら集中モードに切り替わったりするものだのだろう。こういうところに『違い』が出てくる。


 いつも通りの配置につけば準備完了。読む本の中身やその配役、諸々のバランスの都合で、この配置は少し変わることがある。今回はこの配置――ということで、俺の左には喜連川先輩、右には宮森さんが座った。


 ふたりにはどこから見てもらうか、という話になったが、とりあえず好きな場所から自由に見てもらって構わないというところに落ち着いた。その結果、マナちゃんはとくに座らず全方向から見ることを選び、対照的にまみちゃんは俺たちの正面からじっくり見るスタイルを選んだ。


「じゃあ、最初から」


 そこからはいつも通りに――と思いきや、始まるとすぐに神野先生が出て行った。いつもなら『その日最初の読みのチェックで今日の方針が決まる』と言って見逃すことはないのだが、どういうことだろうか。俺以外にも一瞬だけ『え?』という顔をした人は居た。ただ、その感情変化を声にして漏らさなかったあたりは、全員なかなかに冷静だったと思う。


 とくにつれがわ先輩は普段から表情変化が大きい人だが、どこからどうみても『あれ?』という顔をしていた。思わず顔を見合わせてしまったが、これは恐らく真横からじゃなくてもはっきりと解っただろう。




     〇




 果たして本日最初の読み練習が終わった。そして、そのタイミングを完全に計ったように――最後の読点が間を作り上げたその瞬間に、神野先生が帰ってきた。


「ただいまー。んー、タイミングばっちりね。オーケー、オーケー」


 先生の右手を見るとストップウォッチがあった。これはどうやら『タイミングを計った』ではなく、きっちりとタイミングを計っていたようだ。


 ならば、俺たちの読みの速度や間の取り方が、先生が想定していたスピードやタイミングと最終的には合致していたということになる。1発目からとりあえずの合格要素は作れたということで、今日はなかなかの出来と言えそうだ。


「さてさて、みんなの1回目の感想は後から訊くとして……」


 またここで予定外の動き。このまま感想戦というか、イイところや反省点を話した上で今日のテーマとなる練習をしていくのがいつもの流れなのだが――。


 ――と思ったところで、ひとつ気付いてしまった。


 右手にはストップウォッチが握られているが、その反対の手――というか腕の中。


 そこにあったのは紙の束だ。


「はい、コレ」


「え? あ、ありがとう、ございます……?」


 その紙を数度整えてふたつに分けた先生は、片方を近場に居たマナちゃんへ。


「はい、コレ」


「あ、ありがとうございます……?」


 もう片方は俺たちの正面に陣取るまみちゃんへ。


 ふたりともほとんど同じく、疑問符を頭の上にいくつか浮かべながらその紙束を受け取った。ただし、その疑問もすぐに晴れていったらしく、ふたりともすぐにその中身を凝視し始めた。


 ――一体、何なんだ。


「はい、それでは局員に告ぐ!」


 何か始まった。よくわからんノリだが。


「今、見学者のふたりに渡したのは、今の本読み原稿の写しです。……あ、もちろん秘匿事項なので、そのコピーはここに置いていってもらうし、読んだ中身は記憶から消してもらいます」


「えっ!?」「えっ」


 突然物騒なことを言われては、さしものふたりも原稿から即座に顔を上げた。


「あ、ごめんなさい。記憶から消すっていうのは冗談!」


「……ふぅ」


「びぃっくりしたぁ……!」


 悪趣味が過ぎる。それが本気だったとして、どんな手段を使う気だったんだ。延髄をチョップして相手の記憶をキレイに飛ばすなんていう荒技はフィクション世界だけだと思う。


「でも、その原稿を持ち帰るのは『ゴメンナサイ』なので、そこは理解してもらえると」


「それは大丈夫です、その辺りは遵守します」


 恐らく慣れたモノなのだろう。ふたりとも納得してくれた。


「……簡単に言うと、『本読みに参加してみて』ってことです。話も熱心に聞いてくれてたし、大丈夫かなと思って」


 たしかに、実際に原稿に触ってもらうというのは春の見学会でもやることはある。もちろんその時は人数や時間の都合上限られた数の希望者しかできないし、場合によってはできないこともある。


 今回の場合はふたりだけだし、時間はある。


 その上、ふたりは『本職』だ。そう言って全く差し支えない。まみちゃんはまさしく本業だし、メインこそ違うがそちらの仕事もこなしているマナちゃんもそうだろう。


「大丈夫かな。もし問題があったら、原稿を見ながら黙読してもらうようなスタイルになるけど……」


「やりますっ! 全然問題ないです! マミちゃんも大丈夫だよね?」


「うんっ。私も問題ありません、やらせてください」


 おおっ、といくつか歓声が上がる。それもそうだろう。同世代にしてその道で活動をしている子の、ある種仕事風景が見られる機会なんてそうそう無い。


「じゃあ、……そうだなー。ふたりとも何分後くらいなら大丈夫そう? それともすぐ入っちゃう?」


「……念のため5分とか10分とかいただけると安心します」


「私もそれくらいいただけたら嬉しいです」


「なら、15分で。その間は各自でトレーニングして、15分後また全員で」


 音読するタイプの人、黙読するタイプの人。トレーニングスタイルはそれぞれ。基本的には黙するタイプの人は放送ブースに移るのが暗黙の了解。だいたい半分ずつに別れての15分が始まった。




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