§II-X. いつか、かならず
「……同じ学生生活を送るなら、せっかくだったら地元に帰って
「あ! うん、うんうん! そうそう、そんな感じ!」
マミちゃんとほぼ同時のタイミングで、あたしはリョウくんの言葉に縋り付くように声を上げてしまった。
――空気を読んでくれた、というわけでは決して無いと思う。
だって、リョウくんはきっと、詳しい話なんて知らないから。
というかむしろ、あまり知らないでいて欲しいくらいだった。
昨日の教室でリョウくんが、あたしたちが出ていた映画を見てくれていたことを知って、たしかに嬉しかった。それは事実だった。だけど、――一瞬だけ、ヒヤリとしたのもまた事実だった。
自意識過剰かもしれないけれど、この業界にいて数多くの露出を狙う上ではその辺の意識は必須だと思っている。だからこそ、リョウくんはどこまで『あたしのこと』を知っているのだろう――そんなことがふと過り、『もしや』と思って肝が冷えた瞬間でもあった。
話を聞けば、見に行った青春モノの映画にたまたまあたしとマミちゃんが出ていただけであった上に、あたしたちを他人の空似だと思ってくれていたようだったので、本当に安心した。肩の力が抜けていくのをここまでハッキリ感じたのは久しぶりだったかもしれない。
正直なことを言ってしまえば、ここ最近のいろいろなことに辟易としていた。
もちろん見てもらえることや知ってもらえることは嬉しい。嬉しいというか――、そうじゃなければやっていけない世界なのだから、求められるモノを見せていかないといけないことくらいは理解しているつもりだった。
だけれど、そういう括り――というよりも『縛り』の中で、許されないことや看過できないことくらいはある。
そして、今の世の中、そこから少し隠れたりする権利もあるのだ。
以前の学校でも、その辺のセンシティブな内容のことを、今はほとんど居なくなった芸能レポーターのようにずけずけと訊いてくるような子もそれなりにいた。その都度苦笑いで返そうとはしてみたが、陰で何を言われているかなんてことくらいは、コドモじゃないから分かっている。どうせ「お高くとまってる」とか「鼻にかけてる感じがする」とかそういう内容だ。何せ、実際にこっそり聞いたこともあったからわかっている。
だからこそ、ありがたいのは本当のこと。
リョウくんは、触れてはいけなさそうな領域をすごく気にしてくれているのがよくわかる。そこまで気にしてくれなくても、リョウくんなら全然構わないんだけど――なんてことは思ったりするけれど、それでもきっと彼は踏み込んでは来ない。来てくれないと思う。それは彼らしい優しさだと思っておく。
そしてそんなあたしの昔を知っているリョウくんはクラス委員を務めていて、あたし以外の人もきっと信頼している人。彼が目を光らせてくれるようなところにいれば、以前みたいなことにはならないのではないかと期待してしまってもいる自分がいる。
まるでオアシスみたい――。お仕事をしているときに、褒め言葉としてそう言ってもらえたことがある。何でも「華やかで明るい笑顔がパッと見えると心が潤ってくるから」ということらしい。
その時はそこまでピンと来なくて中途半端な反応を返してしまったけれど、今ならわかる――きっと今のあたしのオアシスがリョウくんだ。
これからもきっと甘えさせてもらって、潤させてもらうけれど、今だけは許してね。
いつか必ず、あなたには言うから。
「全力で胸張っては言いづらいところだけど、……うん。任せといて」
「ありがとうっ!」
だからあたしは、このお礼に全力で感謝を込めることにした。
〇
「……同じ学生生活を送るなら、せっかくだったら地元に帰って謳歌したい…………的な話だったりするの、かな?」
「うん、私もそんな感じ」
だからこそ、今の遼成くんは、私たちのことをよく分かっているように思えた。
これも――恐らく愛瞳ちゃんも思っていたことだろうけど、『もしも遼成くんが
映画の話を知っていたことは驚いたけれど、それこそふわっとした知識だけで安心した。だからこそ「見てくれてありがとう」という感謝だけをシンプルに告げることができたと思う。
本当のところなんて知る由も無いだろう。憧れ産業なんて言われ方をするけれど、それでも成り手不足は怖いという。マイナスイメージが付いた娯楽なんて、誰も拾おうとすらしなくなってしまう。そういった戦略には必要以上に神経を尖らせる必要がある。ごく稀にネットでそういった情報を拾われてしまった場合の末路なんて――想像したくもない。雑誌なんかよりも質が悪い。
何せ、身近でいくつかそういう話を目の当たりにしたこともあるのだから。
それ故に、こうして少し離れてみたくなってしまったのだから。
恐らく今の環境は最後のチャンスとも言える。
もちろん仕事の量はセーブするとは言ってあるが、それでもゼロにはならないようにしてもらえることにはなっている。ありがたいことにお仕事の話は来ているからそれを逃すことはないけれど、その上で喧噪からもある程度は離れることができた。
何人かのクラスメイトと話はしたが、今のところ興味本位でおかしな質問を投げつけてきそうな空気にはならなさそうな気もしている。それは、遼成くんとそのお友達の学級委員コンビの雰囲気のおかげだった。今のクラスでいる限り、そして遼成くんの側に居る限り、あんなことにはならないような気がしていた。もちろん向こうの子たちを悪く言うわけではない――当然、今でも仲の良い子は居る――けれど、桜ヶ丘高校のみんなは良い意味で「擦れていない」感じがあって、そういう意味では気持ちが楽になった感じがした。
もちろん久しぶりに地元に帰ってこられたというのも、気持ちが楽になった理由だと思うけれど、きっとそれだけではない。昔の友達の声を聞いたりしたことも当然リラックスできた要因だろうけど、それだけではない。私の幼少期を本当によく思い出せる存在で――私の心のどこかにはずっと居てくれた人のおかげだ。
憧れている役者さんは何人もいる。小学生のころなどに画面越しに見た人もいれば、実際にお会いして衝撃を受けた人もいる。誰かの心にずっと残り続けられるような演技がしたい、そんな女優になりたいという目標はあるが、それはきっと自分にとっての遼成くんのような存在になることと言っても過言では無いと思う。
もちろんこんなことを言ったら遼成くんは驚くだろう。「いや、役者じゃないから」なんて言って困惑するだろう。だけど、いつかは彼に、その真意といっしょに伝えたいという気持ちはある。
いつのことになるかは分からないけれど、必ず――その時を迎えられるように。
「全力で胸張っては言いづらいところだけど、……うん。任せといて」
「ありがとうね、
今は全身全霊の感謝と親愛を込めて、この言葉を贈ります。
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