第3章: 放送局にアイドルと女優がやってきた
§3-1. 突然やってきた課題
夏休み明け最初の週も真ん中を過ぎた頃合い、木曜日の昼休み。食堂もある我が校にあって、ウチのクラスの面々は最近教室で弁当を広げる生徒が増えたと思う。
その原因は、とくに考えるまでもない。
俺と
要するに、そういうことだ。報道規制とか非常線とかいうわけではないが、人の壁で廊下側からの視線をガードする意味もありやなしやという話。
週明けの月曜と、その次の日くらいまでは廊下から9組の教室を伺おうとする他クラスの生徒や上級生もいたが、この態勢が敷かれてからは概ね諦めたようで、今日は今週でいちばん平和だった。
せっかくの休み時間、気持ちが休まらないのは良くないだろうというわけだ。
誰だってそうに決まっている。休み時間は休みに充てるべきだ。
「いただきまーす!」
「いただきます」
俺が作ったわけでもないのに勝手に「ハイどうぞ、召し上がれ」なんてことを言いたくなるくらいの笑顔でご開帳。
「ハイ、召し上がれー」
「それ、一昨日も言ってたね」
まみちゃんが微笑む。
――俺と同じ事を思っていたらしい正虎が、本当にそんなことを言う。空気を読んだ結果、こいつは今日も『言うべきだ』と判断したらしい。コイツの言動は俺と対極にあることがそれなりにあるが、まさに今それが発動したような恰好だ。
「あはは! もしかして、
「いや?」
「即答! しかも、できないんかい!」
そう言って、マナちゃんはさらに笑った。上機嫌である。
「家庭科はなぁ……。食器洗いくらいは任せとけって言えるけど。……ああ、そうだ。レトルト食品とか冷凍食品の盛り付けと、あとは誰かが作ってくれた料理を食べるのは得意だな」
「……それは自慢になるのか?」
「オレはこれから、そういうことを自慢することができる社会を作り上げていこうと思うんだが」
野望はデカいのは良いことかもしれないが、その中身がからっきしすぎてダメだろう。メシをウマそうに食うのは、人によっては
「どういう活動から始めるんだよ」
「それは、今みたいなときからだよ。千里の道も一歩からっていうだろ」
反応していくのも面倒なので、ここら辺で泳がせておくことにした。
「あ、そうそう。そういえば、って話なんだけど」
と、そんなタイミングを見計らっていたかのように、マナちゃんがこちらを見てきた。何だろう。明らかに話のネタは俺が持っているらしい雰囲気だが、とくに心当たりはない。
「リョウくんに訊きたいことがあったんだー」
「ん? 何?」
やはりと察しつつも、やっぱり心当たりはないので、表情には何とか出さないようにしつつどんなことが訊かれるのか、その候補をリストアップしようとしてみる――が、そんなことなんて出来るわけもない。
「リョウくんって、放送局に入ってるでしょ?」
「あ、うん」
意外にも、その質問の内容は俺の普段の活動についてだった。
俺が放送局に入っていることは、始業式のときに執り行われた表彰式でふたりも――というか、あの時寝落ちしていた生徒を除けば校内の人間すべてが耳には入れてある話だった。それに関してはとくに不思議なことはない。
「何かあった?」
「具体的に、普段はどんなことしてるのかなーって思って」
「あ、そうそう。私もそれはちょっと気になってたんだよね」
まみちゃんも箸を一旦置いて話に入ってきた。
しかし――具体的に、と来たか。何から話したらいいものか、迷う。やっぱりここは取っ付きやすいかもしれないということで、ありがたいことに俺が実際に表彰を受けた部分から説明をするのが良さそうか。
「だったら、見学とかさせてもらったら良いんじゃない?」
――とか何とか考えている内に、正虎に先手を奪われた。
「見学……ねえ」
今すぐ説明が欲しいのでなければそれがいちばんの紹介にはなるが、今のマナちゃんのどうなのだろう。その疑問は果たしてそういうタイプのモノだったのだろうか。
「うーん……」
どういう反応をしてくれるのかと思えば、意外にもマナちゃんは悩んだ。頬に指を充てて唸る姿は、正虎が鼻の下を伸ばす程度にはハイレベルだったらしい。
他のヤツらもわりとうっとりとした視線をこちらに向けていた――が、俺の視線に気が付くと、一気に俺に対してジト目を繰り出してくる。
呪詛が含まれないあたり、ウチのクラスの面子は優しい。他クラスだとこうは行かない。
「それが出来たら嬉しいけど、そういうのってやっぱり4月とかのタイミングじゃないと難しいんじゃないかな、って思って」
「さすがに私たちも、普段の活動の邪魔になるようなことはしたくないから」
どうやら俺たちへの配慮をしてくれていたようだ。
「優しいねえ、ふたりとも」
うんうんと正虎が何故か幸せそうに頷く。そして、俺の方に向き直った瞬間に、ぺしんと軽い平手を俺の背中にたたき込んできた。
何なんだ、一体。
「言われてみればたしかに、部活動見学をきちっとこなす時期は終わっては居るか……」
ああいうのは5月の連休前に終わってしまうのが大抵。そもそも編入生が来るということは多いことではないだろうからかなりイレギュラーなわけで、そういった対応はされないのがふつうなのかもしれない。
「んー……」
悩む。というか、迷う。こちらの状況をしっかりと慮ってくれたふたりに対して、何か返せるモノがあれば返してあげたいと思うのは人情だろう。
そう、人情だ。きっとそうだ。何かそこに歪んだ考えなど存在しないはずだ。
しかし――、さっきからやたらと熱心な視線が何故か正虎から飛んできているが、その理由はよくわからない。何かを言いたいということだけはわかるので、その理由を聞き出すためにも一応視線を合わせてやることにした。
「何だ」
「そうは言っても……、って話よ」
「何が?」
遠回しな物言い。
「ふたりは編入生なわけだろ?」
「まぁ、な」
それは事実だ。
「だったら、新しい環境に飛び込んだばかりのふたりのために、
「お、俺がか」
放送局がとかじゃなく『俺が』なのか。
責任をひとまとめにして押しつけられたような感覚はある。それは確かだ。
だけどさすがに、自分たちに興味を持ってくれた人――しかも、他ならぬこのふたりの希望を無碍にすることはできない。そんなことをしてはいけないとも思うのも確かだった。
「うん、わかった。ちょっとみんなと掛け合ってみるよ」
「え!」
「ホントに?」
恐らくだが、前もって言っておけばいろいろと融通は利くはずだ。常日頃の活動をゆるゆるの雰囲気でやっているわけではないが、かと言ってそこまで厳格に縛られたような環境でもない。
どんな活動であっても適度なリラックスは必要だという発想が根底にある。
「でも、……そうね。あんまり過度な期待は禁物ってことで、ゆるく返事を待っててもらえるとこっちも助かるかな」
「そんな! むしろあたしたちが無理を言ってるんだから、リョウくんがそこまで言うことないから!」
一応は言い出しっぺに充たるのだろうか。そんなマナちゃんは大きめに首を左右に振りつつ平気だと俺に告げている。
でも、その目は、やっぱり期待感を隠せていない。それくらいは何となくわかる。
期待感を
ならばここはやはり、どうにかするのが俺の役目というヤツだろう。
――ちょっと、がんばってみよう。
誰にも言わずこっそりとそんなことを思いながら、俺はラスイチの唐揚げといっしょにご飯を飲み込んだ。
〇
彼女たちにとっては『吉報』となるお知らせを送れたのは、その日の夜だった。
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