§2-9. 笑顔は最高のスパイス


「あたしもマミちゃんたちの歌とダンス見たんだけど、かなりレベル高いことやっててびっくりしたんだよねー」


「えー? 絶対ウソだよ、それは」


「そんなことないって!」


「そんなことあるっ」


 褒めるマナちゃん。しかしそれを断固として否定するまみちゃん。照れながらも受け入れるかと思いきや、頑な態度を崩さない。


「私、歌はまだしも、ダンスをまなちゃんに褒められるだけは絶対にありえないと思うんだよねー……」


 そういえばふたりの女優業の方は件の映画でチェックしたことはあるが、アーティスト系のお仕事はそこまで見てなかった。アイドル業の方がメインのマナちゃんの方はともかくとして、メインが俳優業のまみちゃんの方は音源や映像を探すのに苦労するのだろうか。さすがにここまで恥ずかしがるような態度を見せられてしまうと、動画のURLを教えてほしいなんてことは絶対本人には言っちゃならないことくらいは察する。


「現役アイドルさんと同じ土俵に立てるわけないでしょ?」


「そんなことないんだけどなぁ」


「だからぁ……」


 このままだと永遠に平行線を辿りそうな気もしてきたので、一度話題を変えてみることにする。さっきのまみちゃんの台詞の中で、少し気になるモノがあった。


「そ、そうだ。もうひとつ訊きたいことがあってさ」


 どうにか口を挟めば、ふたりはあっさりと俺を注目してくれた。そこまでヒートアップしていないようで安心した。――まぁ、このふたりの仲良し感を見れば、じゃれ合いみたいなモノだったのだろう。


「……学業優先にシフトっていうことって、あるんだなぁって思ったんだけど」


「うん。結構あるよ、そういうこと」


「だね」


 ふたりがほぼ同時に頷いた。どちらの業態にもあり得る話らしい。


「むしろ、最近だと結構主流って言ってた」


「あたしの方も」


「へえ…・・・、そうなんだ」


 たしかに大事かもしれないが、俺にとっては少し意外だった。前時代的な発想で考えが固まりすぎているのかもしれない。現代の若手芸能界はそうなっているのか。


「実はあたしたち、最初は首都圏むこうにあった高校にいたんだけど……」


「ああ、その話はチラッとだけど聞いたね」


「あれ、そうだっけ?」


 マナちゃんは小首を傾げるが、まみちゃんは気付いているようだ。


「ほら。最初に自己紹介したときに先生がちょっとだけ言ってたでしょ」


「あー、……そだっけ?」


「そうなの」


「あたし、『わー、このクラスなんだ、楽しみー!』ってなってたからかなー」


 それは、マナちゃんらしいというか何というか。その辺り、わりと大雑把というか、あっけらかんとしている節はある。


「ウチの系列校だって話だったけど」


「そうそう。あっちの方だと芸能コースとか通信課程もあったんだ」


 それは知らなかった。というか、姉妹校の芸能コースなんて調べる理由が特に無かったので、俺が知る由もないのも当然だった。


「まぁ、……あったんだけど」


「うん、ね。あったけど、ね」


 芸能コースというならば、やはり周りはみんな芸能人なんだろう。昭和の時代のナントカ学園の華々しい話なんかはたまにテレビでも話題になるが、今はどうなんだろう。


 ――というか、ふたりの表情が曇ってきたのだが。


 何だ。何故だ。


 屈託のある表情とでも言うべきか。それまでの楽しそうだった雰囲気が、あっという間に消えていきそうな予感すらしてしまう。


 もしや、あまり良い思い出がなかったりするのだろうか。


 だとしたら、やはり触れない方が良かった話題だったりするのだろうか。


「……同じ学生生活を送るなら、せっかくだったら地元に帰って謳歌したい…………的な話だったりするの、かな?」


「あ! うん、うんうん! そうそう、そんな感じ!」


「うん、私もそんな感じ」


 探るように言ってみたが、思いの外反応が良くて、こちらが一瞬たじろいでしまう。


 何だろう。気になる。


 気にしないようにするなんてことができるほど俺の精神は育っていないのだけれど、それに直接触れることが正しくないということを理解できるくらいには俺の知能は成長している。せっかくまた朗らかで穏やかな笑みが帰ってきたのだから、これをみすみす投げ捨てるような真似をする必要なんて皆無だ。


「なるほどねー……。じゃあ、向こうで入ってた学校が、こっちにも系列校があってラッキーだった感あるね」


「いやー、ホントそれなのっ」


「……あはは」


 マナちゃんは大きく頷くが、まみちゃんはソファに軽く背を預けて苦笑いした。


 ――これは、どういう?


「あ、えーっとね。遼成くんはもしかしたら知ってるかもしれないけど、ここの学校の編入試験って実は入学試験よりもちょっと難易度上げてるんだって」


 チラッとだけ、ウワサ話程度のしんぴょうせいで耳に入れたことはあるが、本当だったのか。それは勉強になった。数度頷きつつ、続きを促す。


「でも、それって他校……というか、他の私立校とか公立校からの編入の場合で、同じ系列校の場合はちょっとだけ便宜図ってくれる場合もあったらしいの」


「へえ……」


 そっちは完全に初耳だった。そういうこともあるのか。


 しかし、納得感はある。同様の扱いをすることで他の系列校などに行かれては困る――的な話があるのだとしても、話は通る。他から入る生徒のレベルは上げつつ、既に入っている生徒は外に出さない。なかなかの手法だ。――真意は定かではないが。


「…………ん?」


 ここまで薄らと考えて、あるひとつの予測が立った。


 顔ごとしっかりとマナちゃんを視線で捉えれば、彼女は口笛を吹くような素振りをしながらわざとらしく目を逸らした。


「その話を先に聞いてて余裕ぶってたら、たんで急に心配になって私に泣きついてきたモンね? 愛瞳ちゃん?」


「さ、さぁねー? どーだったかねー?」


 知らんぷりがヘタクソな女優がそこにいた。


 ――いや、違うか。もう観念しているのか。


「……でも、ほら。こうしてしっかり編入したってことは、試験バッチリだったってことでしょ? だったら別にイイじゃん」


「う~! リョウくん優しい……っ!」


 そのまま抱きついてきそうな勢いにも見えて一瞬ドキッとしたが、どうにか冷静になってくれたらしい。


「実際には、愛瞳ちゃんが心配するほど、勉強的なところはヤバくなかったし。……勉強に対するやる気だけが問題だったって話」


「んー! マミちゃんも優しいっ! マミちゃんには言ってあるけど、数学の問題で事前に『この辺りが出るかも』って教えてもらったところが出たのはホントに助かったんだよー」


 隣り合っているので、そちらに障壁はない。マナちゃんはこれでもかと勢いを付けてまみちゃんに抱きついた。――眼福。ああ、いや、何でもないデス。ちょっとだけ血迷っただけです。


「まぁ、まぁ。そんなわけなので、遼成くんにはこれからも私たちをよろしくお願いします! ……っていうお話なのでした」


「うん! よろしくね、リョウくん!」


 マナちゃんを抱き留めながら『本日のまとめ』にかかるまみちゃん。気が付けばテーブルの上には食後にと設定されていたデザートが置かれていた。いつの間に。やはり、ここのウエイターは皆忍びの里の出身だったりするのだろうか。


「こちらこそ、よろしくだよ。……っていうことは、ふたりともしばらくはこっちに?」


「しばらくっていうか、卒業まではこっちに居る予定」


「あたしもー」


「あ、そうなんだ」


 ならば、少なくともあと2年半は、生活の軸足をこちらに置いていられるということになる。安堵感が広がっていく。


「……と言っても、完全にお仕事をお休みしてるわけじゃないから、時々は首都圏むこうに行ったりするから学校休んだりすることもあるだろうけど、基本的には星宮こっちにいるよ」


「ありがたいことに、星宮こっちで仕事の話も来てるんだ」


 もちろん学業優先って条件付きだけどね――とふたりは付け足す。根源的なところが揺るがないのなら大丈夫だろう。何と言っても、このふたりだし。


 そんなことをぼんやりと思っていたら、急にマナちゃんがこちらに、何か探るような眼差しを向けてきた。


「だから、そのー……」


「ん?」


 言いづらそう。


「えーっと……、ほら、学業優先って言い放ったからには、……その~、やるべきことが出てきちゃったワケなんですよネ?」


「……んー、ああ、なるほど、そういうこと?」


 ひっかかるところがあったのでわずかに視線をまみちゃんに向けると、俺が予想した通りに苦笑いを濃いめに浮かべていた。やはり、か。察した。


「テスト前の勉強とか、そういうこ――」


「そう!」


 しっかり食い気味に反応。


「私も、欠席しなくちゃいけないときの板書ノートとか、見せてもらえたりすると嬉しいな」


 決して口だけにはしないという意志が見て取れた。たとえ苦手なことがあったとしてもしっかり自分の力で乗り越えようとしている人に、手を貸さない理由なんて存在してはいけない。


「全力で胸張っては言いづらいところだけど、……うん。任せといて」


「ありがとうっ!」


「ありがとうね、りょうせいくん」


 ――その笑顔が見られたのだから、お安い御用だ。


 物書きが書いたら編集にボツを喰らいそうなほどに安っぽいセリフが、俺の脳裏を過って行った。


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