§2-8. ふたりの近況
「ハイハイ。マナミさんとマミカさんが、真剣に答えちゃうからねー?」
「遠慮無く、どぞ」
どうしたものかと逡巡していれば、質問をふたりから催促されてしまう。そういう期待に添えるような質問を投じることができるのか。正直全く自信はない。
「ほんっとにしょーもないこと訊くけど、大丈夫?」
だから俺は予防線を張る。こういう保身はダサいとは思うけれど、そこまでの胆力を俺が持ち合わせているわけもなかった。
「全然!」
「遠慮は要らないよ?」
一応の許可はもらったと言って良いはずだ。彼女たちの言葉を免罪符代わり、俺は実に表面的な質問をぶつけてみることにした。
「ふたりって、どうしてこの仕事をし始めたのかな、って思って」
ここで言う『どうして』には、もちろん『何故』という意味もあるし、『何がきっかけで』と言う意味もあった。
――純粋に、気になったのだ。
それこそ俺たちは幼稚園年長組という、物心もイマイチよく付いているのかわからないような1年間しかいっしょには過ごしていない。それでもこうして話ができるくらいにはきっと俺にとっても――そして、自意識過剰気味かもしれないが、彼女たちふたりにとっても――濃密な時間だったと思う。
だからこそ、わりと対照的な印象すらあるこのふたりが、同じ様な道を歩み始めたそのきっかけを知りたかった。
ただ――もしかしたら、と考えることはある。何かの取材で既に訊かれていたことかもしれない。しかも、話しづらかったり、あるいは話したくないこともあるかもしれない。だからこれをぶつけてしまうことには、ちょっとした恐れみたいなモノもあった。
ところが。
「あ、なーんだ。そんな感じか」
「……へ」
あっけらかんとした声を返してきたのは、マナちゃん。
「だね、ちょっと安心」
「あれ、そんな感じ?」
まみちゃんも同じ様な調子でゆるゆると息を吐き出した。
一応期待には応えたことになるのだろうか。拍子抜けをさせている分、応えられていない感じもあるが。
「あたしはてっきり、こう……『業界の闇!』みたいなのを聞き出そうとしてるのかな、って思ってからさー」
「いやいや、そんなことするわけないでしょ」
というか、そういうのってやっぱりあるの? 興味が無いとは言わないけど、百物語的なエンディングを迎えそうな気がして、明らかに触れない方が賢明と思ってしまう。
「なーんだ、残念。放送局の魂みたいなヤツかなぁ、って思ってたから」
何でそこで残念がるの。
「っていうか、そういうことをするならどっちかと言えば新聞部だし」
「あ、そっか」
「あと、そもそもウチの新聞部って、そういう週刊誌とかタブロイドみたいな活動なんてしてないからね。」
自分で言ってしまったことだが、ふたりにあらぬ誤解を抱かせたままでいるわけにもいかないので、直ぐさま訂正をする。あくまでも学校行事や部活動の広報を主体とした活動をしている、基本的に健全な新聞部だ。俺の知りうる限り、そこら辺の偏りはない。
「えーっと……? それで、質問なんだっけ?」
話がだいぶ脱線したので、俺も質問としてどんな言葉を振ったか危うく忘れるところだった。脳細胞の中の探りやすいところに転がっていたような言葉を掻き集めて、もう一度ふたりにぶつける。
「芸能の仕事を始めたきっかけ……かな?」
「あー! そうそう、それそれ!」
からから笑うマナちゃんは、妙に楽しそうだった。
「あたしはねー……」
――そんな風に切り出したマナちゃんの話をまとめると、わりとシンプルだった。
現在はアイドル兼女優である
マナちゃん本人が乗り気だったこともあり、その後のお仕事も比較的コンスタントに入ってきたそうだが、そんな折り、所属事務所の東京本社の方から声がかかったのが第2のきっかけ。
それまでは地方での仕事しか無かったところが、全国規模の仕事も来るようになり、事務所の支援もあって中学進学を機に上京。徐々にモデル業も増えてきたところで、現在所属しているアイドルグループへの加入が打診されたというのが第3のきっかけ。
何だかトントン拍子――というのが素人目線からの印象だった。当然だけれど、少なくとも声には出さないようにはした。
「何ていうか、……その、流れが突然切り替わってる感じなんだね」
「かもねー。とくに最後のは、あたしも最初は正直『いいの?』って思ってたし」
そう言って笑うマナちゃんは、意外にも俺の記憶の中のマナちゃんとあまり変わらない。幼稚園の頃の鮮烈な印象のままの少女だった。
「となると……、女優のお仕事もそんな流れだったの?」
「あー……えーっとねー……」
思案顔になったマナちゃん。その頃の記憶を引っ張ってくる様子。
「アレは……ウチのグループ内でお芝居をする企画みたいなのをやったあとで、ふわっと話と台本が飛んできて、……何かいつの間にか決まってたみたいな?」
「な、なるほど」
いきなり雑になったような気もするが、そういうきっかけなんてやはりどこから舞い込んでくるか予想が付かないものだろう。規模はアリとゾウくらい違うから同列に並べるなんて烏滸がましいけれど、俺の放送局入りも似た様なものかもしれない。
「じゃあ、次はマミちゃんの番っ!」
「いつの間にかMCが愛瞳ちゃんになってるのは何でだろ?」
「気のせい、気のせいっ」
――いや、全然気のせいじゃないけれども。
とはいえ、俺自身は進行役に向いているとは思えないので、その方がありがたい。副委員長という曖昧な立ち位置にいるのもそれが理由だ。その点は明らかに正虎の方が長けている。
全然問題無いよ、という視線をまみちゃんに送れば、苦笑いがちに話を始めてくれた。
現役高校生女優としての輝かしい実績を持つ
劇団での活動の中で、外部のオーディションを受けたりすることも増えてきたそうだが、その内向こうから指名が入るということも増え、その内首都圏での仕事も増えていき――現在に至るというモノ。
華麗なるステップアップ――というのが素人目線からの印象だった。もちろんこれも、少なくとも声には出さないように心がけた。
でも、ひとつ気になることが。
「あれ? じゃあ、歌はどこのタイミング?」
役者業は間違いない。でもそれだと、マナちゃんと歌番組でいっしょになったという話には繋がりにくい。映画で意気投合するその前段階のきっかけが知りたかった。
「あ、それは……」
「マミちゃんの事務所の方で、同じくらいの女の子で歌ったりするユニット作ったんだよね」
「うん、そう」
「今は……その、ネ」
「そのさぁ……、話しやすいところだけ持っていって、本題を任せるのは止めてほしいんだけどなー……」
「あはは」
「『あはは』じゃないのっ」
珍しく、ちょっとだけおかんむりなまみちゃん。そこまで歌番組を注目しているわけでもないし、この前ちらっとだけ聞いた話だと、その番組は関東ローカル放送だったらしいので俺が知る由などだいぶ少ない。話の先を待つように見つめると、まみちゃんは小さく咳払いなんてしながら話を続ける。
「ありがたいことにみんなそれぞれ役者のお仕事が多くなっちゃったり、今は学業優先にシフトした人もいて、今は自然消滅っていうか……」
「あ、そうなの?」
「解散っていうほどしっかり活動できたわけじゃないんだよね。……いちばん年下だった私が言うことじゃないんだけど」
5人構成のそのユニットは、結成当初基準で3人が高校生。まみちゃんを含む残りふたりは中学生だったが、片方は中学3年生でひとつ上の学年だったそう。
「ちなみにさ、リョウくんは
「あー、一応知ってる」
ガッツリ詳しく知っているわけではないが、俺程度でも名前と顔が一致するくらいに有名な若手の女優さんだが――まさか。
「その人、マミちゃんと同じユニットの人」
「お、おお……」
「……恐れ多いけどね」
結局のところ、やっぱりこのふたりは『やんごとない方々』だった。確信。
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