§2-7. 回想に咲く花


「それだよね、一番は」


「ね。ほんとビックリだったもん」


 チラッとだけふたりは目を合わせて、再び俺をしっかりと見据える。口では楽しそうに不思議だねーなんて言っているが、どうしたって『尋問』とか『詰問』とかいう単語が頭を過っていくから、考えすぎだとは思うけれどやっぱりちょっと怖い。


 今から俺が言うことも、『説明』ではなくて『釈明』とされてしまいそうな気がした。


「それは俺もびっくりしてるんだってば」


 その驚きはふたりだけのモノじゃない。当然、俺だってびっくりしている。


 何度だって言える。――幼稚園に通っていた1年間だけ遊んだ女の子ふたりが、それぞれ華やかな活躍をしていながら、またこうして俺の目の前に居るっていうんだから。驚かない人間なんて居るはずがない。もし居るとするならば、人間の脳がネジ止めされるタイプだったとして何本使われるのかはわからないが、それはさすがにアタマのどこかのネジが30本くらい抜け落ちているのだろう。


 いや、今はそんなくだらないことを考えている場合ではない。何はともあれ、弁解をしなくては。


「マナちゃんってバス通園だったでしょ?」


「うん。リョウくんと同じバス」


 なつかしー、なんて言いながら楽しそうに微笑むマナちゃん。


「あー、そっか、だからかー。私はお母さんといっしょに徒歩通園だったから、あんまり会わなかったんだ」


「マミちゃんのお家ってあの辺りだったんだ!」


「今もあるんだよ」


 そうだったのか。歩きで通っていたことは当時から知っていたので、幼稚園の近くに家があることももちろん知っていたが、仕事の関係でもう住んでいないものかと思っていた。――と、それはさておき。


「で、まみちゃんは俺と同じクラス。……ええっと、あやめ組だったよね?」


「うん、合ってる」


「あたしはばら組だったもんなー。通園方法もクラスも違ってたら、なかなかあわないよね」


 そういうことだ。クラス名はおぼろげにしか記憶に残っていなかったが、無事に正解を引き当てたらしい。良かった。ちなみに、年少組や年中組のクラス名が何だったかは完全に覚えていない。そこまで細かく記憶できない程度の脳みそなので、それは仕方ないことだった。


「それにしても、ホント懐かしいねー」


「だよねー、……って言っても共通で話せる話題が微妙にズレてる感じもするから難しいけど」


「確かに!」


 その時見ていたテレビとかも男子と女子では違うだろうし、難しいところかもしれない。


「あ! じゃあまずあたしから質問!」


「はい、まなちゃん早かった」


 良いテンポだ。だけど、ちょっとコントっぽさがあるのは何故だろう。


「わかば幼稚園って聞いてずっと訊きたかったんだけど、マミちゃんってどんな子だったの?」


「えー。その質問、随分難易度高くない?」


「どんな遊びしてたか、とかそんな感じ」


 少しだけ難易度は下がっただろうか。うーんと言いながら考え始めるまみちゃん。


「私は結構同じ子と遊んでたなぁ。晴子ちゃんと千里ちゃんと……」


 具体的な名前が出てきた。


「その子たちとは最近でも連絡取ったりしてるの?」


「ううん、小学校の途中で転校してからそれっきり。でも近々改めて会おうって話はしたんだ」


 訊けば、彼女たちの家にダイレクトに訪問して話を付けてきたとか。幸い当時と住んでいる場所が変わっていなかったとのことだった。意外にアグレッシブだ。


「あとは、遊ぶとはちょっと違うかもしれないけど、よく図書室には行ってた」


「……あー、そういえばあったかも。図書室」


 園内の奥まった方に、結構広めのモノがあったはずだ。静かで落ち着く場所だったのを覚えている。そういえばいつぞやウチの母親が『あの図書室があったから、そこの幼稚園を選んだ』と言っていた気がする。


「だから、雨が降ってるときとかは、遼成くんも教室に居たり図書室に来てたりしたよね」


「……言われてみればそうかも」


 たまに図書室には行ってたけど、そういう行動パターンだったんだ、俺。言われて初めて気が付いた。


「図鑑とか好きだったでしょ?」


「あー、好きだったわぁ……」


 動物、植物、人間の身体、自動車、電車――。とにかく何でも読んでいた記憶がある。あまりにも好きすぎて、全く同じ図鑑を親にねだったことも思い出した。そういえば小学校低学年くらいまでは机の本棚の一番目立つところに置いてあったな。


「よく覚えてるね」


 素直に感心してしまう。俺なんて、まみちゃんにそう言われて初めて記憶を辿ることができたくらいなのに。


「じゃああたしはマミちゃんとは逆……ってこともないけど、ちょっと対照的かも」


 答えてもらったら答え返すのが礼儀。今度はマナちゃんの番だった。


「あたしは中庭とかホールでよく遊んでたからさー」


「じゃあなおさら面識が無いわけよね」


「教室は結構離れてたしね」


 ばら組の教室は、隣同士ならまだしも、俺たちすみれ組の教室から見てそのホールを挟んで反対側にあったはずだ。巡り会う機会が少ないのも納得だった。


「それって、女の子だけ?」


「ううん、全然そんなことなくて。……リョウくんも居たよね?」


「居たねえ」


 だからこそ俺とマミちゃんも知り合いだったわけで。


「教室から連れ出されたような記憶も無くは無いかな」


「あはは……」


「ああ、いや。別に嫌だったなんてことは全然無いからね?」


 大抵が外へ行こうとしていたタイミングだった覚えはある。


 中遊びも外遊びもどちらも好きだった当時の俺は、それこそ気分に任せて園内をうろちょろとしていた。そう考えれば、交友関係は浅いながらも広かった方なのかもしれない。


「じゃあ、愛瞳ちゃんのそういうのって昔からだったんだね」


「え? どういうこと?」


 そういうのとはどれを指して言っているのだろうか。マナちゃんも俺と似たように「何が?」とでも訊きたそうな顔をしていた。


「映画の撮影の合間とか、いっつも『いっしょにご飯行こう!』って言われて連れられてたから」


「うっ……」


「ほとんど毎日だったよね?」


「そーだねー。……あはは」


 圧しの強さは昔から、同姓にも異性にも関係なく、全く変わっていないらしい。


「そんな恐縮しないでって。途中からは私からも誘ったし。……楽しかったから私も誘ったんだから」


「そ~お?」


 探るように訊く。満面の笑みが返ってきたのを確認して、マナちゃんもここで要約安心したようだった。


「だから、お互いが好きなご飯屋さんはよーく知ってるね」


「最後の方は完全にネタ切れしちゃったけどねー」


 撮影が重なるときは毎回行っていたくらいのペースだったとしても、どれだけ行きつけがあるのだろうか。俺なんてファミレスかバーガーショップか喫茶店が相場だ。しかも半数が全国展開をしているようなところ。何の面白みもない。


「でも、良かったなぁ。味の好みっていうか、嗜好が似てて助かったよ」


「それは私もだよ? いっぱいオススメしてもらって全部美味しかっただけに、『これ、私が薦めたのがイマイチだったらどうしよう』って。3つくらい行くまでずっとハラハラしてたもん」


「え、そんなに!? だったらあたしだってそうだよ? あんなに強引に引き摺っていってさ、『あー、うん。おいしかったよ?』とかそんな微妙な反応されたらショックじゃん?」


 またふたりで盛り上がり始めた。


 放送部のメンツでご飯に行ったときに、たまにこういう光景は目にする。全員で行ってるのに何故か一部で女子会めいたモノが構成され、一部の男子はそれをぼんやりと眺める図。楽しそうな分、不可侵条約が締結されているかのように傍から眺めるだけ。


 そして、何より――。


「……かっこいいなぁ」


「え?」


「ん? 何が?」


「ああ、いや……。何でもない何でもない」


「……? なら、いいけど……」


 危ない。思わず心の声が漏れた。


 やっぱり『行きつけの店』なんてモノがたくさんある人には、ちょっとだけ憧れてしまう。背伸びをしたいお年頃の男子にはよくある話だと思う。さすがに、高校生にもなってそれかよ――とは自分でもガキくさいとは思うけれど。


「じゃあ、次は俺からふたりに質問してもいい?」


「もっちろん!」


「答えるよー?」


「NGだったらすぐNGって言ってね?」


 素人考えで適当なことは言わないつもりだが、そういう領域にさらっと足を踏み入れてしまう可能性はゼロではない。そういう意味で先に断りを入れたつもりだったのだが、ふたりはキョトンとしていた。


「あれ? 俺、ヘンなこと言った?」


「リョウくんに対してあたしたちがNGリスト作ってるわけないじゃん」


「そうそう。それに、……信用してるし」


 今は少しばかりその信頼が重く感じて、俺は軽い気持ちで言ったことを謝りたくなった。


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