§2-6. 馴れ初め話の発展は不穏な香りとともに
「信じて! ね! お願い!」
「だ、大丈夫だって。大丈夫だから、落ち着いて」
必死に食い下がろうとするマナちゃんをどうにか宥める。彼女の手元にあるお冷やを勧めるが、そのグラスを持つ手が覚束なくてちょっと心配になった。
「ほ、ホント!?」
「ホントだって」
「はぁ~…………良かったぁ……」
どうにか安心することはできたらしいマナちゃんは、震えそうだった右手をやっとのことで落ち着かせながらお冷やを飲むことが出来た。ひっそりと「ふはぁ……」なんていう小さな吐息がこぼれ落ちる。
「何だか寿命が百年くらいは縮んだ気がするよ……」
残りがどれくらいになるのか。マナちゃんはそもそもどれくらい生きる気満々なのか。彼女の場合、それが何年、何十年、あるいは何百年あろうと、間違いなく最大限に人生を
「もー! マミちゃんもヒドいよね。あたし何回も言ったじゃん!」
「いやー、何回言っても愛瞳ちゃんの反応が面白くて」
「結構な女王さまだよね、意外と」
「あれ? 意外だった?」
「……え。まさかしっかり自覚アリなドSの王女様?」
「さぁねー?」
「ぅわ、怖い怖い。……リョウくんも気を付けといた方が良いよ? あたしみたいに弱味握られたらマミちゃんにどんな目に遭わされるか……」
「あ、ちょっと! それはさすがに人聞きが悪すぎるよっ」
「だって仕返しだもーん」
「……ははは」
渇いた笑いをとりあえず残しておきながら、スープを口にする。
何だか思った以上にこのふたりのテンポが良い。俺が入る余地なんてあまりないくらいのテンポ感だ。
「……それで? 何かわりと話が脱線した感じするんだけど」
「え? えーっと……どこまで話したっけ?」
「んんん?」
ふたりしてテンションが上がりすぎたらしい。どうやら今日の俺には、このふたりを俯瞰したところからチェックするという役目があるようだ。ひとまずはどこまで話していたか――ふたりが音楽番組で同じ放送回の出演を果たしたところまで――を伝え、その続きのストーリーを求める。
「調べてみて、『あ、地元が同じっぽい子がいるんだー』って思って、一応気には留めていたんだけど、そこからほとんど同じ仕事にはならなくて」
「……まぁ、業種というか業態というか、そういうのが違うから仕方ないんじゃない?」
「そうそう」
アイドルと女優では、それこそ出演する番組の宣伝があったときに、辛うじてかち合うかくらいのものだろう。ただ、それも相当な売れっ子であればの話。番宣に呼ばれるのは大概が主役か、あるいは
「で、無事に会えたのが、あの映画ってことなワケです」
「なるほどねえ」
学園モノは学生を演じるのにふさわしい年齢の役者だったり、マナちゃんのようにアイドルで女優業も行けるようなタイプが演者として選ばれる。その意味では、『学生C』とかの類いではなく固有の名前がある役をモノにしたこのふたりは、役者として優秀なのだろう。――素人考えだからまったくあてにはならないけれど。
「撮影のとき、最初に話しかけてきてくれたのは愛瞳ちゃんの方だったんだけどね」
「そうだったんだ」
「こういうときには『とりあえず仲間全員に話しかけてこい!』ってマネージャーさんに言われてたっていうのもあるんだけどね。まぁ、基本的にあたしって、話すの好きだし」
そんな気はしていた。マナちゃんと彼女のマネージャーさんがいっしょになっているときは、相当な元気オーラが溢れ出しているのだろう。
「そしたら、『実は出身が同じなんですよ』って言われちゃって、一瞬で大盛り上がり」
「住んでたところも近いってことが分かったのもその時だったよね」
「そうそう。都道府県単位ではプロフィールに載せてたけど、どこの街出身とかは載せてなかったから、もうびっくり。『えっ、
公式プロフィールだと出身地は大雑把な紹介で留まることが多い――のだろう。著名人のプロフィールを細かく見たことがないので分からないが、そこまで詳細なデータは載せなさそうだ。Wikipediaなどはさすがに違うだろうけど、公式に言われてなければ『要出典』などと付けられることになるはずだ。
「ただ、そこからは掘り下がらなかったというか……」
「そうそう。さすがに同じ幼稚園だったってことまでは、昨日まで知らなかったんだよね」
「話に上がったことなかったんだよね、意外に」
なるほど。だからこそ、あの時の職員玄関での表情になるわけか。
「出身地いっしょだ! ってところで話が止まっちゃったのか」
「そこで盛り上がり過ぎちゃったよねー」
「盛り上がりすぎて、下を見られなかったっていうか……」
それは、よくある話かもしれない。盛り上がりすぎた結果、本筋や基礎を見失うことは往々にしてある。部活なんかでも、発展的な話に進みすぎて本来したかった基礎的な話をしないまま1日の活動時間が終わってしまうなんてことはあったので、よく分かる話だった。
「だって、ねえ? まさかそれ以上の共通点があるなんて思わないじゃない?」
「……だよねえ?」
ふたりは苦笑いをして、そして息の合った動きで全く同時に俺を見た。
――え、何ですか? 正直、イヤな予感が急にしてきたけれども。
「あたしたちとしては? あたしもマミちゃんも、どっちもリョウくんと知り合いだったってことにびっくりしてるんだけどね?」
嗚呼、やっぱりね。そうだろうと思ったけどね。
どこかでその話は振られるんだろうなと思っていたから、昨晩から心の準備みたいなものはしていたつもりだった。だから、いざ言われても「ああ、ついに来たな」くらいの面持ちで居られると思っていた。
甘かった。
ここまで同時にまっすぐに見つめられたら、やっぱりカエルになってしまうのだ。
「説明受けなきゃいけなかったからあの後はすぐ会議室連れて行かれたけど……。話聞き終わってまずお互いに確認したモンね?」
「だね。『幼稚園って、どこ通ってた?』って」
「それで、『だったら、せーので言おうか?』ってなって……」
「そしたら『
「あはは……」
別に責めるような言い方をされているわけではない。俺自身悪いことをしてきたわけでもない。そういうわけではないのだが、やっぱり何となく居心地は良くない。
「で、でも、意外だよね。同じ幼稚園でも面識ないってことあるんだね」
「そりゃあ……、ねえ?」
「無いことだってあるんじゃないかな」
「……そりゃそうか、うん」
必死になって話題を変えようと思って言ったことだったが、やはり意味のあるモノにはならなかった。よく考えれば当たり前だ。そこそこ大きな幼稚園だったこともあるし、幼稚園児のコミュニティなんて大抵が小さいモノだろう。友達100人作りたいと歌った唱歌だって『1年生になったら』だ。幼稚園児には荷が重いかもしれなかった。
俺とは違って2年保育だったまみちゃんの話によれば、2年保育であれば少なからず面識は持てたかもしれないが、俺とマナちゃんのように1年保育であって、かつまみちゃんとマナちゃんのようにクラスも通園方法も違えば、なかなかいっしょになることはないとのこと。言われてみればその通りかもしれない――が、幼稚園の頃をはっきりと思い出せるかと言われれば難しいので何とも言えなかった。
「だから、同じ幼稚園に通っていた同じ人を知ってるっていうのは、間違いなくスゴいことなんだよね」
「……そう、だねえ」
思わずしみじみと言ってしまった。
「まぁ……、『だからこそ』なんだけど?」
「え?」
俺の反応が不服だったのだろうか。マナちゃんが水を向けてきて、まみちゃんはそれに賛同するように頷いた。
え、ちょっと待って。一体何が始まると言うんです?
「あたしたちとしては、あたしたちふたりともリョウくんと知り合いだったことにびっくりしてるんだけど」
――何やら容赦のない尋問が始まりそうな一言だった。
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