§2-5. ランチタイムと、ふたりの馴れ初め
「声出すのっておなかすくもんねえ、わかるー」
「食べ過ぎないように気を遣おうとはするけどね」
「いやぁ……、やっぱりそれなりにしっかり食べないと体調維持はできないよ?」
俺の恥部を(たぶん)フォローしながらうんうんと頷くマナちゃんに、微笑みを返すまみちゃん。もちろんふたりはすでに何を頼むか検討中。
俺は相も変わらず、腹の虫といっしょにメニューの表紙とにらめっこ。
「あれ? リョウくんどしたの? メニュー見ないの?」
「え? あ、ああ、いやぁ、その……」
平静を保とうと努力はしてみる。が、時として努力はムダに終わることもある。そんなことは痛いほど知っているつもりだ。まさかこんな時にもその事実を叩き付けられるとは思わなかったが。
「あの……」
おずおずとこちらを伺うように訊いてきたのはまみちゃん。まずは視線だけで応える。
「……もしかして、心配してる?」
「え?」
「その……コレ方面の話」
そう言いながらまみちゃんは、こそっと親指と人差し指でマルを作った。マナちゃんには見えるように、それ以外には見えないように――と言っても、もはや俺たち以外この部屋の中にはいないのだが。いつの間に居なくなったのやら。
「ええーっと……ハイ、そうです。恥ずかしながら」
隠しても仕方がない。というか、俺が一般的高校生なことくらい、このふたりも充分知っているはずだ。隠す意味は紙くらい薄いことだった。お暇するときに発覚するよりは余程マシだ。訊かぬも言わぬも一生の恥だ。
「大丈夫だよ、リョウくん」
「開いてみてって。ホントに、だいじょうぶだから」
正直に白状すれば、ふたりは余裕めいた笑顔を見せてくる。いやいや、それは君たちが――なんてイヤミったらしいことを言いそうになるのをグッと堪える。ふたりがそう言うのなら、信用する。
思い切ってメニューを開く。ふたりからは俺の表情が見えないように、そのメニュー表で隠れるようにして。一旦ぎゅっと目を閉じて、まばゆい光を視界にゆっくりと入れるように、少しずつ少しずつ開けて行く――。
「…………ん?」
これは――?
「あれ?」
ごく稀に何だかよくわからない名前も並んでいたりするお品書きの、その近くに付属している数字。そのどれもが、俺の想定より2つくらいは桁が少ないのだが。俺でもわかるところで言えばこの『カルボナーラ』なんて、時々行くファミレス価格よりほんのちょっとだけお高いくらいだ。何ならこれより少し上の相場で営業しているところも知っている。
「……何か俺、心配すぎてた?」
「たぶん、そうだと思うよー?」
もちろん中にはこの空間に相応しい値段のモノも含まれている。どこぞのご子息・ご令嬢であれば余裕なのだろう。そういったメニューしか取りそろえられていないと思っていた俺は、もはや逆にこれを見ることで安心感を覚えるほどだった。
「これは、もしかすると……ね、まみちゃん?」
「……うん。遼成くんには、もう少しいろいろと理解してもらう必要があるのかもね?」
「え」
再教育。そんな不穏なワードが脳裏を過る。
「ほら、
「おなかすいてるの、リョウくんだけじゃないんだからねー?」
そこまで言われて、さらにごちゃごちゃと言い訳を重ねるほど野暮じゃない。俺は先ほど見かけたカルボナーラ(スープ・サラダ付き)と心中することに決めた。
〇
「……うまっ」
「でしょー?」
「あれ?
「え? 3回目」
口の中に入れかけたカルボナーラが、危うく皿の上に帰って行くところだった。
「ちょ。ベテラン風吹かすから、もう少し来てると思ってたんだけど」
「そういうマミちゃんだって、……3回目くらいでしょ?」
「うん」
「人のコト言えないじゃーん」
お、値段以上――とかそんなレベルじゃなかった。このクオリティで、よくこんなにもリーズナブルにまとめられるものだ。しかも高級住宅街の一角で。驚くしかない。
もちろん早々何度も来られるようなところじゃないことくらいは分かっている。それでも、パスタをひとくち食べて即座に『また来たい』と思えるくらいには、とっくに俺は虜になっていた。
「これからは遼成くんも予約すれば大丈夫だからね」
「……次は半年後とかになりそう」
別に焦る必要もないのかもしれないが。
待ち時間でふたりにはいくつかの情報を聞き出してみた。
どうやらこの料理店――『』は完全予約制でかつ一見さんお断り。どんなモノが食べたいかとか、どれくらいの予算であるかなどを聞いた上で、だいたいのメニューを調整してくれるというフットワークの軽さも備わっている素敵なところだった。だから、場合によっては、俺の想像通りに5桁のお値段がずらりと並んだお品書きが出されるとか。
ちなみに、元々マナちゃんとまみちゃんのふたりで来る予定だったようだが、そこに俺も同席させてもらえることになったのが今日の流れ。無理をさせてしまったのではないかとも思ったが、別段そんなことはないと言う話をお店の方に聞かされて、俺は安心して食事にありつけることになった。
「まぁ、ウチの親の結婚記念日とかに来させるのはアリかも?」
「あ、それステキだと思う!」
「うんうん」
「……一応俺が紹介したってことなら、大丈夫なんだよね?」
「ばっちり。あたしもお母さんと来たことあるんだけど、その後お父さんとふたりで行ったって聞いたから」
お墨付きをもらった。ならば大丈夫だろう。
「それにしても……」
――恐らく、今日こうしてここに呼ばれたのは、
「学校の玄関でふたりから同時に声かけられたときは、さすがにびっくりしたよ」
「あはは……」
「いや~、それはウチらのセリフでもあるけどね」
苦笑いのまみちゃん、反論のマナちゃん。
「結局ふたりって、あの映画で共演して知り合ったの?」
あの映画とは、俺が偶然見に行って、エンドロールでふたりらしき名前を発見した青春モノ、『青空へ駈けろ!』のことだ。
「直接話ができたのは、それのときだったよね?」
マナちゃんがまみちゃんに確認するように言えば、まみちゃんは大きく頷いた。
「ん? ってことは、その前に会ってはいたの?」
「ニアミスって感じだったんだけど……」
「あたしが居るグループと、まみちゃんとこの事務所の若手でユニット組んでたときに、たまたま同じ音楽番組に出たことがあったんだ」
そんなのがあったのか。
「あ、リョウくんは知らないと思う。首都圏の深夜ローカルだったから」
「ん、ごめん。知らなかった」
ここは正直に言っておく。生憎そこまで守備範囲は広くなかった。
「全然。気にしないで。……まあ、同じ番組に出たって言っても、放送日が同じってだけで収録自体は全然違う日だったし、顔を合わせたわけでも無かったんだけどね」
「ただ、一応いっしょの番組に出演するわけだし、ちょっと調べてみたんだ。……私は」
「……『私は』?」
まみちゃんがわずかに強調して言う。そのままスルーは出来なかった。
もしや――とマナちゃんを見れば、わざとらしく視線を逸らされた。何も言うまい。恐らくは――。
「私は調べたんだけど、愛瞳ちゃんはそんなに興味無かったみたいで」
「ち、違う! それは誤解っ!」
悲鳴のような声が上がった。
「リョ、リョウくん違うんだからね! その時はちょうど重めのレッスンが続いてて、そういうところにまで手が回らなかっただけなの! いつもはそんな感じじゃないの! お願い信じて!!」
テーブル越しにすがりついてきそうな勢いのマナちゃん。そんな彼女を見てちょっとだけ満足そうに笑うまみちゃん。これは負い目のあるものなのか、それともネタなのか。それでも本当に少しだけ、このふたりの関係性のようなモノを垣間見たような気がした。
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