§2-4: 密会のスタート
まみちゃんの笑みの理由が全く分からないが、彼女は何も気にせず敷地の中へと入っていく。置いて行かれるのがいちばん困るので、俺も慌ててその後を付いていくことにする。
前庭はとてもよく管理されている。芝生のやわらかそうなことと言ったら。思わず身体を投げ出して、そのままごろごろと転がったらさぞかし気持ちいいだろうなぁ、なんてことを思ってしまう。理性があるので、やらないけど。――たぶん、やらないけど。
大きな木も目を引く。桜だろうか。春には今と違った見応えのある庭の姿があるのだろう。
「キレイだねぇ」
「ね。スゴく落ち着くよね」
頷きを返す。こういうのはやっぱり少しは憧れる。
「……中には落ち着いてない人も居るみたいだけど」
「え?」
まみちゃんが指をさした方を見れば、窓の奥で何やら大きく動いているモノがあった。陽の光で若干見えづらいが、恐らくは店の中で待っているというマナちゃんだろう。元気だ。そして、たしかに落ち着いてはいない。
「入ろっか」
「りょーかい」
彼女が邸宅の引き戸を開ける。パッと見では重たそうな感じだがするりと動いていった。
黒を基調とした室内は、外の雰囲気とはまた違った落ち着き感がある。少し重厚な印象もある。背筋が自然と伸びた気がする。
エントランスを抜けようとしたところで、まなちゃんが何かを言いながら小さくお辞儀をした。
「ぉわ」
何かと思えば、女性が居た。お店の人であることは間違いないのだろうけど、内壁の色とあまり変わらない服装だったのと、俺がまみちゃんのほぼ真後ろに居たことで、姿が全く見えなかった。緊張していたのもあって、おかしな声が出てしまった。
まなちゃんに続く俺にもそのまま黙礼してくださるお店の方。
「どうも、よろしくお願いいたします……」
「ご丁寧に。ありがとうございます。本日はごゆっくりとお楽しみくださいませ」
深くお辞儀をされる。何をすれば良いかよくわからなくなって、俺は何度もぺこぺこと中途半端なお辞儀をしてしまった。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だから。ね?」
「うーん……」
そうだね――なんて気安く言えたのならかっこいいんだろうな。生憎まだまだ青二才。場慣れなんかしているはずもない俺に、こんな場所でそんなことを言えるわけがない。今後の成長には期待しておいてほしいけれど。
「大丈夫だって。……ほら」
こんなときでも、こんな俺にも、まみちゃんは優しい。
不意に幼稚園入園当初のことを思い出す。同じ年くらいの子と関わりが少なかった俺は、入園して間もなくはずっと何をしたらいいのかわからず、教室の片隅に居た。その時、最初に声をかけてくれたのが、他ならぬ
昔から変わらない気遣いを見せてくれたまみちゃんに促されるまま、奥の方へと進んでいく。
意外に広い。20人くらいのグループが入ったとしても、立食パーティーをするくらいなら全く問題が無いような雰囲気だ。一番奥の方はステージのようになっていて、誰かが歌うとか演奏するとか、そういうこともできるようになっているらしい。
そんな広い空間を、マナちゃんは独占していた。他のお客の姿どころか、マナちゃん以外の人の姿がない。まさに貸し切り状態だった。
マナちゃんは俺の姿を見るや、さっきと同じようにぶんぶん大きく腕を振り始めた
「ふたりともー!」
「もー。見えてるし聞こえてるから」
「何か、こういうのってやりたくなるモンでしょ」
「……否定はしないけどね」
「でしょ?」
まみちゃんの苦笑いを平然とあしらうマナちゃん。こちらはこちらで『いつも通り』な雰囲気がある。いつでも元気に周りを引っ張っていく――彼女に抱くそんなイメージもまた幼稚園当時からのモノだ。
どこへどう座ったものかと思っていたが、まみちゃんはそのポジションをするりと俺の横からマナちゃんの横にスイッチ。4人グループが着座することを想定するようなテーブルの片側一方が埋まって、自然と俺はふたりの向かい側に座ることになった。――まぁ、当然と言えば当然か。
「リョウくん、部活おつかれさまー」
「ありがと」
さぁさ、どうぞ、なんて言いながらいつの間にか運ばれてきていたらしいお冷やを渡してくれるマナちゃん。――ホントに気が付かなかった。グラスの汗の具合からしても、どう考えたって最初から用意されていたわけじゃないのに。ココの人は、もしかすると忍びの里の出身なのかもしれない。
「あの……」
「なぁに?」
「どしたの?」
まみちゃんとマナちゃん、ふたりがほぼ同時に訊ね返してきて、思わず口篭もりそうになる。どちらに訊くか決めていたわけでもないので、そのまま突っ切ってしまうことにした。
「パッと見た感じと実際に入って見た感じだと、いわゆる『隠れ家系カフェ』感もあるんだけど、でもカフェではないよね?」
「カフェ……とは言い切れないかなぁ」
「だよねえ……」
ふたりがそう言いながら向こうの方へ視線を送る。釣られるようにそちらを見ると、お酒のグラスや瓶が並んでいる棚があった。そちらのカウンター席は、雰囲気がカフェというよりは明らかにバーのモノだった。
「別に、お酒を呑もうとかそういうわけじゃないよね?」
「全然。それは間違いなく『違う』って言えるから安心して」
「私たちも何度か来たことあるけど、お酒は出なかったから」
何度か――と来たか。仕事の関係とかだろうか。いや、きっとそうだろう。『私たち』と言うあたり、親御さんで来たのではない雰囲気は察した。
「ここって、……結局何なのかなって思って」
「えーっと……説明しづらいよね」
「業態とか、あたしたちもあんまりよく分かってないんだ」
「……へ?」
何ですと。割とふたりとも困り顔を見せてくるので、こちらも困ってしまう。
「あ、分かってないっていうとちょっと違うかな。……何て言うのかなぁ?」
マナちゃんに水を向けられたまみちゃんが後を継ぐ。
「私たちも、ランチタイムくらいのタイミングでしか来たことがないから、どんなリクエストに応えてくれるのかとか、そういう詳しいことは分かってない……って感じのことで答えになるのかな?」
「あたし的には『めちゃわかる!』って感じだけど……」
ふたりからの視線を受ける。
「……完全解決ってわけじゃないけど、雰囲気は掴んだ気がしなくもないかなぁ……ってくらいの感覚」
「たぶん大丈夫」
「そっか」
きっと追々分かってくることもあるのだろう。――たぶん。保証はゼロだけど。
「あと、他にお客さんっていないの?」
「居ないよ」
今度は即答だった。
「貸し切りだもの」
「え。あ、そうなの?」
てっきり『貸し切りみたいだな』と軽く言いそうだったのだが、貸し切りみたいではなく、まさに貸し切りだったとは。
「……え、ちょ、ちょっと待って。俺、あの、一般的で典型的な高校生だよ?」
一気に不安になる。
いや、正直、ここらへんに足を踏み入れてからずっと、俺の周りを何だかよくわからない不安がつきまとっていたのだけど、今ようやくその正体のひとつが分かった気がする。確かな言い方をするのならば『一気に不安が噴出してきた』なのかもしれない。
それは、どこからどう考えても、予算問題。
明らかに分不相応とも言える、お高い場所でのランチ。エントランスには
――もしかするとこれはマズい事態になったのでは?
「じゃあ、全員揃ったことだし、そろそろランチタイムにさせてもらおっか」
「そうだね」
俺の心配を他所に、ふたりは言う。と、それを見計らったようなタイミングで、黒服の方がスッと何かを差し出してきた。メニュー表らしい。
――怖い。怖すぎて見られない。それぞれの品書きの隣には、いったいいくつのゼロが連なっているのだろう。
「
「……ぅぇ?」
メニューを開くか否かで迷っていたところに声をかけられる。間の抜けた返事をしてしまうが、それを軽く上回りそうな音量で周囲に響き渡るのは、俺の腹の虫。――こんなときにまで、生理現象というのは真っ正直らしい。そしてとんでもなく小っ恥ずかしい。
「……おなか、すいてるんだねえ」
「育ち盛りだからねえ」
完全に呆れられている。そうでなければ、年下のように思われてしまっている。さながら出来の悪い弟分のように。
――嗚呼、情けない。
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