§2-3: 待ち合わせ、完了


「さて……?」


 一昔前のカーナビシステムなら、そろそろ道案内を放棄してくれるような距離感だろうか。住所と照らし合わせればだいたいこの辺りが目的地近辺だと思う。


 周囲をのんびりと見回す。のんびりと、である。これはきっと大事だ。あまりにキョロキョロしていれば悪目立ちするだろう。ここいら一帯の治安自体は知らないが、自意識過剰気味で用心深いマダムあたりが『分不相応な高校生がうろうろしている、補導しろ』なんて言って来かねない。なにぶん、こんなご時世だし。


 そういえば、住宅街を囲む塀があって、そこに入るには門番に許可証を見せなければいけないというスタイルを敷いているところがこの世界にはあると聞いている。正直言って、この辺りにもそんなエリアがあったとしても何の疑問も抱かない。


 もしかしたら、今から行く場所もそんなエリアの中だったりして――。


 ――なんてことを考えていたタイミングだった。


りょうせいくん」


「ひえっ」


 閑静な住宅街、響き渡る男子の黄色い声。

 そんなもの、誰も求めちゃいない。


 いきなり首に冷たい缶入り飲料でもくっつけられたときみたいな声が出たような気がする。あれは不意打ちであればあるほど効果的だ。時期的なモノは関係ない、あくまでも不意をどれだけ突けたがポイントだと思う。


 と、まぁ、そんなことはどうでもよくて。


「……びっくりしたよ」


「あはは、……ごめんね、そこまで驚くとは思ってなくて」


 ダサいところを見せてしまったのは残念でならないが、そこまで気にしないでいてくれそうな笑顔で安心する。そこに居たのはよつはし――まみちゃんだった。


 そして、何よりも目を引いたのは帽子。つば広の帽子は、さながら深窓の令嬢。彼女の持つ雰囲気にはとくに似合っていた。


「何か探してたところだったりした?」


「いやいや、俺が勝手にビビっただけだよ」


「そっか。……ふふ」


 笑われた。やっぱりダサかったらしい。元々余裕のあるキャラで売ってる方ではないので、そこまでの痛手にはならないだろうけど。でも、そういう自分にちょっとがっかりだ。


 やっぱり、――ほら。久しく会ってない人には、少しだけ背伸びしたいと思うものだろう。


「とりあえずは、部活お疲れさまだね」


「ありがと」


「結構この辺って入り組んでるんだけど、迷わなかった?」


「全然。その辺にあった神社とか、チラチラ見てたくらいで。……あれ、もしかして時間オーバーしてた?」


「ううん、その辺は大丈夫」


 まみちゃんの反応を聞きながらスマホで時間を確認するが、待ち合わせ時間まではまだ5分以上ある。たしかに大丈夫そうだった。


 ――と、ここに来てようやく俺はひとつの違和感に思い至る。


「そういえば、マナちゃんは?」


 今此処に居るのはまみちゃんだけ。今日の午後の予定は、ここに居るまみちゃんに加えて、もうひとりの幼なじみであるマナちゃん――たかどうまなに会うことだったのだが。


「マナちゃんには先にお店の中で待ってもらってるんだ」


「なるほど」


 まみちゃんはそう言いながらスマホを取り出して、何やらさらさらとスワイプ。恐らくはお店で待っているマナちゃんに宛てたメッセージだろう。すぐに送り終わったらしく、視線で行こうと促してきた。


「じゃあ……」


「あ、ごめん。お店ってそこじゃないんだ」


「エ?」


 声が裏返った。


「あれ? でも、住所的にはココじゃ……」


 目の前にはきちっとオシャレな感じで、如何にもステキマダムようたしみたいな雰囲気をしたカフェがある。コーヒー1杯800円くらいしそうな感じを漂わせていて、俺の財布が持ち堪えられるのか心配になっていたのだが。


「そこはただ待ち合わせ場所に使わせてもらっただけ」


「あ、そうなの?」


「でも、ここからそんなに遠くないから。行こ」


 そう言ってくるりと爽やかに踵を返す。はらりとスカートが舞う。


 ――見てないぞ? というか、ロングスカートだから見えないぞ。




        〇




「何か、見つかるとまずいとか、そういうことはある?」


「そんな。別にスパイ行為するわけじゃないんだから」


 すたすたと歩を進めていくまみちゃんの隣でそんなことを訊いてみたら、彼女はほわんと笑った。


「そういう役はやってみたいとか?」


「そりゃあ、もう。いろんなのやってみたいけどね。……アクションのこと勉強しないと」


 そう言って笑うまみちゃんだが、穏やかそうな雰囲気とは裏腹に幼稚園当時はそこそこ運動神経も良かった記憶がある。話し方はゆっくりめで天然キャラ感のある女優さんがバリバリにアクションシーンを熟している例もある。いずれはそうなっていくのだろうか。


「……訊かないんだね?」


「え? 何を?」


「今からどんなお店に行くの? ……とか」


 訊きたい気持ちは、そりゃあある。


 だけども。


「いやぁ、他言無用とか、口割ったらシメられるとか、そういうのだったら下手に情報入手すると何かの拍子にぽろっと言っちゃいそうだし。だったら訊かない方が身のためかなぁって思って」


「だから、何でそんな畏まるの」


 さすがに少し盛って言った感はある。否定はしない。ちょっとだけ笑ってもらえたので、個人的には満足だ。


 だけど、そこにはしっかりと、本音も混ぜ込んでいる。


「だって、とか、俺全然知らないから」


「そっちのことって?」


 一応、周囲を確認する。誰も居ない。驚くほど誰もいない昼下がり、少し暑さの残る高級住宅街。そんな異空間にパンピーの声が響いてしまわぬように、届くか届かないかくらいの小声で彼女に伝える。


「……芸能界っていうか、そういう業界のこと」


「あー、……なるほどね。そういうことね」


 訳知り顔で適当なことを言ってる記事なんかは、よく見る。SNSならまだしも、週刊誌の記事とかだと一般人よりはそちらに精通している一般人というどうにも得しかないような人らの言うことには、やはり危険な行為である気もしていた。


「そもそも、こういう付き合いって大丈夫なのかな、とか。ふたりに言われたから大丈夫なんだろうなとは思ったけど、それでもちょっと心配はあったから」


「……そっか」


 思ってはいなかった反応。思わず横を向くが、帽子で影になっていて、俺からはまみちゃんの表情はよく見えなかった。


「さて、と!」


 タイミングが良かったのか、悪かったのか。話題を変える目的なのか、そうではないのか。俺にはよく分からなかったが、まみちゃんが空気を入れ換えるくらいの声を上げた。


「着いたよ」


「……へ」


 ピタリと歩みを止めるまみちゃんに合わせて、俺も慌てて立ち止まる。


 ――そこにあったのは、何の変哲もないお家。


 紛れもなく『お家』だった。


 そりゃあもちろん、ここは俺のようなヤツが住むような宅地ではないので、ある程度おしゃれ感というか高級感はある。あくまでも『この一帯においては、一般的な』という枕詞を置く必要があった。だから『邸宅』と言った方が正しいのかもしれない。


 とはいえ、それでも邸宅である。どちらかの知り合いのお家だったりするのだろうか。


「さぁ。質問など、ありましたらどうぞ」


 門扉に手をかけながら、まみちゃんが言う。


「……民家?」


「ううん、お店」


 お店に連れて行くと言って民家だったらおかしな話だった。だけど、お店にありがちな看板の類いは一切無い。小さな『あきない中』とか『春夏冬あきない中』とか、そういうものも当然無かった。


「ってことは、隠れ家系ってこと?」


「うーん……」


 まみちゃんは少し悩む。


「当たらずといえども遠からず、って感じかな?」


 それから、また笑った。

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