§2-2: 取材依頼と、お昼時


 とりあえず周囲のけんそうは収まった。視線は俺に集まった。何かしゃべれと言われているようだったが、とくに何も思い付かない。つれがわ先輩と目が合う。じっとりとした視線を送られたが、そこに俺の責任はないはずだ。


 とはいえ、何かを話さなければならないらしい。


「え……、えっと」


「うん」


 じん先生も俺の言葉を待っているようだった。


「…………まじっすか」


 どうにか絞り出した言葉は、結局この程度のモノだった。


「返事かと思ったら。もしかして半信半疑だった?」


「そ、そりゃそうですよ」


 いくらなんでも、何かのドッキリ企画じゃないかと思うのが自然だと思う。さすがにそんな取材依頼が来るなんて思ってもいなかった。


 けいめい学園さくらおか高校はこの界隈でも有数のスポーツ強豪校ではあるし、もちろん文化系部活動も盛んだ。野球部が甲子園出場を決めた場合は国営放送が映像を撮りに来るなど、学校内にカメラが入ってくる機会というのはそこまで少ない方ではない。


 ただ、動く映像を撮りに来ることは稀で、それこそテレビカメラは先述の野球部だったり、あるいはサッカー部だったりが特集番組などで取り上げてもらえた時くらい。基本的には新聞のローカル面を埋める目的の取材で、いわゆるスチルカメラだけ、静止画像を撮影するためのカメラだけが持ち込まれるタイプのものが主流だ。


「でも、何でですか?」


「えーっとねぇ……」


 神野先生の話によれば、こんな感じだ。


 全国放送コンテストに出場を果たし、かつ好成績を収めた生徒・学校というのが、今回のはこのあたり一帯に多かった。しかも今回はその中に1年生もひとり――つまり、それが俺である――も混ざっているということで、せっかくならば未来の情報発信者たちの姿を追いかけようという特集企画が持ち上がってきたらしい。なので、取材対象は俺だけではなく、俺を含めた各高校の放送部員たちという話のようだった。


「ちなみに、担当のプロデューサーさんっていうのが、我が校の放送局OB」


「……ああ、なるほど」


 コネか。大事だ。


「取材の日程も、定期テストとかそういう大事な時期は外してやってくれるっていうことで、全然悪い話じゃないし、むしろスゴくイイ話だと思うので、極めて前向きに考えてもらえると嬉しいな――ということでした」


「あ、別に今すぐ返事が欲しいとか、そういうわけではないんですね」


 とくに断る理由はない。一瞬『テスト』とかいう厄介なワードが聞こえてきたような気もするが、それもまた避けられないイベントなので、今はどこかへ投げ捨てておくことにする。いずれにしても光栄なことで、この依頼は受けるのが正解だと――。


「ううん。先方にはもうOK出してあるから」


「……あれ?」


 何か思ってたのと違う。どうやら俺には選択権が与えられていないらしい。


「それだと依頼じゃなくてただの連絡じゃないですか」


「え? そのつもりだったんだけど」


「……」


 何だか話に付いていけない。


 あれ? 今の俺に、何か落ち度があっただろうか?


 そんなわけはないと思っているのだけど。


「まぁ、いいわ。とりあえずそういう話が来ているっていう報告」


 俺を無視してそのまま話を強行する神野先生は、他の局員たちを見回してさらに続けた。


「撮影については、なんくん個人への取材は当然あるんだけど、活動風景みたいなのも撮影したいっていう話もあって、それは難波くんだけじゃなくて全員に影響する話なのでこれも連絡ということで」


「はーい」「わかりましたー」「おー、ちょっと楽しみ」


 みんなは軽く承諾していく。あれ? やっぱり俺だけ何か理解できてない説ある?


 結局今日の活動がすべて終わって、放送室の鍵がかけられてもなお、俺はずっと首を傾げたままだった。




        〇




 活動終わりが丁度お昼時ということで、大部分のメンバーはそのままお昼ご飯を共にするようだった。校内の食堂も開いているし、近くには定番のファストフード店もある。食べるモノにはあまり苦労しないのが、桜ヶ丘高校の良いところでもあった。


 もちろん俺も先輩や同級生に誘われていたが、今日は丁重に断った。街の中心部に用がある――なんて言うと、「だったらそっちでいっしょに食べればいいじゃん!」などと返されそうだったので、どうしても急用があって食べている暇もないという言い訳をした。それを踏み込んで掘り下げようとしてくるようなタイプの人たちではないので、幾分か助かった。


 俺の目の前には滅多に乗らない電車の発車時刻が表示されている電光掲示板。方向音痴ではないのだが、初めての場所にはそれなりの注意を払うのがある意味では礼儀だと思う。スマホの情報と照らし合わせて、間違いの無いようにしなくてはならない。


 渡されている情報によれば、今から向かうのはどうやら閑静な住宅街――それもこの街の中でもいわゆる『お高いエリア』とされている区画。地区名だけで充分解るくらいには有名なところだ。当然、そんなところには、今までの人生で行く理由がなかったので、行ったこともない。


「あー……、やべえ」


 若干緊張してくる。そこまでカタくなる必要なんて無いと思うのだが、そこは人生経験の少なさが原因だろう。許して欲しい。


 階段をひとつ降りた先のホームにやってきた電車に乗り、そこから2駅ほど。混雑をかきわけながら再び乗り換えをして、さらに数分揺られたところが最寄り駅になる。


「へえ……」


 何か、もう――見るからに違う。少なくとも俺が住んでいる『ザ・住宅街』みたいなところとは建物や道路の雰囲気も漂う空気も違っている気がした。


 駅直結のスーパーマーケットも、一応はよく知られた店名がメインに付いているけれど、サブタイトルみたいな名前も添えられている。時間もあるので中をしっかり見られなかったが、すぐ見えるところに高級ブランドなフルーツが置かれているあたりはやはり格調が違う。


 お昼時なので、オープンカフェにはお客の姿が多いが、みんなちょっと良さげな装いなのもチェックポイントだろう。裾が伸びてきたようならくちんスウェットを着ているウチの母親とは違う。


 ショーケースに展示されたブランドバッグをぼんやり眺めるような気分で駅前を離れる。喧噪に包まれているのはその周辺くらいなモノで、そこからひとつ大きな通りを渡れば静かなモノだった。


 ゆっくりとした散歩には適しているかもしれない。わりとアップダウンがあるので、自転車での移動でもわりと健康的な生活が送れそうな気がする。小高い丘になっているところもあり、そこには何やら学校のような建物が見える。ウチの学校と似たような立地条件だなと思って後で調べてみれば、どうやら私立の女子高があるらしい。なるほどなと思わなくもなかった。


 そうなると、徐々に周りにも興味が出てきてしまうのが、お上りさん根性である。よく見ればまだ少しだけ時間はある。ある程度周囲も見て、少しだけでも気分を落ち着かせようと思った。


 明らかに異様なというと語弊はあるかもしれないが、小さな森のようになっているところを見つけた。何があるのだろうと思えば、神社だった。規模は小さいが、よく見ればこの界隈で最も大きい神社の分社らしい。この界隈の住民専用とすら思える感じだ。


 境内に入るが、参詣に来ているような人の姿はない。静かなモノだ。ただでさえ静かなのに、さらに静かになっている気がする。梢が喧噪を吸収しているだけだとは思う。が、この空間の異様さに、さながら異世界にでも飛ばされたような気持ちにはなる。せっかくなのでお参りくらいはしていくことにした。


 他にもまだいろいろと気になるところはあったが、時間も目的地もそろそろというところになってきた。俺は、ひとつ大きく深呼吸をしてから、目指すべき区画へと繋がっていく横断歩道を渡った。


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