第2章: 想い出話はおしゃれなお店で

§2-1: 読み合わせと、予想外の依頼




        〇






「やぁ、お待たせ」


「遅い」


「ほんの少しじゃないか」


 ――わずかに冴えない顔をした同級生が、それでもへらりと軽い調子で笑う。


「キミが其所の角を曲がってくるところは見えていたけどね」


「だったらどうしてそんなに時間がかかるのよ」


「買い出しをしていたからだよ」


 ――言いながら彼はその買ったモノとやらを見せてくる。


「よく見えない」


 ――今度は少しだけ袋から出して、改めてその買ったモノとやらを見せてきた。


「なるほど、大事だね」


「だろう?」


「使い方は?」


「知ってる」


「そういうキミは?」


「知ってる」


「知識だけは一端だ」


「そのまま返してあげる、そのセリフ」


「ありがとう。受け取っておく」


 ――皮肉を皮肉と思わないのは、果たして幸せなのだろうか。




        〇




「ふぅ……」


「……いや、先に満足そうな声出さないでくれる?」


「ごめんごめん。でも、気持ちは解ってくれよ」


「解るよ? 解るけどさぁ……」


 広がっていた緊張感が、風船に穴があけられたみたいに一気に抜けていく。いつもはもう少しまったりとした雰囲気で進められることもあるが、何が要因かはわからないが今日は至ってマジメに進められた。


 今日の放送局の活動は、ラジオドラマの読み合わせだ。


 台本は夏休みの間を使って作られた新作のモノ。書いてきたのは、さきほど真っ先に満足そうな吐息を漏らしたたつそうろう先輩だ。


「オレとしてはイメージ通りだったから、ちょっとは満足させてくれ」


「だから解ってるってば。でもさ、って話」


 何か優越感のように浸りたがっている辰巳先輩と、それに対してため息と苦笑いをこぼすのはつれがわ先輩。まだ半年にも満たない付き合いではあるが、この放送局の関係性というか人々のタイプのようなモノは掴めてきていると思う。だいたいいつもこんな感じだ。真剣にやり終わったあとは一気にかんする。メリハリは大事なのだ。


 ラジオドラマなどの放送作品を作るというのは放送局の活動のひとつだが、その台本も放送局員が書くのが最近の常。かつてけいめい学園さくらおか高校に文芸部があった時代にはそちらの部員に依頼して書いてもらっていた時代もあったが、同好会への格下げを経て活動停止になっているため依頼先がなくなってしまった、というのが事の顛末。


 ちなみにだが、我らが放送局は『小説や脚本などを書きたい場合は放送局へどうぞ』という部活動勧誘をすることで、文筆業にも長けていそうな新入生確保を図っていたりもする。ウチの学年だと、俺の隣に座ってまだまだ慣れない読み合わせにちょっとお疲れモードになっている、みやもり飛鳥あすかがその勧誘に乗せられたクチだった。


 もちろん物書きができる誰かに任せっきりというわけではない。夏休みの期間などでは局員全員で最低1本は書いてくるという課題が与えられるなど、隠れたセンス発掘に余念はない。


 目的は人材発掘だけではない。そもそも放送局には各年度ごとで必ず2本以上の新作を残していくというミッションが課せられている。そのためにも新しい台本の制作は不可欠だった。


 俺ももちろん書いてきた――というか書かされてきたが、残念ながら俺の中には発掘されるべき文才は眠っていなかったらしい。予想はしていた。でも、ちょっと悔しい。


 何はともあれ喉が渇いた。集中して喉を使うとやはり疲れはある。全身運動をしたくらいの疲労感はあるかもしれない。


なんくんは全然疲れてないんだね……」


「え?」


 口を付けたペットボトルを机に置いたとき、不意に視線が合った宮森さんにそんなことを言われた。彼女の目にはどうやら平気な顔をしているように見えたらしい。


「読み合わせの後とかいっつも平然としてるイメージあるから」


「そんなことないんだけどなぁ」


 そもそも俺だってこういった活動は、高校生になるまで全くやったことがなかった。その点では宮森さんと全く同じなのだが。


「私との差が酷い……」


「それを言ったら、宮森さんと俺の文才の差が酷いって」


「そ、そんなことないって!」


 今日イチの大声が出た気がする。即座に照れていた。フィクション世界で描かれがちなステレオタイプ文学少女よりは活発そうな印象の宮森さんではあるが、こういう突発的なことにはそれ相応の反応を見せる。


「いやいや、そんなこと大アリだって。特に俺のと比べた時のレベルが違いすぎたよ?」


「そ、そんなこと……」


 さっきよりは控えめな音量だが、それでも謙遜は止めないらしい。彼女の中ではまだまだ上を目指したいのだろう。


「ああ、辰巳くんのが終わったら、次は宮森ちゃんのだからねー」


「ええっ!?」


 こちらの会話をしっかりと聞いていたらしい喜連川先輩が、満面の笑みをこちらに向けて言い放った。当然困惑と恐縮を隠さないのは宮森さん。


「ま、まだ2年生の先輩方の作品が……」


「完成度というか、ざっと読んだだけで『これがイイね』ってなったでしょー?」


「そんなぁ……」


 昨日の活動は、夏休み中に各々が書いてきた脚本を読み合う会だった。その上で、それぞれの作品をやや厳しめの加点形式で評価していき、夏休み明けからはその上位に来た作品を優先的に読み合わせをするという方針も決まっていた。


 評価の結果、辰巳先輩の書いてきたモノの内本人が自信作だと言っていた作品が1番目であり、その次が宮森さんの作品ということになっていた。


「こらこら、それじゃあ困るよー?」


 ずいずいとこちらに寄ってくる喜連川先輩。それに少しだけ宮森さんも気圧される。


「脚本とか台本とか書いてみたいって言ってくれたのは冗談?」


「違いますっ」


 勢い込んで言う宮森さん。


「でしょ? だったら気にしない!」


 喜連川先輩の後ろから先輩達が「そうだよー」とか「明らかにレベチだもんよ」などとはやし立てている。もしかしたら『先輩を差し置いて』なんてことを考えているかもしれなかった宮森さんにとっては、この上ない支えになるとは思うが。


「そもそも物語を書いたらやっぱり読んでもらわなきゃでしょ? 宮森ちゃん、書いたらそこで満足しちゃうタイプ?」


「そんなことは……ない、ですけど」


「じゃあ読まれなくちゃ作品がかわいそうでしょ!」


 言葉の勢いこそ強いが、宮森さんの肩をとんとんと叩いた喜連川先輩の手は優しかった。




        〇




「さて、と。今日の活動は以上ということで」


 放送局顧問のじんとせ先生が散会を告げる。ちなみに桜ヶ丘高校放送局のOGである。


「再来週くらいからは宮森ちゃんのヤツの読み合わせが始められそうだね」


「だな」


「ぅぅ……」


「……ちょっと、この娘ったらまだ恥ずかしがってるよー?」


「何事も慣れだよ、慣れ」


 あれだけ励まされてどうにか立ち直ったかと思いきや、先輩達からダイレクトに告げられて宮森さんはまた恐縮し始めてしまう。もしかすると荒療治的な方法が必要と思われているかもしれなかった。


「……ふぅ」


 ひとつ大きめに息を吐き出して立つ。


 この後は約束があるのだ――。


「あ、難波くん!」


「え」


 ――と、少し意気込んで立ち上がったところで、声をかけられる。その声の主は他ならぬ神野先生だった。


「ちょっとお話があるんだけど……」


「え……、何でしょう?」


 ゆっくりと歩み寄る。当然だが、頭の中はフル回転。


 あれ? 俺、何かやらかしたっけ?


 夏休み前の模試は然程おかしな点数は取ってないはず――いや、国語は想定より若干できてなかったけど。


「そんな警戒しなくても……」


「ぅぇ」


 バレてた。


「実はねぇ……」


「ちょ、ちょっと待ってください。この場で言っちゃう系ですか?」


 職員室とかどこか違うところで話すのかと思ったら、まさかのココ。プライバシーとかそういうことに関わらない内容なのか。それなら別に構わない――こともないのだけれど、もし神野先生がそういうのに疎い人だったら――ってその可能性はそもそも無いか。


 ――とか何とかいろんなことを考えようとしている間に、神野先生は容赦なく話を続ける。


「言っちゃう系。っていうか、むしろ言っちゃわないとダメ系の話」


「……?」


 何だろう。ちょっとだけ眉間にしわが寄る感覚。先生はそれを『話してOK』のサインと取ったらしい。


「実はね、難波くんに取材の依頼が来てるんだよね」


「取材……? え、俺にですか? 放送局にじゃなくて?」


「難波くん個人に。この前の表彰の件でね」


「ああ、なるほど……」


 納得。でも、それはまた意外と唐突な話。


「え、新聞部とかですか?」


 本校の新聞部は月2回の定期発行と学校行事の際の号外の発行をしている、わりとしっかりとした活動をしている部だ。放送局とは同じメディアつながりということでいっしょに活動をすることもあるが、今回はその関係だろうか。


「ううん。NHK」


「……ん?」


 聞き覚えは、ある。


「え、まさか」


「うん。日本放送協会、略してNHKのほしのみや放送局から」


「……あれ? ってことは?」


「うん。テレビ局からの取材依頼なんだけど」


「えええええ!?」「えええええ!?」「えええええ!?」「えええええ!?」


 俺よりも先に先輩やら同級生やらが驚いてしまい、俺は声を出すタイミングを失った。



 ――いやぁ、ちょっとくらいは俺にも叫ばせてくれたって良くない?

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