§1-7: デートのお誘い(ただしいろいろとアンバランス)


 惣菜コーナーの物色は終わったので、今度は乾物などがある棚にやってくる。いつも使っているダシが減ってきているらしい。当然のようにマナちゃんとまみちゃんのふたりもいっしょだった。ふたりにもそれぞれ買うモノがあるような気はするのだが、俺に付いてきていいのだろうか。


「ふたりとも、大丈夫なの?」


「え? 何が?」


 急に現実に引き戻されたみたいな顔をするマナちゃん。やたらと楽しそうだったのでギャップが大きい。


「いやぁ……あんまり大きな声じゃ話せないというか何というか」


「じゃあ、ハイどーぞ」


「じゃあ、私にも」


 そう言って、こちらに耳を向けてくる。どこか反応が子供っぽいというか、ノスタルジックな雰囲気ばかりしてくるのは、きっと俺の気のせいではないはずだ。


 ふたりが薄らと思っていることは分からなくもない。分からなくもないのだが、それをそのまま受け入れてしまってイイものなのかどうかと、頭のどこかがストッパーをかけているようでどうしても雰囲気の波に乗りきれないでいる。


 ただ、こればかりは回避できないことも察した。期待感しかない視線ふたつを向けられて、そのままスルーなんて出来るはずが無い。


「周りの目とか大丈夫なのかな、って」


「……んー」


「まぁ、大丈夫じゃない?」


 まみちゃんはそこまで気にした感じではなく、マナちゃんに至っては全然気にしているような素振りではなかった。拍子抜けとかいう次元じゃない。素人考えだけれど、もう少し周りの目というか、それこそカメラとかには気を付けた方がいいんじゃないかと思ってしまう。


「……むしろ大っぴらにしちゃった方が分からないまであるんじゃないの?」


「たしかに、ヘンに変装とかするからバレるって、いろんな人から聞くけど」


「でしょ?」


 それどこか、マナちゃんはとんでもない肝っ玉を晒し始めた。まみちゃんの方も納得する。こういういつでもわりと大胆はところは昔と全然変わっていない気がする。


 ひとまずは本人たちがそういうのであれば素人が余計なことを言う必要はない。その界隈をよく知っているのは俺ではなく、このふたりの方なのは間違いないのだ。


「だいじょぶだって。いざとなったらウチがもみ消すから」


「あー……まなちゃんとこの事務所ならねー」


「ウチらのことだって知っているから、そっちにも便宜計れるっしょ」


「……え」


 何か今、とんでもない闇が目と鼻の先で展開されていやしないか?


「あ、ごめんごめん。リョウくん、今のはウソだから」


「……は」


「ウソ。冗談。ナイスなジョーク」


 そう言って、ふたりとも笑う。


「怖いから。それはホントマジで止めて。心臓止まるかと思ったから」


 そうだった。ふたりとも女優業をしていることを忘れていた。自然な演技とかじゃなくて、本当としか思えなかった。そもそも一般人が知らないウラの話をされると真偽判断なんて付けられない。


 まったく、いったいどのタイミングで、そんなコントみたいなことをしようと思ったのやら。全く心臓に悪いったらありゃしない。


「ごめんって。そんなこと出来るわけないし、そんなことを前提にしてるのとか無理だからね」


「事前知識が欲しいよ、そういうのはさぁ……」


「あはは。……機会作って話したげるから、安心してね」


「それは助かる……」


 ――助かるのか? よくわからないけど。


「ところで……。りょうせいくん、自炊なの?」


「いやいや。俺の場合はただのお遣いだよ」


 するりと新しい話題を入れてくれたのはまみちゃん。相変わらず視野が広いというか、周りを見ながらすぐに助け船を出してくれるようなところは、彼女の昔から変わらないところかもしれない。


 実家住まいの男子高校生がそこまで料理をするわけもなく、俺はまみちゃんに苦笑いを返す。そりゃあ興味がないこともないけれど、料理を自主的に家でやったことはほとんどない。幼少期にお手伝いをしたくらいだろうか。とはいえ、レシピをガン見しながらなら何とか作れるとは思う。家庭科の授業ではわりと褒められた記憶しか無いし。


「なるほどー……。お、ハンバーグとか?」


 マナちゃんがカゴの中身を覗き込みながら訊いてきた。たしかに挽肉は入っているが。


「それは明日以降かな」


 出がけに見てきたキッチンでは魚焼きグリルが稼働していたので、今日は焼き魚。


「今日食べるとすれば、たぶんこっち」


 言いながら指すのはマカロニ入りポテトサラダ。


「あ、これ美味しいよね!」


「わかるー!」


 不意の同意を得られてしまった。少し意外な気もする。


「え、何でそんな意外みたいな顔してるの?」


 そして、マナちゃんに速攻でバレた。何だ、表情から感情を読み取る訓練でもしているのか。もとより俺はポーカーフェイスが得意とは思っていないけれど。


「いやぁ……、スーパーの惣菜の味を知ってるとは思ってなくて」


「……ん? もしかしてリョウくん、何か勘違いしてる?」


「何が?」


「あたし、……っていうか、たぶんマミちゃんもだと思うけど、別にそんな派手な生活送ってないからね?」


「大丈夫。私もだから」


「あ……、う、ご、ごめん」


 完全に配慮が無かったと思う。これなら興味本位におかしな質問や発言をぶつけてくる輩と代わり無いじゃないか。下世話な視線を投げつけてくる輩と代わり無いじゃないか。


「違う、違う! 全然っ、責めたりするつもりはなくて……!」


 俺があまりにもしょげすぎたからか、マナちゃんが取り繕うように言ってくれる。が、それでも配慮が足りなかったのは事実。もう少しふつうの――例えるならば、昔のような感じにするべきなのだろう。


「……ねえ、遼成くん」


「ん?」


 ここで会ってからはいちばんトーンを下げて、まみちゃんが言う。


「明日って、時間あるかな?」


「明日?」


 自分の記憶を探ろうとするが、それよりもスマホのスケジュールやメモ帳に入力してある情報を見るのが正確だった。パパッと調べてみると、明日の放送局での活動は午前中で終わることになっている。午後からはフリーのようなので、それをそのまま告げる。


「だったら、午後から会えないかな、って思って。……もちろん3人で」


「あたしは大丈夫。むしろ暇する予定だったし、リョウくんに会えるなら大歓迎」


「俺も、大丈夫」


「じゃあ、決定っ!」


 最終的にマナちゃんの号令がかかるのはちょっとだけシュールな気がしたが、決定事項には代わり無い。何となくだが、明日この3人で過ごすときの流れのようなモノも併せて察することができたような気もする。



        〇


「あ、そうだ」


 それぞれの買い物を終えて、店の外で解散――になろうかというところで、マナちゃんが何かを思い出したように立ち止まる。買い忘れでもあったのだろうか。その割には落ち着いている気がするのだが。


「リョウくん、ちょっとスマホそのままね」


「え? 何で?」


 時間を確認しようとしたタイミングだったので、たしかに俺の手にはスマホがある。そんな俺の動きを止めつつ何やら自分のカバンを探り出すマナちゃん。


 何が出てくるかと思えば、スマホ。


 それを見たまみちゃんも少し遅れてスマホを取り出した。


「メアドとID交換しよ」


「……ん? あれ? さっき学校でIDは交換しなかったっけ?」


 クラスでの連絡を取るグループに入る目的で全員と交換をしたはずだったが。


「……あ」


 気付いてしまった。


 よく見ると、学校で見たのとボディーカラーが違う。ケースこそ同じだが、その奥に覗く色が違っているし、ストラップも付けられている。


「気付いちゃった?」


「もしかしたら外れてるかもしれないけど」


「ううん、たぶん遼成くんの直感は正解だよ」


 まみちゃんはそう言いながら再びカバンを中を探る。間もなくして出てきたのは、俺が見覚えのあるスマホ。こちらにはストラップはない。


「要するに、こっちのストラップが付いている方がプライベート用。学校で出したのは学校用ってこと」


「……なるほど」


 たしかに、そういうところで予防線を張るのは正しいと思う。いつ何時流出が発生するかも分からないのがこのご時世。言っちゃ悪いが、自分も含めて高校生のネットリテラシーなんて高が知れている。


「あれ? でも……」


「リョウくん」


「え?」


 不意に距離が詰められる。とっすぎて反応ができない。


 目の前には、マナちゃんの妖艶さすら漂う笑み。そして沈黙を促すような人差し指。


 視線だけを慌てて動かせば、その隙間を埋めてしまうようにまみちゃんからも距離を詰められ、彼女も同じようにシーッと人差し指を立てた。


「キミは黙ってあたしたちとIDとメアドを交換するの。おっけー?」


 息が止まりそうになる。俺は無言で首を縦に振ることしかできなかった。


 ふたりはさっきまでの立ち位置に戻ると、もう一度微笑みを浮かべながらそのプライベート用のスマホを差し出した。

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