§1-4: まだまだ話し足りないご様子
「やっぱり生で聞く感想ってイイよねー」
「私は、ちょっと気恥ずかしいけどね」
「えー? そ~お? あたしはいっぱい聞きたいけどなー」
満足そうに互いに顔を見合わせているふたりの後ろ。実はずっと話に入ってきたがっていた男の姿があることは知っていた。
話も一応切れ目が見つかったのでここらで視線をヤツに当ててやれば、わずかな違いもきっちり見つけてくれた。そのあたりは、
「やたらと盛り上がってるみたいだなぁ」
「ははは……」
若干のウザ絡みから入ってきたのにはマイナスポイントだったが、まぁいい。
「『やんごとない編入生がふたりやってくる』って話は聞いてたけど、まさかそれが自分の友達の……知り合いだとは思わなかったなぁ」
俺とふたりの間柄に対して余計な言葉を使った表現をしなかったことはプラスポイントだった。プラマイゼロになっただけだが、下がってから上がってきただけに少しだけ印象はいい。
上がったモノが下がるより、下がったモノが上がってきた方が幾分か心象は良い。
「まぁ、幼なじみ……みたいな感じかな」
「オレはふたりに会ったことないはずだから、小学校より前からの付き合いとか?」
「幼稚園だね。というか、幼稚園は同じだったけど小学校からは別で、それ以来」
「マジか。ガチガチの幼なじみじゃねえか」
ガチガチじゃない幼なじみとは何なのか。
「なるほどねぇ……。あ、オレは長堀正虎。ふたりとは違って、
自然な流れで自己紹介をぶっこんでくる正虎。この辺りのさじ加減は相変わらず巧いヤツだった。
「何年生からなの?」
「3年のとき……だよな?」
「だな」
そこからは中1を除いてずっと同じクラスだった。
「へえ……」
「なるほど……なるほどね?」
何やら思案顔になるふたり。一瞬だけキラリと瞳が輝いたように見えたのは俺の気のせいだろうか。芸能人の持つ特有の輝きとかそんなんじゃなく、どちらかと言えば不穏な匂いのするものだったような気がするのだが。
「ほら、みんなも今のうちに名乗りを上げよ!」
だけど、話は正虎によって勝手に進められていく。ヤツがよくわからないフリをカマしたことで、クラスメイトたちの怒濤の自己紹介が始まった。
〇
休み時間いっぱいを使った結果、クラス全員がどうにか名前の交換を終えるところまでは無事に話が進んだ。
教室の外にはその光景を羨ましそうに、時には恨みがましそうに見ている他クラスの生徒たち――他学年の生徒も混ざっていたが――の姿はあったが、それを俺たちがどうこうできるはずはなかった。
辛辣な言い方かもしれないが、運というモノは時々残酷なまでにそれぞれを分かつときがあるのだ。
2コマ目のホームルームの議題は、9月に実施される夏季体育祭の出場種目決めだ。
名前には『夏季』とあるが、実質的には秋の実施だ。進級や卒業を目前にしたタイミングである3月にも体育祭があり、そちらが『冬季体育祭』と呼ばれていることとの対比による命名らしい。
秋季と春季では聞き間違いが起きやすいのも遠因だろうか。とはいえ最近は残暑も厳しかったりするのであながち間違っていない気がしている、そんな行事が『夏季体育祭』だった。
夏休みが始まる前――文化祭直後とも言う――にあらかじめ夏季体育祭で行われる競技や種目については説明をしてあったので、だいたいはそのときに第3志望くらいまでは考えていたし、そうでなくてもぼんやりと思うところはあったはずだ。
問題はそのときに居なかった生徒が2名ほどいるということなのだが――。
「
「はーい、あたしは短距離希望っ!」
「私は長距離かなー」
「いや決断早っ! でもありがたいっ! えーっと……? 高御堂さんが短距離、四橋さんが長距離……っと」
ふたりともスパッと決めてきた。これは予想外だったが、完全に嬉しい誤算というヤツだった。
ちなみに、「瞬発力には割と自信あるんだー」とか「わりといつもランニングしてるから、短距離よりは……」とか、双方チョイスには微妙に自信の度合いが違いがあるようだった。
だいたいの第1・第2候補が出揃った黒板を見ながら思う。残念だが体育祭のことではなく、少し脱線した内容だ。もちろん興味本位であまり口出ししてイイものだとは思っていないからわざわざ訊こうとまでは思っていない。何か自然な流れの中で訊ければいいだろう、くらいの感覚だ。
それは、どうしてふたりはまたこうして地元に帰ってきたのか――この1点だった。
そこまで女優やアイドルを追いかけるような
件の映画を見たときにでも追えば良かったのかもしれないがその時はそういった余裕が俺の中には無かったし、卒園以降疎遠だったふたりの――しかも女の子の足跡を追うということに対して心のどこかで抵抗感を抱いていたのかもしれない。
触れずにいるべき過去というのも、きっと誰しも持っているはずだからだ。
こうして新しくクラスメイトになった1年8組のメンツとは早くも溶け込んだようで、楽しそうに話している姿を見ている限りは特段問題を抱えているようには見えない。
もっとも、俺ごときの分析眼で見破れるほど、女の子というものがカンタンではないことくらい知っている。それは、痛いほどに分かっているつもりなので、あまり大口を叩くつもりもない。
だからこそ、少しばかり気になった。
〇
始業式の日は午前中しかコマ割りがない。あとは帰宅するなり煮るなり焼くなり好きにしやがれな時間帯の到来である。
「リョウくーん」
支度を調えていた俺のところに真っ先にやってくるのは、さっきと同じくマナちゃん――高御堂さんの方だった。まみちゃん――四橋さんもすぐ後ろにいる。
「ああ、高御堂さん」
「むー」
アイドル仕込み――なのかどうなのかはよくわからないが、軽やかなステップで近付いてきた彼女が一気にふくれっ面になった。あれ、何か問題発言でも。
「そんな余所余所しくしないでほしいかなぁ。昔みたいに『マナちゃん』でいいよ」
「あぁ、うん」
――それも覚えていたんですね。
「だったら、私も『まみちゃん』にしてもらおうかな。……その感じだと、ふつーに
「あはは……」
――ご明察でいらっしゃる。
「じゃあ遠慮無く」
「遠慮なんていらないってば。アタシとリョウくんの仲でしょ?」
「私と遼成くんの仲でも、まーったく問題無し」
何だか懐かしいこの感じ。
嫌な感じは全くしない圧しは強さでやってくるマナちゃん。
隣に寄り添うような雰囲気があるまみちゃん。
わりと対照的な印象もあるが、こうして共通の知り合いとしてふたりが仲良くしているのは嬉しい光景だった。
「……そういえばふたりって、結局あの映画のときに知り合ったの?」
「そうそう! 同じシーンの撮影があって、合間に雑談っぽいことしてたら出身が同じだ! ってなって」
「うんうん、そこからだよねー」
すごい偶然もあるものだ。
「ところで……、リョウくんは今から帰り?」
「部活なんだよねー」
「さっき表彰されたもんね。放送局だよね」
「そう」
しっかり見られていた。ああいう場面では適当に半分睡眠状態になっている生徒もいるのだが、このふたりはそちら側ではないようだ。――編入直後に居眠りするほど肝の据わった人間だったら、それはそれで驚くけれど。
「イイ声だもんねー、受賞も当然って感じ」
「だねぇ。そっちのお仕事探すんなら相談に乗れるよ、っていうか、むしろスカウトされそうだけど」
「いやいや……そんな」
本職というか、そういう仕事を既にしている人に褒められるのは光栄だが、それはさすがに恐れ多い。
「ふたりは帰り?」
「そ。……今日は車が来る予定で」
「ウチの方も」
「あー、その方が安全だと思うよ」
ただでさえ何が起きるか分からないのがこのご時世だ。
「家ってどの辺……ってこの場で訊かない方がいいね」
「アハハ! あたし今ふつうに教えるとこだった!」
「ぷっ! ……ちょっともー、
からから笑うマナちゃんに、思わず噴き出してから苦笑いに切り替えたまみちゃん。
うん、案外イイコンビかもしれない。
「でもまぁ、それでも気を付けて帰ってね」
「ありがと!」
「ありがとうね、部活がんばって」
「こちらこそありがと」
正直言うと、だんだんと周りから突き刺さる視線がツラくなってきていた。いい加減お前はふたりを解放してくれ――と許多の目が訴えていた。
耐えきれなくなった俺はふたりの笑顔を背に受けて教室を離脱することにした。
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