§1-3: まるでマンガかラノベみたいな展開
編入生が入ってくると同時に後ろ側の扉も開けられ、机と椅子が2セット搬入されてきた。教室後ろ側に席がある生徒は後ろの方に一瞬気を取られてしまう。
俺もそのひとりだったが、その雑用を買って出たのは学年主任の
1セットずつを運び入れて任務完了。満足気な顔をして、お茶目に手なんか振って教室から去って行った。あれでいて、案外楽しい性格の人であることは有名な話である。
とはいえ、手を振っていったことに気が付いているのは、教室前側にある黒板に背を向けている
生徒の視線の大多数は間違いなく編入生ふたりに向いていた。
改めて確認するが、やはりそうだった。あのふたりは、俺がさっき職員玄関で会った子たちであり、俺の名前を盛大に叫んでくれた子たちだった。
何が何だか分からない。さっきは
俺の視線もきっちりとふたりに向けられてはいるのだが、あまりの非現実さにどうにも焦点が合わない感じがしていた。
教室の狂喜乱舞っぷりをキレイにスルーして、阿波座先生は黒板にふたりの名前を大きく書く。国語教諭であり、書道部の顧問も務めるだけあって、さすがの美しさだ。
会心の出来だったらしく自分の字を満足そうに見つめながら、先生はふたりに自己紹介を促した。
「今日からこのクラスでみなさんと過ごすことになります、
「同じく、今日からこのクラスの一員になります、
ソプラノボイスが特徴的な少女A――彼女が、高御堂愛瞳。
メゾソプラノが特徴的な少女B――彼女が、四橋舞美花。
キレイな声をしっかりと揃えて「よろしくお願いします」と一礼した。
その所作ったら。――まぁ美しいこと、美しいこと。
1年8組の生徒一同は狂喜乱舞になるかと思いきや、ふたりのオーラに飲まれたかのように黙った。その不思議な沈黙を破ったのは正虎の拍手で、みんなも何かを思い出したように盛大な拍手を載せた。
「ふたりとも首都圏にある姉妹校の方に通っていたんだが、今日からウチの学校に編入することになったということだ。……まぁ、何だ。たぶんお前らはもういろいろこのふたりのことを知っているかもしれないし、今日はこの後夏季体育祭の話もあることだし、細かい話は追々だな。その時にでも話してくれ」
席はあそこな、と阿波座先生は今し方入れられた机を指す。公的な自己紹介のターンは終わりということらしい。ふたりは並んでその席に向かう。
キラキラとした瞳をクラスメイトたちに向けつつ、自分の席に着く直前――。
――ふたりが俺を見て破顔した。
ぼんやりと自分の記憶を辿っていた俺を、しっかりと現実に引き戻してくれるような笑顔だった。
いや、気のせいではない。よくアイドルのコンサートでお手製の団扇を振って「きゃー! 今、目が合った! 私を見てくれた!」と騒ぎ立てるような、ああいうタイプではない。明確に俺の顔を見て、彼女たちは笑った。
でも、俺の席が後ろの方だったおかげで、同級生たちがそれに気付くことはたぶん無かった。おかげで最悪の事態は免れたと思う。
だって、そうだろう。
俺のモテ期を作ってくれた女の子ふたりが、10年ほどの時を経て、片やアイドル、片や女優となって、またこうして目の前に現れた――なんてことがいきなり広まったら、絶対暴動が起きるから。
〇
しかし状況は、最悪の事態は免れたモノの――という話だった。
「リョウくん!」
「
編入生ふたりは、まったくもって容赦が無かった。次のホームルームまでの休み時間になった瞬間、すぐさま俺の席にやってきた。
当然のようにざわつく教室。ウチのクラスに例の編入生が入ったという事実は即座に広まったようで、チラッと見える廊下には早くも他クラスの生徒という名の見物客が集まっていた。
「……ね、
「う、うん」
実を言えば、「まさか、そんなことがあるわけない。そんな出来すぎた話なんてあってたまるか」と、心のどこかでは信じ切れていなかったところがあった。いくらファーストネームや当時のあだ名を呼ばれたとしても、だ。
しかし、この子たちはしっかりとその疑いの芽を摘んで行ってしまったのだから、もう諦めるしかない。ここは明確に、そういう関係があったということを公にしてしまうしかないのだろう。
「……まさかね、ウワサには聞いてたけどね。その編入生が……ふたりのことなんてさすがに思ってなかったよ」
「あはは……、ウワサになってたんだ」
そう言いながら笑ったのは四橋さん――かつての呼び方をするならば、まみちゃん。
「そりゃあ、ね。1週間前にはウチの生徒の間にはわりと広まってたよ?」
「すごっ。さすがに広まるの早すぎじゃない?」
そう言って苦笑いを浮かべるのは高御堂さん――かつての呼び方ならば、マナちゃん。
今更隠せるはずもない。このふたりこそ、俺の幼稚園期をモテ期にしてくれたふたりだ。
同じバスに乗って通園していたとてもかわいくて元気な女の子というのが、現在はアイドルグループに所属していて女優業もこなす高御堂愛瞳。
同じクラスのとてもかわいくて優しい女の子というのが、子役としてデビューして以来コンスタントにドラマや映画に出演する女優である四橋舞美花。
ふたりとも俺の幼なじみと言っても良いかもしれない間柄ではあるが、実際に話ができたのは月雁わかば幼稚園の年長組だった1年間だけ。住んでいた場所が違っていたことで通う小学校も違っていたので、残念ながらそれっきりになってしまっていた。
俺自身、ふたりのことを忘れていたわけではない――と言えたらカッコよかったのかもしれないが、現実はそうでもない。そりゃそうだ、そんなもんだ。当時の俺の記憶力なんて残念ながらその程度なのだ。
「リョウくんも、覚えててくれたんだね」
「んーまぁ、その……、ホントのことを言うと、覚えてたというか何というか……」
「ん? どゆこと?」
マナちゃんが予想通りに疑問をぶつけてきた。
「ほら、去年学園モノの映画があったじゃない? 『青空に駈けろ!』ってやつ。あれ、たまたま見に行ったんだよね」
「あー、そっか」
「なるほど」
昔から映画やドラマを見るのは好きなのだが、それを加速させた要因は家の近くにシネコンが出来たこと。それ以来小遣いの大半の消費先になっていたのだが、去年見た映画のエンドロールで、何となく見覚えのある名前がふたつあったわけだ。
もちろんそのときは芸名がたまたまその子の名前と似ていただけという説もあった。わりと華やかな名前であったけれど、苗字が実名としても芸名としても比較的珍しい方だったこともあり、どちらなのか確証が持てなかった。
――結果的には今日こうして、ふたりとも本名で活動していたという結論を得るに至ったわけだったりするのだが。
「……あ、違う違う。まずは、さ」
「うん、たしかに」
「観覧、ありがとうございました」「観覧、ありがとうございました」
「いえいえ、そんな」
――なんだこれ。
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