§1-2: もはや唯一誇れるモノと、嵐の到来
職員玄関で何が起きたかの解答を得られないまま、俺は始業式前の教室に到着した。
せめて質問のひとつやふたつ投げつけられれば良かったのだけれど、ウチの学年主任である
対して俺は、始業式での段取りのようなモノを教えるとかで、まっすぐ職員室へ向かわせられてしまった。
一応そこで足止めを喰らったような恰好にはなったが、それでも俺が着いたときの教室に生徒の数は少なかった。
トイレへ行くついでに見てみたが、やっぱり多くの生徒が廊下やら玄関やらで談笑という名の時間つぶしをしているらしかった。
トイレから戻れば、俺の席にはいつものように
「はよっす、
「おはよ。ちょい寝坊でもしたか?」
「いや。そういうわけでもないんだけど」
いつもなら俺より少し早い時間には来ている正虎が、今朝は居なかった。
てっきり何か遅れた理由があるモンだと思っていたのだが、違うらしい。
「来てはいたんだよ、学校には」
「ってことは?」
俺は言いながら、階下の方を指差す。正虎は顎を軽く突き出しながら頷いた。
俺が気付かなかっただけで、あの人波の中に紛れていたようだ。
「見られた?」
「外でちょっとだけ。……ったく、あんなところで騒ぐヤツがいると、オレらが困る」
どういうことかと正虎に訊けば、
職員玄関前やそこにつながる廊下や階段に生徒が集まりその一部が騒いだ。
その結果生徒指導にしょっ引かれただけでなく、あの辺り一帯への侵入が止められたとかいう話だった。
俺が来たときには通れるようになっていたが、それはある程度時間が経ち生徒たちが落ち着いてきたからのようだ。
「遼成は? 見れたか?」
「……まぁ、一応な」
「何でぼかすんだよ」
「いや……」
言いながら、少しだけ周りを見る。
――まぁ、大丈夫だろう。騒ぎにはならない。
さっきの違和感の正体を探れるのなら探っておきたかった。
「何となく見覚えがあった気がするんだよな、その編入生」
「いやぁ、そりゃあ見覚えあるだろ。芸能人なんだし」
「……うーん」
たしかに、そういう風に考えるのが妥当なのかもしれない。
だが、さらに質問をぶつけようとしたところで運悪く校内放送が流れ、始業式の時間になってしまった。
今から向かうのは講堂。こういった式典のときは体育館ではなく、講堂を使うことになっている。
シアターなどにあるような座り心地のいい椅子があり、とてもステキに眠気を誘うのだが、寝たら教員達から一発でわかるので困ったものだ。
講堂へと向かう足取りはいつもより遅いし、どこか浮き足立っている感じがするのは、やはり例の編入生効果だろうか。
話題になっているのもそればかりだ。
実際に見たヤツが、まだ見てないヤツに対して面白おかしく説明している。
講堂に到着しても、ざわめきは収まらない。
それどころかパワーアップしている。反響しやすい構造になっているので、いつもよりうるさく感じる。
それもそのはず。
各クラスごとにまとまって座る講堂において、それとは少し離れたところに俺がさっき遭遇した――そして、俺の名前を叫んだ――ふたりがいた。
遠目で見てもオーラが違うというか。
我々一般ピープルとは異なるところにいらっしゃる雰囲気を感じてしまう。
それは他の生徒たちも同じらしかった。
「――静粛に」
いつもよりもだいぶ大音量で、生徒指導の
たった一言なのに、講堂の中の浮ついた空気が一気に塗り替えられていく。
さすがの破壊力だった。
そこからはわりと普段通りの始業式になった。
校長の話も生徒会長の話も、どちらもあっさり感。
長い話は聞く方がツラいが、聞くのがツラい話を長々作るのもツラいという話だ。
長話を良しとしない人たちでありがたい。
さらに生徒指導部からの
こっちは真の意味で
先ほど職員室に呼ばれたのはこの話をされたからだった。
講話の直後席を立つときに、表彰の中身を知っている正虎が率先して茶化してくれやがったが、当然嫌では無かった。
改めて賞状を受け取り、講堂に盛大な拍手が響き渡る。
こういう場に立って賞状をもらうのは初めてだったが、なかなか気分は良いものだ。
正直、もう2度とこういうことは無いと思っていたし、今の部活に出会ったことでこういう場に立たせてもらえたと思う。
俺の命を繋いでくれたことにも他ならない。
ありがたいことだった。
〇
教室に戻ってきて、さっそく正虎がこちらにやってきた。
やたらと楽しそうなツラである。
おまえをイジってやるぞと、その目が言っている。
「カタくなってたじゃん。そんなんでよく優秀賞なんて取れたな」
「うるせえよ。お前が変な煽り方するからだろ」
案の定だった。
そして、割と本質的なところを突いてきてるので困る。
さすがは小学3年からの付き合いだ、正虎は俺のことをだいたい把握している。
厄介なヤツだった。
正虎の指摘通り、決勝戦特有の緊張感でイマイチ力を出しきれず、複数人いる優秀賞受賞者でも下の方だった。
初めての舞台だったことを加味しても、もう少し平常心を身につける必要があること自分でも理解していた。
「……まぁ、お前のことはどうでもいいんだよ」
「ハッキリ言うな」
さすがにちょっと傷つくだろうが。
「あの編入生がどこのクラスに入るかって話だ。それの方が余程重要だ」
「……なるほどな」
たしかに、俺の話よりは重要かもしれない。
「どっちも1年生みたいだったし、ウチのクラスに来ちゃったりするんじゃないのか?」
「まぁ、可能性としてはゼロじゃないだろうけど。机が増えてるわけじゃないし」
「っつっても、まだ机入れられるスペースはあるだろ」
たしかにこの1年8組の教室には、まだ5人分くらいの机を入れられる余裕がある。
今から搬入されてくる可能性を否定することは、誰にもできない。
「オレたちが講堂から戻ってきたら机が増えてるじゃねえか! ……みたいな展開だったら盛り上がったんだけどなぁ」
「他のクラスには増えてるかもしれないぞ?」
「……それは、まぁ……その時よ」
どんな時だ。
「っつーか、もし本当に先に搬入されてるクラスがあったら、もう騒いでるだろ」
「たしかに。そう言われりゃ、どこのクラスもまだ可能性があるな」
「よーし、席に着けー」
「んじゃあ、また後で」
そんなことを話しているところで、担任の
全員そこそこ大人しく、わりかし緩慢な動きで、それぞれの席へと戻っていく。
もちろんそれに対してイジリを入れてくるのは我らが担任である。
「そういう態度で良いのかぁ? ……なぁ、
「お、オレっスか!」
「学級委員長としての示しと夏休み明けの景気をつける号令をひとつ頼むぞ」
「何スかそれ」
妙なハードルを置き始める担任、やたらとゴキゲンである。
夏休み中に何か良いことでもあったのだろうか。
何はともあれ、一応元気の良い号令で夏休み明け最初のホームルームが始まった。
「さて、と。今日の始業式はどいつもこいつも妙に浮き足立っていたような気がするが、それもさっきまでにしておいてほしい。そういう余計なことをするようだと困るからな」
その割には、マクラがお叱りになっている。
どういうサゲが待っているのか、展開が読みづらいことになった気がする。
「良いか? 言ったからな? お前ら、
それぞれが互いに顔を見合わせ答えが描かれていないかチェックし、やっぱりそんなものあるわけないので首を傾げる。
阿波座先生のあまりの念押しに、教室内に疑問符が充満し始めた。
前振りもむなしく教室がざわつきそうになったところで――。
「……じゃあ、編入生を呼ぶからな?」
「なっ!?」「え!?」「えーっ!!」
――とんでもない爆弾発言に教室が突沸すると同時、先生は廊下に向かって声をかけた。
それが合図だったようで、教室の前からは編入生がふたり入ってきた。
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