第4話 容疑者話②
都内、某ビル。
目の前の道に地下鉄の出入り口があり、そこから人々が溢れ出ている。人々は自然と列になり、まっすぐにビルを目指していた。
ここは有名な出版社だ。雑誌から小説まで幅広く手がけており、各フロアに編集部がある。お洒落なOL風の女性や、ジャージ姿でフラフラしながら歩く人まで、様々な人がいた。
颯爽とした朝の空気を割るように、怒鳴り声が響いた。
2人の男女が入り口で揉めていた。痴話喧嘩かと、周囲の人間が集まってくる。見えない線で2人を囲うように人だかりが出来た。
「だから邪魔すんなって。お前がどんなに喚こうが私の出世を妬んでいるようにしか見えねえからな」
恐ろしく口の悪い女性だった。声がハスキーで、周囲に響く。
「妬むわけないじゃん、お前の力じゃなくて作家のお陰だから。駿先生にありがとうございますってお礼した?」
「妬んでいるって言葉以外でお前を表せねえ」
男の方は明らかに面白がっていた。漫才師のように派手なスーツが目立つ。
人々は数秒だけ見物すると、出社時刻に遅れないように足を進めた。
「お前は言動もだけど派手な服装が目障りなんだよ」
「ちょっと、俺のことは悪く言っていいけど、このオーダースーツの悪口は聞き逃せない」
出勤する人々の中に、頭ひとつ分出ている男がいた。体格もよく、スーツのボタンが取れそうだった。
「あの2人は一体何を揉めている?」
背の高い男が一緒に歩いていた小太りの男に聞いた。小太りの男が淡々と答える。
「おはようって挨拶をしていますね」
「なるほど」
男は頷くと、足早に2人に近づく。いち早く気づいた人が声をかける前に、怒鳴り声が響いた。
「お前ら、朝から本社の前で騒ぐな!」
「「編集長!」」
恥さらしめ、顔を合わせるとすぐこうなる、とブツブツ言いながら2人の前に立ちはばかった。2人の男女は怯みながらも、言い訳を訴え始める。今の怒鳴り声でますます人が集まってきた。
これが学校ではなく、会社の光景だから目を疑う。小太りの男は腕時計を確認し、野次馬の横を通ってビルに入った。
「飯田、葉山。頼むからせめて編集部内でやってくれ。どちらかを移動したくても、理由が情けなくて上に希望が出せん」
編集長は腕を組んで嘆いた。
葉山、と呼ばれた男性が1歩前へ出た。頬に複数ニキビがあるが、愛嬌のよさのひとつになっている。オレンジを基調としたチェック柄のスーツが目立っていた。
「申し訳ございません編集長。元はと言えば飯田女史が、私めのスーツにいちゃもんをつけてきたことから始まります。常に黒装束姿の女に言われたくありませんな」
胸に手を当て、真顔で主張する。ふざけているようで本人は真面目だった。
「編集長、私の主張も聞いてください。先ほど、葉山が足をかけてきました。故意ですよ。傷害罪に訴えないだけでも感謝して欲しいです」
飯田は葉山の言う通り、黒いブラウスに足首まである黒いスカートを履いていた。涼しげな美人によく似合っている。
「1週間前にバカにされたスーツの仕返しです」
「根に持ちすぎなんだよバカ」
また向かい合った2人に編集長はゲンコツを見せつけた。子ども相手でもこんな怒りかたはしない。
「大体、彼の服装は編集部の景観を汚します」
「人の服装を景色みたいに言うひどい奴は首にしてください。だったら飯田女史の服装も見ていてテンションが下がります!」
2人を交互に見た。2人とも訴えるふりをしてお互いを詰っている。
これで仕事ができるから、手放したくはなかった。
「俺の服装は季節を取り入れているんです。今日のテーマは紅葉です」
「ほら景色じゃないか。京都の自動販売機を見習って周囲に溶け込む努力をしろ」
「お前らの言い分はわかった。服装は個人の自由だから、な」
なぜか飯田が勝ち誇ったように葉山を見た。葉山は眉間に皺を寄せた。
編集長はゲンコツがよく見えるように腕まくりをしたその時、
「飯田女史の、死装束!」
と葉山の渾身の攻撃が響いた。そして自分の言った言葉に気づく。
「あ……」
沈黙の後、飯田は別人のように、冷めたわ、と呟いて去っていった。
明らかに気を使われた。後味の悪い終戦だった。
無理もない、葉山が担当している海沢透が亡くなったばかりなのだから。
「葉山、海沢透先生の原稿はどうだ。こんな時に申し訳ないが編集者として原稿の行方を知りたい」
「ははあ、私物は全て警察の手の内かと。警察は学校関連を目的にしていると思うので、すぐに戻るはずです」
「ぬかったな、コピーして確保しておけば良かった」
まあまあ、と葉山は言いながら、編集長と歩き出した。飯田の服装を、まさか自分がするとは思っていなかった。
*
海沢透は、葉山が担当している新人作家だ。
出版社が毎月刊行している小説雑誌の賞に、佳作としてギリギリ入選してきたのだ。可もなく不可もない短編だったが、葉山はその普遍さを気に入り、目をかけていた。
ジャンルはミステリーを主に書いていた。試しにミステリー以外を書かせてみたら驚くほどつまらなかったのだ。
初めて海沢透と会ったとき、予想通りだと頭の中で指を鳴らした。
海沢透は紺のシャツに黒いズボンを合わせてきたが、服に着られている状態だった。緊張しているのかずっとテーブルの上を見つめていて、時々葉山の口元を確認するだけだった。はっきり言って、冴えない男だった。
しかしこういう男に限って何を考えているかわからず興味が湧くのだ。まずは俺の話術で腹を割らせな、と息を巻いている矢先だった。
訃報を聞いたのは、短期連載の打ち合わせ中だった。連絡が途絶え、実家に連絡してみると、母親が出た。その時に初めて亡くなったと知った。
作家が自殺未遂や逃亡をするなんて、昔はよくあった。今はもっと身近な職業になり、気楽に取り組む人ばかりだ。
まさか自分が担当している作家が亡くなるなんて。
これから始まる作家人生に胸を踊らせているところだったのに。葉山は、海沢透の無念を思うたびに、叫びそうになった。
彼は連載で、毒を使う殺人を書きたいと言っていた。薬品に詳しい友人がいる、とも。
何としても原稿を取り戻し、彼の書いたものを世に出さなくては。それが作家に対する最大限の供養に思えた。しかし、海沢透の作家人生は余りにも短かった。
*
「海沢駿?」
谷津倉と美生は顔を見合わせた。
3日後、この日は土曜日で学校がお休みだった。
井上は隣町のカフェを指定した。隣町は近山のある地域と雰囲気は変わらないが、マンションやアパートが多く、車が通れないような道ばかりだ。有名な漫画家の出身地らしいが詳しくは知らない。
谷津倉は初めて降り立った地に戸惑いながらも、駅からすぐそこのカフェに辿り着いた。カフェは建物の2階にあり、マンガ本に囲まれた昔ながらのお店だった。
井上と美生はすでに来ており、1番奥の窓側に座っていた。
谷津倉は自然と美生の隣に座り、コーヒーを注文する。井上曰くメロンソーダが絶品らしいが子どもっぽいので遠慮する。美生は「炭酸好きですよー」と言いながら注文した。美生の前にメロンソーダが置かれ、微妙な空気になったところで話が始まった。
「そう。小説家だけど知っているかい?」
本は読むが、どちらかと言うと映画の方が好きなのでさっぱりだった。
「知りませんね、その人がどうかしましたか」
美生は目を見開いた。黒目が白目の中に浮くようだった。
「これとか、これでも?有名な方だと思うけど」
井上はカバンから冊子を取り出した。映画のパンフレットのようだった。
「あ」
見たことがある映画だった。
「惑星をモチーフにした事件を追う、惑星シリーズが人気なんだ。映画が成功してね、今度はドラマが決定したんだ」
表紙には、若い男女がお互いに背中を預けて佇んでいる。背景に木星や金星が不自然に合成されていた。
谷津倉は原作を知らずに、評判が良いからと言う理由で映画館へ足を運んだ。
惑星シリーズで最も人気な木星が映画化されたらしく、ドラマ版では火星、水星と続く予定らしいのだ。
「シリーズ最終章である地球編の発売が決まって、ファンの間で盛り上がっているところだよ」
井上は自分のおもちゃを自慢するように語る。谷津倉が初めて見た一面だった。
「黒田もこのシリーズが好きでね、ドラマも楽しみにしていたのに……」
言葉に詰まったわけではない。またカバンを漁りだし、そのまま言いかけたことを放棄した。美生は知らなかったらしく、不思議そうにパラパラとめくっていた。
テーブルに置かれたものは雑誌だった。小説、という文字が目に入る。
「これは月に一度刊行されている小説の雑誌。連載しているものが複数と、あとは対談やコラムとか……」
井上は雑誌をめくり始めた。色のあるページが終わり、白黒の文字ばかりのページになる。これがどうした、と谷津倉と美生は黙って見ていた。
とあるページで手が止まり、井上がこちら側に雑誌を向けてきた。
「ここを見てくれ」
小説の新人賞の結果が書かれているページだった。佳作のところを指差している。
「この佳作をとった、海沢透って奴がいるだろう」
海沢透。
「海沢駿の親戚ですか?」
美生がメロンソーダを飲みながら聞いた。アイスティーより似合っていた。
海沢なんて名字はなかなかいない。偶然とは言い難い。
「いや、海沢透は海沢駿のファンだから名字を同じにしたのさ。しかも海沢駿がデビューした賞を狙って。結果は佳作だったけど」
井上は唇を舐めた。そして少し前のめりになる。
薬品のようなツンとした匂いが鼻についた。
「海沢透は黒田のペンネームだ。あいつはずっと小説を書いては投稿していたんだ」
黒田が小説を?
似合わない。そう思ったが確か黒田の趣味は読書だった。
「ずっと、家に帰ってから寝るまで、部活のない日も使って書いていたんだ。それこそ飲み会を断って」
「どんな小説を書いていたんですか?」
美生が雑誌の文字を目で追いながら聞く。谷津倉はというと状況が飲み込めずただ井上を見ていた。
「ミステリーだよ。人が死ぬようなやつ」
「ははあ」
聞いておきながら流すように返事をした。雑誌を閉じると、メロンソーダを飲み始める。緑色の液体が揺れていた。
「僕は黒田先生のことを何も知らなかったんですね」
谷津倉は項垂れた。よく校庭で生徒に叫ぶ後ろ姿、太い指で器用にキーボードを打つ後ろ姿、タイヤがでかい車から降りるところ、生徒のあいだで話される悪口。
宮田同様、黒田という人間の、先生以外の生活を知らない。
「無理もない、我々はただの同僚だからね。仕事のコミュニケーションさえ取れていれば問題ないよ」
ああでも、と井上は言った。
「黒田が賞をとった時、俺に教えてくれたのは驚いたな。よっぽど嬉しかったんだろう。だから俺は絶対に黒田の秘密を言わないって決めていたんだ」
ずずっ、と音が響いた。緑の液体はもうなく、グラスの中で氷が積み重なっているだけだった。美生は苦虫を潰したような顔をした。
「今回、黒田が殺されて、真っ先に小説関連かもしれないと思った。話すか迷ったけど、警察はもうパソコンを調べて気づいているかもしれないし、何より奴の気持ちを思うと……夢が叶ったばかりなのにな」
そうですねえ、と返事をして後悔した。黒田の気持ちなんてわからないのに同調してどうする。
「黒田の、海沢透の賞をとった話っでどんなやつですか?あと連載用の話はわかりますか?」
美生は両手を組み、イソギンチャクのように動かした。爪先の淡いピンクのネイルが光る。
「賞をとったやつは単行本にするには短かったみたいで、リメイクしたやつを連載とするつもりだったらしい。読者の反応を伺うって目的もあるけど。確か、殺人事件が起こるんだ。青酸カリが使われてね」
クーラーが効いていたのか、谷津倉は首の後ろを片手で押さえた。寒さが手のひらの熱で溶ける。
黒田は青酸カリで死んだのだ、偶然とは思えない。
「海沢透の小説の内容を知っている人物はわかりますか?」
「ああ、俺と編集部の人だけじゃないかな。多分親さえ知らないと思う」
「あなたは、」
美生が口を開けたまま、固まった。
井上はまた、ああ、と言った。
「俺は科学の先生だから、黒田に色々と聞かれたけど薬品は一切渡していない。薬品が人殺しに使われるのは嫌だから。もちろんフィクションは目を瞑るけど」
化学室を探した時から、ずっと疑われていたことに気づいていたのだろう。
あれだ、この人はあれだ。谷津倉は思った。食えない人だ、と。
美生はすいませんでした、と素直に言って頭を下げた。耳にかけていた髪が顔にかかる。
谷津倉も慌てて真似をした。
「いやいいんだ、怪しまれても仕方がない」
井上は恥ずかしそうに笑った。生徒にからかわれている時の顔だった。
「そうだね、お詫びというならサインを頂きたい」
白くて四角い紙を取り出す。
「私が知らない人を学校に入れる訳ないでしょう。ただ、あなただと気づいてつい招いてしまったんですよ」
井上はまっすぐに美生を見つめていた。
「あなたはアイドルグループ『虹色メロディー』の赤色担当、萩原美生さんですよね」
僕はこの探偵に協力している身だが、彼女のことは何ひとつ知らなかった。
勝手に、幼い頃から探偵になりたくて現在も模索している少女だと思っていた。この前は駅の改札口まで送っただけで、彼女がどこから来て、どこに帰っていくのかも知らない。
静寂が訪れた。窓の外、行き交う人々の足音が聞こえてきそうなほどだった。
井上は一か八かで聞いたらしく、色紙を持ったまま返事を待った。その表情は勝ち誇った顔ではなく、不安そうだった。
「……知っていたのですね」
美生は腰を上げると、ゆっくりと、奪うように色紙を取った。もう片方の手を井上に向かって広げ、ペンを催促する。
谷津倉はテーブルの下でスマホを起動させた。検索画面に【虹色メロディー】と打ち込む。すぐにホームページを見つけた。
数人の女の子たちが笑顔でこちらへ手を差し伸べている。萩原美生は真ん中にいた。
今のようなベリーショートではなく長い髪を高い位置で結っている。メイクをしていないのか今よりずっと幼く見えた。
虹色メロディーは有名なプロデューサーがついていたが、他のグループに埋もれて解散したアイドルグループらしかった。一応SNSも見てみたが、更新が1年前で止まっている。
次に【萩原美生】で検索する。
いきなり水着写真がドアップで出てきた。浜辺で遠慮がちに寝転んでいる。大人っぽい水着に幼い顔は不釣り合いだった。
なんだか身内の恥ずかしい部分を覗いたような、後ろめたい気持ちになり、慌てて画面を消した。
美生は涼しい顔でサインをすると、今日の日付も書いた。
「知らない人間が一方的に自分を知っているなんて怖いですよね。ましてやあなたは引退した身で、一般人なのに。私1人で舞い上がってしまいました、すいません」
井上は己の行動を恥じたようで、色紙を両手で受け取った。
「いいんですよ、覚悟してアイドルをしていたんですから。それに一般人じゃないですし」
不敵な笑みを作る。最初に見た笑顔から、かなり大人っぽくなっていた。
「というと?」
「女優に転身するんです。舞台中心ですけどね、ほらこれ」
完全に蚊帳の外にいる谷津倉は、美生がだしたスマホの画面を盗み見た。
赤い夢、と呟いた井上に大きく頷く。
「はい、赤い夢という劇団の新作に出るんですよ。もう今日の夜にキャスト情報が解禁されるから話していいかな」
スマホを振り子のように動かすと、頭を傾げた。アイドルのような仕草だった。そういえばあの時も、と思い返した。
谷津倉に上手く取り入ったのはアイドル時代に得た処世術だろう。
へー、女優かあ、うん、と1人で噛み締めていた井上だが、
「話をずらして申し訳ない、黒田の話に戻そう」
と急に切り替わった。休み時間を終え、仕事に向かう先生のようだった。
谷津倉は、美生に言いたいことが喉までたくさん詰まってきたが、今は事件優先だと思い飲み込むことにした。
「そうでしたね。ええと、黒田は海沢透というペンネームで、青酸カリを扱う小説を書いていた。そして黒田は青酸カリで亡くなった。偶然とは思えませんね」
ここで思い出したように、ソファと尻のあいだに挟まっていたキャスケットを被りだす。
「公開前の小説ですよね、だとしたら読んだ人は限定されますね」
谷津倉も負けじと話の輪に入った。
「うん、編集者の話を聞きたいけど、どうすれば話してくれるかな」
「私に任せてください、ちょっと心当たりがあります」
美生は井上に許可をとって、雑誌を借りることにした。
*
谷津倉は帰り際、本屋に寄って海沢駿の本を数冊購入した。文庫本の帯にドラマ化と大々的に宣伝されていた。
冒頭の数ページまで読んだところで、さっき別れたはずの美生から着信がきた。
「忘れていました、井上先生に松本あかりについて聞こうと思っていたんです」
「松本ですか」
「正確には、黒田が松本あかりをどう思っていたか、ですね。逆もまた然り。人物同士の関係性って大事じゃないですか」
スマホから聞こえる電子音は、ため息をつきながら話していた。
「確かにそうですね。でももし犯人が3人の容疑者じゃなくて別にしたらどうするんですか。例えば編集者とか」
「黒田は作家面を学校側に隠していたんですよ。朝礼の、みんなの前で知らない人が出入りしていたらそれこそ怪しいじゃないですか」
確かに。では共犯者か?調べるたびに出てくる新たな情報は、いたずらに選択肢を増やしていくだけだった。
「じゃあ作家面は萩原さんに任せます。僕は学校内で調べてみますね」
一泊置いて、返事があった。
谷津倉は真っ暗な画面に映る自分を見つめた。まだ、彼女の声が鼓膜を揺らしていた。
*
松本あかりは学校を休んでいた。
母親から、体調が優れないと電話があったが本当だろうか。
ネットの噂にショックを受けて休んだだろう、と誰もが思っていた。
谷津倉は松本あかりの担任でもなければ教科で関わっていることもない。家庭訪問するには少々違和感がある。さてどうしたものか、と廊下を歩いているところだった。
前方からスーツを着た男が2人、歩いてくる。
視線は鋭く、足早だった。刑事だ、と直感的に思った。
校内にチャイムが響く。放課後になって2回目のチャイムだった。事件から1週間経ったが未だに生徒は直帰を強いられ、校舎全体が静まり返っていた。
状況に慣れてきた先生たちは今のうちに、とプリントを大量生産している。
あの、と谷津倉が声をかけると2人は止まった。
「刑事さんですよね。私、国語教師の谷津倉と申します。教頭と一緒に刑事さんの窓口になるよう言われていましたが、結局任せっきりになってしまい、今更ですが挨拶を、と」
本当のことだった。教頭は1人で当たったほうが早いと判断したのか、あれから谷津倉が呼ばれることはなかった。
1人の刑事が前へ進み出て、どうも、と言った。
「それでご用件は何でしょうか」
単刀直入だった。愛想笑いもしない。
「黒田先生のパソコンを調べて何かわかりましたか?青酸カリに繋がる何か、とか」
美生の真似をして、賭けにでてみた。黒田が海沢透ってことは井上に免じて黙っておく。
後ろの刑事が反応した。跳ねている毛先が揺れている。何だか他人には思えなかった。前方にいる刑事は、視線を外にずらした。
「おい、先生に飲み物を買ってこい。俺らが学校にお邪魔しているんだからな」
後ろの刑事は「はい!」と返事をすると、犬のように駆けていった。
窓の外には中庭が広がり、さらにその向こうに保健室があった。
自販機は中庭の隅に備えられていた。
「人払いですか?」
「まさか。ドラマの見過ぎですよ」
刑事は前髪を掻揚げた。髪型のせいで気づかなかったが随分と若い。さっきの刑事と年齢は変わらないだろう。
「わかりましたよ、犯人」
いきなりのカミングアウトに、谷津倉はこめかみ辺りが熱くなるのを感じた。心臓が移動してきたようだった。刑事は淡々と続ける。
「ですので、今日で引き上げます。まあ長引かなくて良かったですけど」
ひとつのプレゼンが終わったように、首を回して息を吐いた。
犯人がわかった?
「え、どう、」
言いたいことが溢れ、自分でもコントロールできなくなっていた。
「近いうちに校長先生から話があると思いますよ。でもまあ、今俺が話してもいいですけど」
刑事の視線はもう鋭くなく、世間話をするように話し始めた。あくまで坦々と。
「買ってきましたよ」
もう1人の刑事がコーラを片手に戻ってきた。ペットボトルの上部に茶色い泡が詰まっている。
「おい、何でコーラなんだ。炭酸が飲めない方だったらどうする」
「お若い方だから好きかなって。やっぱりお茶にしますか」
振り返った刑事の首根っこを掴むと、コーラを奪い取って谷津倉に持たせた。
谷津倉は一升瓶を持つようにコーラを抱えると、小さくありがとうございます、と言った。その瞳に刑事達は写っていない。疑問という氷が溶けていくが、まだ完全に溶けきっていない。
不思議そうな顔をした刑事の首根っこを掴んだまま、刑事は歩き出した。
「あの先生、固まっていますけど」
「ああ、いいんだ。理解できないんだろうよ」
俺もできなかったし、と付け加えた。
「それにしても青酸カリにコーラって、あの事件を思い出すな」
「あの事件?」
「調べてみろ」
刑事はスマホを取り出すと【コーラ】【青酸カリ】と調べ始めた。
次の瞬間、脳天に衝撃が走る。頭を殴られたのだ。
「馬鹿か、何でもかんでもスマホに頼るな。署に帰ってからうちのネットワークを使えって」
刑事は頭をさすりながら小さく頷いた。
谷津倉がコーラを持ったまま職員室に行くと、誰も残っていなかった。
週の初めはさっさと帰る人が大半だ。椅子をひいて座り、やっと深呼吸をした。
ペットボトルのキャップを回すと、音を出しながら泡が出てくる。あとからあとから溢れ出て、床まで落ちる。
何でた。黒田は何で死んだのだ。
教職という安定した職につき、さらに夢まで叶えたのだ。これ以上何を望んでいたのか。きっかけがあったはずだ。まだそこがわからない。
刑事は事件が終わったように話していたが、まだ肝心の部分がわからない。
もう捜査は終了しているだろうから、自分たちで動くしかない。
美生に連絡をしなければ。
しかし刑事から犯人を聞きましたよって言っていいものか。美生はまだ探偵らしいことは聞き取りぐらいしかしていない。
悪いけど、彼女が自力で真相を探り当てるまで黙っていよう。もしかしたら探っているうちに全ての謎が溶けるかもしれない。
谷津倉はコーラを握りしめた。ペットボトルの中身は半分ほど消えていた。
*
出版社が入っているビルは、各階にカフェがある。
カラフルな丸っこい椅子が窓際に並んでいた。ホームページで見た通りだった。
「最近の企業はおしゃれですね」
美生は隣に座っている水樹に声をかけた。
「若者を捕まえるのに必死だからね」
なんか可愛いから、という理由で就職する人がいるのだろうか。
腑に落ちない様子で、もう一度周りを見渡した。
「み、美生ちゃん?」
震える声が聞こえた。
顔をあげると、男が美生を見ていた。社員証を首から下げ、髭を綺麗に整えている。
「何で髪を切っちゃったの、いや短いのも可愛いけど」
水樹に視線を移す。
「お前の入れ知恵か、水樹」
無視を決め込む水樹に、美生は愛想笑いで誤魔化した。
「お忙しいところをすいません。お久しぶりですね、多々良さん」
多々良はここで働く社員だ。詳しくは知らないが昼に出社して、印鑑を押して帰るだけだと前に言っていたので、相当偉い役職だろう。
「いやいや、久しぶりに美生ちゃんに会えて嬉しいよ。写真集以来かな?」
美生が話すたびに喜んでくれる。アイドル時代の、高揚とした気持ちを思い出した。
「さっそく本題に入るけど、あんたって文芸部にも出入りしてんだろ。海沢透の担当ってわかるか」
ああ、と多々良は格好を崩した。雰囲気が一気に変わる。
「まだ本誌にも出ていない新人だろ。担当はわかるぜ、というより呼んだぜ」
親指を立て、後ろを指す。
派手な出で立ちの男がこちらの様子を伺っていた。
「何人か作家を抱えていて、使える奴だ。海沢透って死んだんだろ。大事に育てていくつもりだったのに残念だな」
水樹は薄く笑って、ありがとうと呟いた。
「にしても何で海沢透を調べているんだ?お、」
女性が横切った。黒い服装が目立つ。
「飯田ちゃん、お疲れ。今から打ち合わせ?」
女性は軽食を流し込んだあとらしく、口元にパンのカスがついていた。
トレーを持ったまま会釈する。
「はい、海沢先生と。今日は本社で打ち合わせなので今から迎えに行きます」
頑張ってね、と去っていった女性の後ろ姿をギリギリまで見送る。
「あいつも使える。海沢駿は稼ぎ頭だけど性格が難しくてな。1回担当を変えたけど合わなくてすぐあいつに戻したんだよ」
水樹は興味ないらしい。多々良の話を無視し、派手な男を手招きする。
「初めまして、葉山楽と申します」
男は丁寧に名刺を渡すと、多々良の隣に座った。何度も瞬きをし、座り直す。
「葉山さん、お時間をいただきありがとうございます。私は萩原美生と申します。こっちは水樹。本日は、海沢透先生についてお話をお伺いしたいです」
「はい、事前に聞いていましたよ」
葉山はUSBをテーブルに置いた。そしてパソコンも取り出す。一回り小さく、おもちゃのようだった。
「これは海沢透が賞を取った時の短編です。この改良版を連載に持っていこうとしているところでした」
今度は多々良が興味なさそうに踏ん反り返る。
USBがささり、こちらに画面を向けられる。文字の羅列が目に入った。自然と姿勢が低くなる。美生たちが座っているソファはローテーブルに合わせているのかやけに低かった。
短編の内容は以下の通りだった。
主人公は青酸カリである人物を殺そうとする。しかし、人殺しになる自分がどうしても許せない。試行錯誤していく中で、1番殺したいのは自分だと気づき、公然の前で自殺をする。そこで幕は閉じていた。人殺しを決意してから葛藤する心情が繊細に書かれていた。
「多分、海沢先生は自分で青酸カリを持っていたと思います。そのような言動をされていましたから。一昔前なら工場とかで入手可能ですし」
「そうなんですか」
「短編の主人公は、自分の胸をナイフで刺して死んでいます。ここは毒物じゃないのって聞いたら、だめだって。自分で自分を殺すなら、自分の力で刺さなきゃ、って言っていました」
葉山は思い出したことを並べるように答えた。
海沢透は見た目とは違い繊細な男だった。画面に打ち込まれる文字は、彼の中身が指先を通って形になっているようだった。
葉山はスケジュール帳も取り出す。カラフルな付箋がたくさん貼られていた。
「打ち合わせをした日時もわかりますよ。こんなこと、役に立つかわかりませんが」
「いえ、結構です。色々とありがとうございます」
水樹が手で制した。そして息を吐く。
「海沢透の短編の内容を知っている人物はわかりますか?」
「編集部全員ですかね。あとは審査員の大御所の方々とか」
葉山は下唇に人差し指を当てた。そのまま唇の皮を引っ張って取る。
不特定多数の人が目を通したことになる。1人1人に当たるのは難儀なことだった。
「でもまあ、海沢透は俺が殺したようなものです」
スケジュール帳をめくりながら、葉山はまだ唇を触っていた。あるページで手が止まる。10月のページだった。すでに予定がびっしりと書き込まれている。
「プレッシャーをかけすぎたんだと思います。もっと本を読み込め、知識を得ろ、視野を広げろって。ダンボールで資料を送りつけたこともあります。俺1人で舞い上がってしまいました。海沢駿の再来かもって」
10月の第1週の日曜日を指差す。
「海沢駿先生の担当にお願いして、いや頭を下げて食事をねじ込みました。やっと海沢透を海沢駿に会わせることができる。それまで原稿を頑張ろうって、話し合いました。本人も嬉しそうでしたよ」
海沢のぎこちない微笑みを思い出しした。
「正直、作家なんて溢れるほどいて、一生名前が知られずに終わる人がほとんどです。でも、死ぬまでわかんないじゃないですか。死ぬギリギリで売れるかもしれない。俺は最後まで作家を信じられる編集者になりたくて、でもその結果がこれなら、」
並んでいたはずの言葉が途切れる。
「葉山、お前面接じゃないんだから」
多々良が肩を叩いた。葉山は自分の独壇場に気づき、
「すいません、自分語りに突入していました!酒の席じゃないのに」
と、人懐っこく笑った。
「……葉山さんが担当される作家さんは幸せですね」
美生の言葉を社交辞令だと思ったのか、おおきに、と大袈裟にお辞儀をした。
「あ、こんな時間ですか。申し訳ないですがこのあと打ち合わせがありますので」
葉山はパソコンとスケジュール帳を無造作にしまい込むと、慌ただしく去って行った。
「葉山、ありがとな。今度また飲み誘うからな」
多々良の声に、葉山は振り向かずに片手をあげた。それを見て、なんだあいつ、と嬉しそうに呟いた。
「海沢透は自身で青酸カリを所有していたかもしれない。そして短編と事件の関係。収穫はまずまずですね」
美生はメモにとると、読み返した。
「結局あんまり進まなかったな。やっぱり警察に探りを入れるしかないな」
水樹は欠伸をした。
「このご時世に探偵と組んでくれる刑事なんていないけどね」
「私には谷津倉先生がいますもん」
「その先生は出ないんだってば。情報をこっちに流している時点でやばいだろ」
2人のやり取りを見ていた多々良が、口を開いた。
「で、お前らは何をしているんだ。なんで調べているんだ?」
水樹はだるそうにスマホを操作し、画面を多々良に見せた。
「今度やるから。その取材中」
多々良は何回か読んだが、ピンとこなかったようだ。
「初日は関係者を集めようと思っている。ゲネ代わりでもあるし、招待するから来いよ」
「お前、しばらく見ないと思ったら何をしようとしているんだ」
「仕事だよ仕事。それにはもっとSNSを盛り上げなきゃね」
スマホを器用に操りながら、嬉しそうに口角を上げた。しかし、目の奥は笑っていない。
「美生、今どんな感じ?」
「ええと、やっぱり男女のいざこざで盛り上がってますね」
美生もスマホを開いていた。
「やっぱりそっちか。松本あかりを引っ張りださなきゃ」
多々良は2人を見比べ、言葉を失った。
水樹はため息をついた。子どもに言い聞かせるように、ゆっくりと言う。
「この事件を、劇にするんだよ」
【生徒A、ずっと学校を休んでいるけど】
【自分が犯人って言っているようなものじゃん】
【でも捕まっても未成年だからどうにかなるでしょ】
【いいな、俺も殺されてもいいから女子高生と付き合いたい】
「マスコミはもう取り上げていないけど未だにネットは盛り上がっている。生徒が逐一情報を発信しているからね」
多々良は文字を目だけで追うと、脱帽した。
「驚いたな。あることないことで盛り上がれるのか」
3人は誰も腰をあげず、ただスマホの画面を見つめていた。
「もし面白かったら宣伝してやる。初日はいつだ」
劇団のホームページへ移動しようとしたとき、多々良の横に誰かが座った。
数秒で誰なのか認識したとき、美生は悲鳴をあげていた。
「失礼やわ、あんた。散々お世話してあげたのに」
「七尾さん、何しているんですか!」
毒々しいリップが目立つ、派手な女だった。揃えられた前髪の隙間から、点のような眉毛が見える。
「多々良ちゃんと水樹ちゃんが居てはるから来ただけや。あんたには用ない」
ねー、と多々良にもたれ掛かる。多々良はさり気なく鼻を擦った。女の香水が辺りに充満する。
七尾舞華は、美生が所属している事務所の社長だ。そして虹色メロディーの解散を命じた張本人でもあった。
「水樹ちゃん、美生は迷惑かけてない?いつでも言ってね、代わりの子をいくらでもあげるから。ほら、あの子とか水樹ちゃん好きそう」
ちょっと離れたところで、ベリーショートの少女がスマホをいじっていた。ピアスが数えきれないほど空いている。
「社長、今度はあの子をプロデュースするの?」
「新鮮味がある子でしょ。今は各所へ売り込み中やけど」
多々良は首を捻り、少女を確認した。
「写真集出すなら手伝うよ。その前に少年誌の表紙辺りいっとく?」
美生と目が合い、慌てて美生ちゃんもどうよ、と付け加える。
「多々良ちゃんは話がわかってくれる子やわ。美生、あんた今何しているのか知らんけど水樹ちゃんに捨てられたら終わりやからな。私の目が黒いうちはアイドル活動するなよ」
事務所を裏切る行為はご法度だ。美生は解散後も事務所に在籍していて、宙ぶらりんのところを水樹に拾われた。社長は水樹を気に入っているため渋々黙認しているのだった。
「わかっています」
気分が悪くなる。この匂いを嗅ぐたびに、色々なことを思い出してしまう。
練習後の叱咤、衣装の文句、解散の言葉、メンバーの蔑んだ目。
「社長も来てよ、今度劇やるからさ。美生も出るよ」
水樹はホームページを社長に見せた。
「へえ、水樹ちゃん脚本演出なんや。この日は丁度空いてるから行こうかな。水樹ちゃんの舞台、久しぶりに観るなあ」
社長は素早くスケジュールにメモをした。
「釘を刺しに寄り道したけど、予定が入って良かったわ。また飲みに行こうな」
最後は多々良に向けてだった。社長が去っても香水の匂いはいつまでも漂っていた。
「水樹さん、なんであの人誘ったんですか」
「社長が所属のタレントを気にかけるのは普通だろ?どの道誘うつもりだったし。これで後戻りできないね」
いたずらっぽく笑うと、足を組んだ。
「先に帰ります」
美生は立ち上がるとそう言い捨てた。瞳孔が揺れていた。
「あーあ、行っちゃったね美生ちゃん。追いかけなくていいの?何も目の前で誘わなくてもいいだろ、隠れて招待すればさ。美生ちゃんにとってあの人はトラウマそのものなんだから」
多々良はそこまで言うと咳込んだ。
「知るか。こんなんで潰れるなら、それまでの女だろうね」
美生がいなくなり、2人は斜め向かいに座り込んでいた。天井まである窓から、夕日が差し込む。窓側は眩しいだろうに座っている人が数人いた。
設計ミスではないだろうか、と水樹は眺めていた。
するとそのとき、
「まだ居たんですか」
と聞き覚えのある声がした。それも最近だ。
飯田だった。多々良と水樹を怪訝に見る。
「飯田ちゃん!お早いお帰りだったね」
「葉山はいます?」
葉山、とは先ほどの編集者だ。
飯田に並んで人が立っていた。
「珍しく海沢駿が本社に来たから会わせてやりたかったのに。まあいいや、後で言ってやろう」
水樹は海沢駿を見て驚いた。名前だけは知っていたがまさか本人に会えるとは。白いシャツから出ている細腕は、まだ成長途中だろう。想像していたよりも子どもだった。つりあがった両目がこちらを見つめている。
惑星シリーズはまだ舞台化されていない。ここで演出家としてイメージを刷り込んでおくか。
「おー、駿じゃないか。授賞式以来だな」
多々良が海沢駿に触れようとする。そのあいだに飯田が割り込んだ。
「多々良さん、早く仕事戻ったらどうですか?私も葉山がいないならブースのひとつを借りて打ち合わせに入ります」
海沢駿は飯田の後ろからこちらを覗いている。
待って、と水樹は片手を出した。
「えっと、飯田さんだっけ。俺は演出家の水樹って言います。海沢先生って海沢透と面識あるの?」
「ないよ」
海沢駿が答えた。思ったより低い声だった。変声期に入ったような。答えたが、視線は多々良に釘付けだった。多々良は照れたように首をかしげる。
「そっか……。ねえ、自分のファンだった人が追いかけてくれるのってどんな気持ち?苗字も一緒でさ」
「別にどうもしないよ。海沢って苗字は珍しいけど、名前って記号でしかないし」
随分スレた子どもだと思った。大物作家だと知らなければ話を切り上げていただろう。
なんでこんなにイライラするのか。
「そっか、そうだよね」
海沢駿は最後まで多々良を見ていた。去り際に、あ、と小さく声をあげる。やっと思い出したようだ。海沢駿は飯田の後ろをついて歩く。時折、飯田が振り返ってついてきているか確認していた。
水樹はやっと気づいた。海沢駿は、恐ろしく自分に似ているのだ。
「で、ここに来て何か収穫はあったかい?」
「ああ」
口角が上がるのを、水樹は自覚した。
「海沢透は自ら毒を持っていた。持っているだけなら捕まらないけど目的がな……。創作の為に購入なんて許可が降りないだろ。やっぱり工場とかで盗んで、誰かに見つかって脅迫されたとかかな。それか、もっと単純なことだったりして」
「単純なこと?」
「作家って時点で何となく頭の隅に浮かんでいたこと。こればっかりは推測でしかないけどね」
首をひねる多々良を、水樹は面白そうに見つめた。
*
水樹は多々良と別れると、レンガ劇場に戻った。
ロビーには誰もいなかった。代わりを任せている堀は、有能な女性である。
ミーティングを早々に切り上げ、舞台稽古を行っているはずだ。暖房の温風を受けながら、奥の扉を開いた。
案の定、メンバーが舞台上で稽古している。美生もいた。
立ち位置でどこのシーンかわかる。じっくり観察しながら、1歩ずつ段を降りていった。
「あ……」
後ろの方に座っていた人影が動く。谷津倉だった。
向こうは水樹の顔がわかるらしい。
水樹は考えを巡らせたが、見た目の一致により谷津倉真だと結論を出した。
なぜここに谷津倉がいるのか。水樹は動揺を悟られないように会釈し、そのまま降りていった。
【松本あかりはまだ学校に来ないの?】
【名前を出すな、ここのルールを守れ】
【まだだよ、もう辞めちゃえばいいのに】
【誰か情報プリーズ】
【少女Aは、被害者教師と付き合っていたよ。内緒で付き合っていたから証拠はない。信じなくてもいいよ】
【内緒なのに何で知っているの?】
【少女Aの友人?だれ】
【本人登場?初めまして少女Aちゃんー】
【やっぱり恋愛のもつれで刺しちゃったのね】
【早く警察行けよ】
【何でもいいでしょ。少女Aのボブの髪型は被害者教師の趣味よ。でも少女Aは他の教師にも言い寄られていたよ。ぶりっ子って怖いね】
【新情報キタ。その教師って誰?】
【その教師が犯人説。面白くなってきたね】
【少女Aが他の教師に命令したとか】
【女子高生の犬じゃん。身体で釣ったのかな】
【少女Aはもうすぐ登校するよ。事件について聞いちゃだめだからね】
【それは聞けってこと?】
【あんたが聞けよ】
【登校した瞬間に警察に捕まったら面白くない?】
【もう捕まっているでしょ】
【面白くなってきたね】
【ね、ドラマみたい】
【面白い】
【楽しい】
【面白い】
【楽し
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