哀しい嘘

クロノヒョウ

第1話




 昔、昔、遠い昔のお話し。


 国一番の大きなお城の王様とお妃様に双子の赤ちゃんが産まれました。


 国中の皆が喜んで盛大にお祝いしていました。


 そんな中、ただひとりだけ森に住んでいる闇の魔女だけは王様のことを憎んでいました。


 以前狩りに出た王様はあやまって闇の魔女がそれはそれは可愛がっていた狼を殺してしまったのです。


 闇の魔女は哀しんで哀しんで、王様に復讐しようとお城へむかいました。



 闇の魔女がお城に着くと、なんとも可愛らしい双子の赤ちゃんが寝ていました。


 王様とお妃様は突然現れた闇の魔女を見て驚きました。


「闇の魔女よ、何をしに来た」


 王様の問いに闇の魔女は答えました。


「私は大切な狼をお前に殺された。だからお前の大切なこの二人の赤子に呪いをかけよう。

 この娘は一生光を見ることはないだろう。

 そしてこちらの娘が嘘をついた時、闇の魔女が再び現れることとなるであろう……」


 闇の魔女はそう言うと口から黒い煙を出し双子の赤ちゃんに吹きかけました。


 辺りが黒い闇で包まれました。


 駆けつけた兵隊たちが一斉に闇の魔女に飛びかかりましたが闇の魔女の姿は跡形もなく消えてしまいました。



 ーーそれから年月がすぎ、姉のマリアと目が見えない妹のカリナはそれはそれは美しい女性に成長しました。


 目が見えないとは思えないほどの綺麗なブルーの瞳を持ったカリナは誰からも愛され、嘘をつかないマリアは誰よりも妹のカリナのことを想う優しい心を持っていました。


 マリアはカリナの目となり、いつもそばに居て何をするにも一緒でした。




 そんなある日、お城では舞踏会がおこなわれていました。


 十六才になった二人の姉妹の結婚相手を決めるためでした。


 世界中の王子たちが集められ、誰もが美しい二人に気に入られようと必死になっていました。


「ねえマリア、誰かいい人見つかった?」


「ううん。特にいい人はいなかったわ。カリナは? 誰かいたの?」


「ええ、さっき握手した人、すごく心地よかったの。確か名前は……ウィラード王子、そうよ、ウィラード様だったわ」


「ウィラード様ね。わかったわ。探して来てあげる」


 マリアがウィラード王子を探しながらバルコニーまで行くと後ろから声をかけられました。


「ウィラードは僕だけど、何か?」


 マリアが振り向くとそこにはとても美しくて優しい目をしたハンサムな王子が立っていました。


「あ、あの、妹のカリナがウィラード王子とお話ししたいと申しております」


 とは言ったものの、マリアは一瞬にしてこのウィラード王子に恋心を抱いてしまいました。


「本当に? 僕もカリナ様とお話ししたかったんだ。うれしいよ」


 そう言って笑ったウィラード王子の笑顔がとても輝いていたので、マリアはそのあまりの眩しさにめまいを起こしてしまいました。


「おっと……。マリア様、大丈夫ですか?」


 倒れそうになったマリアをウィラード王子は抱きかかえるように支えました。


「あっ、も、申し訳ありません。大丈夫です」


 顔をあげたマリアは目の前のウィラード王子を見つめました。


 (ああどうしましょう……私はこの方を愛してしまいました……)


 マリアは王子から目を離すことが出来ませんでした。


「マリア様? 一人で立てますか?」


「あ……はい。ありがとうございました」


「よかった。では僕はカリナ様の所へ参ります」


 ウィラード王子はマリアの体から手を離しました。


「あ、あの、ウィラード王子」


 マリアが王子を呼び止めました。


「はい。何か?」


「あの……カリナは闇の魔女の呪いで生まれつき目が見えません」


「ああ、その事なら承知の上です。それでも僕はカリナ様に恋をしてしまったのです。カリナ様の純粋で綺麗な心に。だから僕はカリナ様の目となってカリナ様を一生支えるつもりです」


 ウィラード王子はそう言うと足早にカリナのもとへ向かって行きました。


 マリアは胸が苦しくなりました。


 初めて愛した王子は自分ではなくカリナを愛していたのです。


 マリアは哀しくなって泣きました。


 人目につかないようバルコニーの片隅で一人、声を殺しながら泣きました。



 ーーウィラード王子とカリナの結婚式の準備はどんどん進められ、いよいよ明日となりました。


「ああマリア。私幸せだわ。こんなに幸せでいいのかしら」


 カリナは本当に幸せそうでした。


「ねえマリア。ここのところ、ちっともお話ししてくれないのね。何かあったの?」


 あの舞踏会の日からマリアはあまりカリナのそばに近寄らないようにしていました。


 幸せそうなカリナを見るのがとても辛かったのです。


 心の中ではマリアはまだウィラード王子のことを想っていたのでした。


 カリナのことはもちろん大切ではありましたが、マリアは心の底から二人を祝福することは出来ませんでした。



 そして結婚式の日、美しいカリナとウィラード王子をひと目見ようと国中からたくさんの人たちが集まっていました。


 皆が祝福している中、マリアだけが哀しんでいました。


 とても幸せそうなカリナとウィラード王子を見ているとマリアは涙が止まりませんでした。


 そんなマリアを見てウィラード王子はカリナを連れてマリアのもとへ近寄りました。


「マリア様、泣かないで下さい。カリナ姫は必ず僕が幸せにしますから」


「まあ、マリアは泣いているの?」


 カリナはマリアの顔を触って確かめました。


「ああマリア、泣かないで。大丈夫よ。これからはウィラード様が私の目になってくれるもの。マリアは何も心配する事はないわ」


 マリアは二人に余計な心配をかけまいと、思わず口に出してしまいました。


「……大丈夫よ。二人がとても幸せそうで嬉しいの。嬉しくて泣いているのよ。本当によかったわ。結婚おめでとう」


 マリアがそう言った瞬間、辺りは急に静まりかえり真っ暗な闇に包まれました。


「うわっ」

「キャッ」


 人々は驚いて叫び声を上げました。


 マリアの目の前にはいつの間にかあの闇の魔女が立っていたのです。


 皆は怖がってマリアたちのそばから逃げるように離れました。


 闇の魔女はマリアに向かって口からあの黒い煙を吐き出しました。


「呪いは成立した。この娘はもらっていくぞ」


 次の瞬間人々は恐ろしいものを目にしました。


 なんとマリアが狼になっていたのです。


「さあ、私の可愛い狼よ。森へ帰ろう」


 闇の魔女はそう言うと狼とともに黒い煙の中へ消えていってしまいました。




「……何がおこったの?」


 カリナが王子に聞きました。


「マ、マリア様が……マリア様が狼にされて闇の魔女に連れて行かれてしまいました」


 ウィラード王子は呆然としたまま答えました。


「何てことなの? マリアはいつ嘘をついたの? マリアは嘘なんてつかないわ」


 カリナは泣き出してしまいました。


 王様とお妃様も哀しみました。


「おお、すまないマリア。私のせいで、私が狼を殺してしまったせいで……」


 お城は哀しみに包まれたまま夜を迎えました。




 その夜カリナは夢を見ました。


 闇の魔女がカリナのもとへやって来て言いました。


「私の可愛い狼がお前のことを心配しているのだ。自分のせいでお前を哀しませたくないとな。マリアはこれでよかったと言っておる。お前たちのそばで一生つらい想いをするよりも狼として私と自由に生きる方がいいとね。お前たちはマリアのことを忘れるがよい。そして皆で幸せに暮らすのだ。それがマリアの願いだ」


 闇の魔女はそう言って微笑むと去って行きました。




「キャア――」


 翌朝、カリナの叫び声で皆がカリナの部屋へ駆けつけました。


「痛い、痛いっ。目が……」


「どうしたのじゃ」


「カリナ姫、大丈夫ですか?」


 カリナは目を両手で押さえていました。


 皆が見守るなか、しばらくしてカリナは落ち着きを取り戻しました。


「カリナ姫?」


 ウィラード王子がカリナの顔を覗き込みました。


 カリナはウィラード王子を見るとすぐに抱きつきました。


「ウィラード様! 見える……見えるんです。私、目が見えるんです!」


 皆は一瞬戸惑いましたが一斉に声をあげて喜びました。


「何ということだ」

「ああ、私の愛しいカリナよ」


 王様とお妃様は涙を流して喜びました。


「お父様、お母様っ!」


 カリナは起き上がって二人に駆け寄り抱きつきました。


「私、外が見たいわ」


 興奮したカリナはバルコニーへ走り出しました。


 初めて見る外の美しい景色にそれはそれは感動していました。


 ウィラード王子がカリナのもとに寄り添いキスをしました。


 カリナはこれ以上ないほどの幸せを感じていました。


 ふと、何か大事なことを忘れているような気がしました。


 でもカリナはどうしても思い出せませんでした。


 その時、遠くの森から狼の遠吠えが聴こえてきました。



 ――ワオーン――



 その声はどこか哀しげで切ない声でした。


 なぜか懐かしい気持ちになったカリナの目からはたくさんの涙がこぼれていました。




          完



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